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月光に揺れる不穏な影

【お知らせ】

この作品は生成aiを用いて執筆を行なっています

あらかじめご了承の上、お楽しみください

満月が王宮の庭園を銀色に染め上げていた。


月見の夜会——年に一度、貴族たちが月を愛でながら優雅に歓談する伝統の催し。噴水の水面が月光を受けて宝石のように煌めき、庭園のそこかしこに置かれた燭台が幻想的な陰影を作り出している。


「まあ、今宵の月はなんと美しいのでしょう。まるで銀の鏡のようですわ」


「ええ、本当に。この月見の夜会は毎年楽しみにしておりますの。噴水の水面に映る月光が、宝石のように煌めいていますわね」


令嬢たちの華やいだ声が、夜風に乗って流れていく。


ルナ・セレスティーヌは婚約者クロード王太子の斜め後ろに控えめに佇んでいた。銀灰色の髪が月明かりを受けて淡く輝いているが、彼女の装いは周囲の令嬢たちと比べて明らかに地味だった。飾り気のない深紫のドレス、最低限の宝飾品。華やかさを競い合う社交界において、彼女は意図的に埋もれることを選んでいるかのようだった。


「ルナ様、今夜も控えめな装いですこと」


近くを通りかかった令嬢が、同情とも嘲りともつかない視線を向けて通り過ぎていく。


ルナは表情を変えない。五年間、こうした視線には慣れきっていた。むしろ彼女の関心は別のところにあった。


——殿下の様子がおかしい。視線が何度も同じ方向へ向かっている……あの先にいるのは。


淡い紫の瞳が、さりげなく婚約者の横顔を観察する。クロードは金髪碧眼の端正な容姿を持つ理想の王子然とした男だった。しかし今夜、その美しい顔には隠しきれない落ち着きのなさが滲んでいる。視線が何度も同じ方向へ向かい、そのたびに微かに頬が紅潮する。


ルナはその視線の先を追った。


庭園の東側、薔薇の花壇の近く。蜂蜜色の巻き毛を揺らしながら、男性貴族たちに囲まれて笑う女がいた。琥珀色の瞳、薔薇色の頬、華やかな紅色のドレス。


ショコラ・ヴァレンティーヌ。ルナの従姉妹にして、社交界の華と謳われる女。


「ショコラ様、今宵も一段とお美しい。その蜂蜜色の髪が月明かりに輝いて、まるで女神のようだ」


「まあ、お上手ですこと。そんなに褒められたら、照れてしまいますわ」


ショコラが扇子で口元を隠しながら、甘い声で囁く。その仕草一つ一つが計算され尽くしていることを、ルナは知っていた。


「ショコラ様のドレス、紅薔薇のように鮮やかですな。社交界の華と謳われるのも納得だ」


「ふふ、皆様ったら。でも、こうして囲んでいただけて、本当に幸せですわ」


周囲の令嬢たちも、うっとりとした声で囁き合っている。


「ショコラ様のドレス、なんて素敵なのかしら」


「今夜も男性方を虜にしていらっしゃるわね」


ショコラが愛らしく笑うたびに、取り巻きの男たちが蕩けるような表情を浮かべている。


そして——クロードも。


ルナは静かに目を伏せた。心の中で、冷静な分析が始まる。


——あれほど露骨に視線を向けるとは。もはや隠す気もないということ。今夜、何かが起きる。


五年間の婚約期間。ルナはクロードのために尽くしてきた。彼の好みに合わせたショコラを作り、政治の勉強を手伝い、社交界での立ち居振る舞いを助言した。しかしクロードの目に、ルナは映っていなかった。「地味」「愛想がない」——それが彼の、そして社交界の、ルナへの評価だった。


「ルナ」


不意にクロードが振り向いた。碧眼に奇妙な光が宿っている。決意のような、あるいは高揚のような。


「はい、殿下」


「少し、僕と来てくれないか」


その声には、いつもの素っ気なさとは違う何かがあった。ルナは一瞬の間を置いて、静かに頷いた。


「……承知いたしました」


庭園の中央へ向かって歩き出すクロードの背を追いながら、ルナは月を見上げた。


満月が、これから起きることを見下ろしている。




庭園の中央。噴水を背にして、クロードがルナの手を引いて立ち止まった。


周囲の貴族たちの視線が集まってくる。夜会の途中で王太子が婚約者を連れて庭園の中央に立つ——何か重大な発表があることは明らかだった。囁き声が波紋のように広がっていく。


