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崩れゆく砂糖細工

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

王宮の茶会の間には、午後の柔らかな日差しが窓から差し込んでいた。磨き上げられた大理石の床、金縁の調度品、そして壁を彩る精緻なタペストリー。その華やかな空間に、十数名の貴族令嬢たちが優雅に腰を下ろしている。


中央の上座には、金髪碧眼の王太子クロード・レグルス・フォン・エストリアが座していた。その隣で、蜂蜜色の巻き毛を揺らすショコラ・ヴァレンティーヌが甘い笑みを浮かべている。


「殿下、今日は特別なものをご用意いたしましたの」


ショコラは侍女に合図を送り、銀の皿に載せられたショコラが運ばれてきた。琥珀色の瞳を輝かせながら、彼女はクロードに差し出す。


「私が心を込めて作りましたわ。殿下のために」


その声は甘く、仕草は優雅だった。しかし、よく見れば彼女の指先がわずかに震えている。クロードは気づかぬまま、形式的な笑みを浮かべてチョコレートを一粒、口に含んだ。


瞬間、その眉がわずかに寄せられた。


「……ショコラ、これは……以前のものとは違うようだが」


彼の声には、隠しきれない失望の色があった。以前のショコラは、口に入れた瞬間に月光のような輝きが広がり、深い余韻を残したものだ。しかし今、舌の上にあるのは、どこにでもある平凡なチョコレートに過ぎない。甘さだけが舌に残り、あの幻想的な深みは影も形もなかった。


ショコラの顔から一瞬、血の気が引いた。しかし即座に笑顔を取り繕う。


「材料の仕入れが難しくて……でも、愛情は同じですわ、殿下」


「そう……か」


クロードは曖昧に頷いたが、二粒目に手を伸ばすことはなかった。銀の皿の上で、ショコラは静かに取り残されている。


令嬢たちの間に、さざ波のようにささやきが広がっていく。扇子の陰から、鋭い視線が交わされる。


「ねえ、以前いただいたショコラとは別物のようではなくて?」


「本当。あの月光を閉じ込めたような輝きがないわ」


「そういえば……ルナ様と婚約破棄されてから、急に質が落ちたわね」


最後のひそひそ声が、ショコラの耳に届いた。彼女の手が、テーブルクロスを握りしめる。その指先が白くなるほどに。


薔薇色の頬から、わずかに赤みが失せていく。社交界の華と謳われた笑顔が、ほんの一瞬だけ、仮面のように固まった。



同じ頃——東の空がようやく白み始めた時刻。


セレスティーヌ伯爵家の屋敷は、まだ眠りの中にあった。しかし、その静寂を破る物音が、工房へと続く隠し通路から響いていた。


「動くな」


低く、感情のない声。漆黒の髪と黒曜石のような瞳を持つ青年——ノワールが、一人の侍女の腕を背後にねじり上げていた。


侍女は悲鳴を上げようとしたが、ノワールの手が口を塞ぐ。彼女の手には、小さな革袋が握られていた。中には、金貨と、何かの粉末が入った小瓶。


「師匠」


ノワールの声に応じるように、通路の奥から足音が近づいてきた。


銀灰色の髪が、夜明けの薄明かりを受けてほのかに輝く。淡い紫の瞳は、驚きも怒りも見せず、ただ静かに侍女を見つめていた。


ルナ・セレスティーヌ。


「……お帰りなさい」


その声は、穏やかですらあった。しかし、その穏やかさの中に、鉄のような冷たさが潜んでいる。


「そして、従姉妹にお伝えして」


ルナは一歩、侍女に近づいた。夜明けの光が、彼女の輪郭を淡く縁取る。


「私はもう、何も差し上げるものがないと」


ノワールが手を離すと、侍女は震えながらその場に崩れ落ちた。恐怖に見開かれた目で、ルナを見上げる。


「お、お許しを……ショコラ様に命じられて……」


「知っています」


ルナは表情を変えない。責めるでもなく、哀れむでもなく、ただ事実を述べるように言葉を続けた。


「あなたは命令に従っただけ。けれど、次はないと思ってください。この屋敷に無断で立ち入れば、それ相応の対処をします」


侍女は何度も頭を下げながら、転がるようにして去っていった。その背中を見送りながら、ノワールが低く報告する。


「袋の中には金貨と、何かの粉末がありました。おそらく、工房の材料に混入させるつもりだったかと」


「……そう」


ルナの声に、わずかな疲労の色が滲んだ。しかし、それは一瞬のことだった。五年間、従姉妹の行動を見続けてきた。期待はとうに捨てている。それでも、ここまで露骨な妨害に出るとは思わなかった。