「皆、聞いてくれ」


クロードの声が庭園に響き渡った。朗々とした、自信に満ちた声。彼はこういう瞬間を愛している。注目を集め、人々の期待を一身に受けることを。


「おお、王太子殿下が……」


貴族たちが息を呑む中、ルナは静かに立っていた。月明かりが彼女の銀灰色の髪を照らし、淡い紫の瞳に冷たい光を宿らせている。


「今夜、この月の下で、僕は重大な決断を発表する」


クロードは一度言葉を切り、劇的な間を作った。


「ルナ・セレスティーヌとの婚約は、今夜限りで解消する」


静寂。そして——


「まあ……!」


「婚約破棄ですって……」


「王太子殿下が、直々に……」


どよめきが庭園を満たした。貴族たちの間に衝撃と好奇が入り混じった空気が広がる。だがクロードは気にも留めない。彼の視線は——そして心は——別の場所にあった。


「僕にはもう、心に決めた人がいるんだ」


その言葉と同時に、人垣を縫って一人の女が駆け寄ってきた。蜂蜜色の巻き毛、涙に潤んだ琥珀色の瞳。


「まあ、殿下……」


ショコラが頬を染めながら、クロードの腕に縋りついた。その仕草は計算し尽くされたものだったが、周囲の者たちはその演技に気づかない。


クロードは満足げにショコラを見下ろし、そして改めてルナへ視線を向けた。


「地味で愛想のない女より、僕にはショコラのような華やかで甘い存在がふさわしい」


残酷な言葉が、月明かりの下で響いた。周囲から同情のため息が漏れる。


「まあ、可哀想な殿下……あんな地味な婚約者に縛られていらしたのね」


ルナへの——ではなく、「可哀想な王太子様」への同情だった。


しかし、ルナは微動だにしなかった。


彼女の表情は、月のように静かだった。驚きも、悲しみも、怒りも——何も浮かんでいない。ただ淡い紫の瞳が、目の前の二人を冷静に観察している。


——ようやく、終わった。


ルナの胸に去来したのは、意外にも解放感だった。


「左様でございますか」


ただ一言。


その淡白さに、クロードの眉が跳ね上がった。ショコラの表情にも一瞬、動揺が走る。


「……それだけか?」


「はい」


ルナは静かに微笑んだ。月光に照らされたその笑みは、美しく、そして恐ろしいほど穏やかだった。


「殿下のお幸せを、心よりお祈りいたします」


「待て」


クロードが一歩踏み出し、ルナの行く手を遮った。碧眼に苛立ちの色が浮かんでいる。


「五年間の婚約だぞ。それだけか? 恨み言の一つも、涙の一粒もないのか」


ルナは首を傾げた。まるで、何故そんなことを聞くのか理解できないとでも言うように。


「殿下は、私の涙がお望みでしたか」


「……っ」


「残念ながら、お見せできるような涙は持ち合わせておりません」


その言葉に、周囲の貴族たちがざわめく。


「まあ……あの令嬢、意外と気が強いのね……」


地味で愛想がないと思っていた令嬢の、思いがけない芯の強さに驚いているのだ。


クロードの顔が紅潮した。恥をかかされた——彼の単純な思考は、そう結論づけていた。


「君は——」


「殿下」


ルナが静かに遮った。その声は凪いだ湖面のように平穏で、しかしどこか底知れぬ深さを感じさせた。


「一つだけ、お願いがございます」


「……何だ」


「従姉妹に、お伝えください」


ルナの視線がショコラへ向けられた。蜂蜜色の髪の令嬢は、勝ち誇った笑みを浮かべながらクロードの腕にしがみついている。しかしルナの瞳と目が合った瞬間——その笑みが一瞬、凍りついた。


「『もう渡すものがない』と」


意味深な言葉が、月明かりの下に落ちた。


ショコラの顔色が変わった。琥珀色の瞳が大きく見開かれ、唇が微かに震える。


——何を言っているの、この女……!