「ノワール、その粉末は処分して。そして……しばらく警備を強化してちょうだい」


「承知しました、師匠」


夜明けの光が、徐々に工房を照らし始めていた。



朝食後の居間には、柔らかな陽光が差し込んでいた。


銀髪を優雅に結い上げたステラ・セレスティーヌが、紅茶のカップを手にしながら、娘の向かいに座っている。穏やかな紫の瞳は、どこか複雑な光を宿していた。


「社交界で噂が立ち始めています」


ステラは静かに切り出した。


「ショコラ様のショコラの質が、急に落ちたと」


ルナはカップに視線を落としたまま、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。琥珀色の液体が、陽光を受けて淡く輝いている。


「そうでしょうね」


淡々とした声。しかし、そこには冷笑も、復讐の喜びもない。ただ、予測していた結果を確認するような、静かな響きがあった。


「彼女は一度も、自分で作ったことがありませんから」


ステラは深いため息をついた。窓の外では、庭師が薔薇の手入れをしている。平穏な日常。しかし、その裏で渦巻く策謀を、母娘は誰よりも知っていた。


「私は以前から、薄々感じていたのです。あの子の『才能』の正体を。けれど……」


言葉が途切れる。ステラの表情に、苦いものが浮かんだ。


「姉上は……まだ気づいていないようです」


ショコラの母。ステラの姉。その名が出た瞬間、空気がわずかに重くなった。姉妹の間には、長年の確執がある。娘たちの才能を巡る、静かな戦いが。


「叔母様は、従姉妹の言葉を信じたいのでしょう」


ルナは窓の外に視線を向けた。庭の薔薇が、朝露を纏って輝いている。赤、白、ピンク——色とりどりの花弁が、風に揺れていた。


「自分の娘が才能を盗んでいたなど、認めたくないのは当然です」


「ルナ……」


ステラが手を伸ばし、娘の手に重ねた。温かい感触。母の愛情が、その掌から伝わってくる。


「あなたは優しすぎるわ。あの子たちは、あなたを利用し続けてきたのに」


「優しさではありません、お母様」


ルナは静かに首を横に振った。銀灰色の髪が、さらりと肩を滑る。


「ただ、騒ぎを起こすのが好きではないだけです。それに……」


淡い紫の瞳が、母を見つめた。そこには、静かな確信が宿っている。


「真実は、いずれ自ずと明らかになりますから。私が手を下すまでもなく」


ステラは娘の手を強く握った。その目には、誇りと、そしてわずかな切なさが宿っていた。我が子の強さを誇らしく思いながらも、その強さを必要としなければならなかった境遇を悔やむ。


「あなたの才能が、ようやく正しく評価される日が来るのね」


「……ええ」


ルナは窓の外の青空を見上げた。そこには、夜の月はまだ見えない。けれど、彼女は知っている。月は消えたのではなく、ただ隠れているだけだということを。



王宮の大謁見の間は、重厚な緊張に包まれていた。


赤い絨毯が玉座まで真っ直ぐに伸び、両脇には貴族たちが居並んでいる。天井から下がる巨大なシャンデリアが、無数のクリスタルで光を散らしていた。空気すら張り詰めている。


扉が開かれ、一人の男が入ってきた。


銀色の髪が、窓からの光を受けて輝く。深い藍色の瞳は、冷たい湖面のように静謐で、何者も映さない。漆黒の正装に身を包んだその姿は、まるで夜空から降り立った月の化身のようだった。


アルテミス・ノクターン・ヴァン・ルナリア。隣国ルナリア王国の若き国王。「銀月の君主」と呼ばれる、神秘的な威厳を纏う男。


貴族たちの間に、抑えきれないざわめきが広がった。彼の存在感は、この場にいる誰をも圧倒していた。


「ルナリア王国国王陛下の御成りでございます」


侍従の声が響く中、クロードが玉座から立ち上がり、形式通りの笑顔で歩み寄った。


「ようこそ、アルテミス陛下。両国の友好のため、遠路お越しいただき光栄に存じます」


「招待に感謝する、王太子殿下」


アルテミスの声は低く、抑揚に乏しい。しかし、その簡潔な言葉の一つ一つに、圧倒的な重みがあった。すでに一国を統べる者の風格。クロードには、まだない輝き。


クロードは笑顔を保ちながらも、内心で拳を握りしめていた。同年代でありながら、すでに一国の王として君臨する男。その存在感の前では、自分がいかにも未熟に見える。


「陛下」


甘い声が割り込んできた。蜂蜜色の巻き毛を揺らし、ショコラが優雅に歩み寄る。琥珀色の瞳を潤ませ、最も魅力的な笑みを浮かべて。これまで幾人もの男たちを虜にしてきた、必殺の表情。