しかし動揺は一瞬だった。ショコラはすぐに表情を取り繕い、勝ち誇った笑みで覆い隠す。


「まあ、ルナ様。お可哀想に……ショックで、何を仰っているのかご自分でもわからなくなってしまったのね」


甘い声には、蜜のように滑らかな毒が込められていた。


だがルナは微笑んだままだった。


「ご心配には及びません、従姉妹様。私は至って正気ですわ」


そして彼女は踵を返した。月明かりに照らされた背中は、真っ直ぐで、毅然としていた。


「お幸せに、殿下、従姉妹様」


振り向かずに告げた言葉は、祝福というより——予言のように響いた。


残されたクロードは、何故か釈然としない表情を浮かべていた。


「……なぜだ。なぜあいつは、あんなに平然としていられる」


「殿下、お気になさらないで。あの人はいつもああですわ。冷たくて、愛想がなくて……殿下にはふさわしくありませんでしたもの」


ショコラが甘い声で囁く。しかしその胸の内では、別の思考が渦巻いていた。


——『もう渡すものがない』……どういう意味よ。まさか、あのショコラを……。




王宮の正門を出たところで、ルナを待っていたのは一台の馬車だった。


扉が開き、銀髪を優雅に結い上げた婦人が顔を見せた。穏やかな紫の瞳——ルナによく似た、しかしより深い慈愛を湛えた瞳。


「お母様」


「乗りなさい、ルナ」


ステラは何も聞かなかった。ただ静かに娘を馬車へ招き入れた。


馬車が走り出す。窓から差し込む月明かりが、車内を淡く照らしている。しばらく沈黙が続いた後、ステラが娘の手を取った。


「よく耐えましたね」


その一言に、ルナの瞳が僅かに揺れた。


「……お母様」


「全部、見ていましたよ。庭園の外からですけれど。五年間、あなたがどれほど尽くしてきたか。そして、どれほど報われなかったか。母は全て知っています」


ルナは何も言わなかった。ただ母の手を握り返した。


「泣いてもいいのですよ」


「……泣く必要はありません、お母様」


ルナは窓の外を見た。満月が馬車に寄り添うように輝いている。


「これで、ようやく自分の道を歩けます」


その言葉に、ステラの瞳に光が灯った。


「月光のショコラティエとして、ね」


ルナが振り向く。母と娘の視線が交わった。


「お母様だけが、知っているのですね。私のもう一つの顔を」


「ええ。あなたが十二歳の時、初めて月光魔法を使った夜から。ずっと」


ステラは娘の銀灰色の髪を撫でた。


「あなたには才能がある。本当の才能が。それを、あの王太子は見ることができなかった。従姉妹は盗むことしかできなかった。でも——」


「でも?」


「いつか必ず、あなたの真価を見抜く人が現れる。母はそう信じています」


ルナは微笑んだ。今夜初めて見せる、心からの笑みだった。


「ありがとうございます、お母様」




深夜。セレスティーヌ伯爵家の屋敷は静まり返っていた。


ルナは書斎の本棚に手をかけ、隠された機構を作動させた。本棚がゆっくりと回転し、その奥に下へ続く階段が現れる。


燭台も持たず、ルナは階段を降りていった。この道は、彼女にとって自分の部屋以上に馴染み深い。


地下。そこには、月明かりだけが照らす工房があった。


天井には特殊な水晶が嵌め込まれており、地上の月光を集めて室内に注ぎ込む仕組みになっている。銀色に輝く調理台、整然と並んだ道具類、そして壁一面に積まれた最高級のカカオ豆。


ここが——「月光のショコラティエ」の工房。


「さあ、今夜も始めましょう」


ルナは深呼吸をした。社交界の「地味な伯爵令嬢」の顔が剥がれ落ち、その下から真の姿が現れる。


——ここには王太子も、従姉妹も、社交界の虚飾もない。ただ、私と月光と、ショコラだけがある。


カカオ豆を砕き、磨り潰す。その動作は芸術的なまでに洗練されていた。そして——


ルナの指先から、淡い光が漏れ始めた。


月光魔法。


希少な魔法の才能。月明かりの下でのみ発動し、その光を物質に封じ込めることができる。ルナが作るショコラが「幻」と呼ばれる所以——それは、月光そのものをチョコレートに溶け込ませる技術にあった。


ルナの淡い紫の瞳が、月光を受けて神秘的に輝く。指先から流れ出る光がカカオに注がれ、チョコレートが銀色の輝きを帯びていく。


しばらく作業を続けた後、ルナはふと手を止めた。工房の片隅に目を向ける。


そこには、注文書の束が積まれていた。様々な貴族からの注文——しかし、その中で一際目を引くものがあった。


「ルナリア王国宛……三年前から、定期的に届く注文。王家の紋章が押されている……」


ルナは注文書を手に取った。差出人の名は伏せられているが、王家の紋章が押されている。


——月神の加護を受けた隣国。月光魔法と深い縁を持つ王家……いつか、この注文主に会うことがあるのだろうか。


注文書を元の場所に戻し、ルナは作業に戻った。月光がその姿を優しく照らしている。


婚約破棄の夜。しかしルナにとって、それは終わりではなく——始まりだった。


「月光のショコラティエ」として、彼女の新たな物語が幕を開ける。




窓の外、満月が煌々と輝いている。まるでルナの門出を祝福するかのように。


そして遠く、ルナリア王国の方角で——銀髪の若き国王が、同じ月を見上げていた。


「見つけた」


深い藍色の瞳に、静かな決意が宿る。


「三年間探し続けた『月光のショコラティエ』……ようやく、辿り着いた」


月光が、二つの運命を繋ごうとしていた。

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