「ルナリア王国の国王陛下にお目にかかれるなんて、光栄ですわ。私、ショコラ・ヴァレンティーヌと申します。王太子殿下の——」


言葉は、そこで途切れた。


アルテミスは、ショコラを一瞥すらしなかった。


まるで、そこに誰もいないかのように。彼の藍色の瞳は、ショコラの頭上を通り過ぎ、ただ虚空を見つめていた。


「貿易交渉の件、早速始めたい。王太子殿下、会議室へ案内を」


冷淡な声。それだけを残して、アルテミスは歩き出した。


ショコラの笑顔が、凍りついた。伸ばした手は宙に浮いたまま、行き場を失っている。これまでの人生で、こんな屈辱を味わったことがあっただろうか。


貴族たちの視線が、ちくちくと肌を刺す。哀れみ、嘲笑、好奇——様々な感情が入り混じった視線の中で、ショコラは必死に笑顔を取り繕った。


クロードはアルテミスの背を追いながら、表向きの歓迎を続けた。しかし、彼もまた気づいていた。


——この男の目的は、貿易交渉だけではない。


アルテミスの藍色の瞳が、一瞬だけ、窓の外の空を見上げた。まだ昼の明るい空。しかし彼の視線は、そこにはない月を、確かに見つめていた。



夜。月が中天に昇る頃、セレスティーヌ邸の秘密の工房に、銀色の影が降り立った。


「また来たのですね、陛下」


ルナは驚く様子もなく、作業台から顔を上げた。月光を受けて淡く輝くカカオの粉末を、繊細な手つきで扱っている。彼女の指先から、かすかな光が漏れていた。


アルテミスは工房の入り口に立ったまま、しばらくその姿を見つめていた。月明かりに照らされた銀灰色の髪。真剣な眼差し。静かで、しかし確かな存在感。


「……先日の申し出について、より具体的な形で提案したい」


彼は一歩、工房の中に足を踏み入れた。


「ルナリア王国の王立製菓院。その総責任者の地位を、貴女に」


ルナの手が、一瞬だけ止まった。


「月光魔法を自由に使える環境を整える。貴女の才能を正当に評価し、支援する体制も。必要な材料、設備、人員——全て、貴女の望むままに」


アルテミスの声は淡々としていた。しかし、その言葉の一つ一つには、確かな重みがあった。これは単なる外交辞令ではない。彼の本心からの申し出だ。


「……破格のご条件ですね」


ルナは作業台に材料を置き、アルテミスに向き直った。淡い紫の瞳が、藍色の瞳と真っ直ぐに交わる。


「なぜ、そこまで私に」


「貴女の才能は、この国では正当に評価されていない」


アルテミスは一歩、また近づいた。月明かりが、彼の銀髪を幻想的に照らしている。


「五年間、婚約者のために尽くし、従姉妹に才能を搾取され、それでも黙って耐えてきた。そのような場所に、貴女をこれ以上置いておきたくない」


その言葉に、ルナは息を呑んだ。彼は知っている。全てを。自分が何を犠牲にしてきたか、何を奪われてきたか。


「心を動かされます」


ルナは正直に答えた。心の奥で、何かが揺れている。


「けれど——まだ、この国でやり残したことがあります」


アルテミスの瞳が、わずかに細められた。


「復讐か」


ルナは首を横に振った。


「いいえ」


彼女の声は、静かで、しかし揺るぎなかった。


「真実を明らかにすることです。それは、復讐とは違います」


アルテミスは黙った。しかし、その瞳には、理解と——敬意のようなものが浮かんでいた。彼女は恨みで動いているのではない。ただ、正しいことを正しいと示したいだけなのだ。


「……貴女らしい」


彼の唇が、微かに緩んだ。厳しい表情しか見せなかった銀月の君主が、初めて見せるほどの、柔らかな笑み。


「待とう」


アルテミスは言った。


「だが、約束してほしい」


彼は月明かりの差し込む窓際に立ち、空を見上げた。満ちていく月が、二人を静かに照らしている。


「全てが終わったら——我が国の月を、見に来ると」


ルナは、その横顔を見つめた。冷徹で、近寄りがたいと言われる若き国王。しかし今、月光の下に立つ彼の姿は、どこか寂しげで、そして——優しかった。


「……お約束いたします」


ルナは答えた。


「全てが終わったら、必ず」


アルテミスは振り返り、ルナを真っ直ぐに見つめた。藍色の瞳が、月光を受けて深く輝いている。


「待っている」


その言葉を残して、銀月の君主は夜の闇に消えていった。


工房に残されたルナは、しばらく月を見上げていた。胸の奥で、何かが静かに熱を持ち始めているのを感じながら。


やがて、彼女の視線は作業台の上に置かれた一通の封書に落ちた。今朝届いた、王宮からの招待状。


『王太子主催・収穫祭への御招待』


ルナは封書を手に取り、月明かりにかざした。豪華な金の箔押しが、淡く輝いている。


——全てが終わったら。


その日は、もうすぐそこまで来ていた。この舞台で、真実を明らかにする。誰が本物の「月光のショコラティエ」なのかを。


ルナの淡い紫の瞳に、静かな決意の光が宿った。

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