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法廷で偽聖女だと断罪されたので、鞭を取り出してみた

掲載日:2026/02/03

 王国の最高裁判所。その大理石の床は、罪人の涙で磨かれたかのように冷たく輝いていた。


「この人ですわ!この女が、神聖なる職を騙る偽聖女です!」


 鼓膜を劈くような甲高い声が、裁判所の広間に反響する。証言台の中央で、絹のドレスを揺らしながら叫んでいるのは、この国の筆頭聖女システィアだ。蜂蜜色の巻き毛を完璧にセットし、豪奢な聖衣を纏った彼女は、一見すれば天使の具現のようである。その隣には、彼女の腰を支えるようにして立つ、豪奢な金髪の青年――王太子のイグノア殿下の姿があった。彼は侮蔑と正義感に酔った瞳で、まっすぐに被告人台を見下ろしている。


 そして、その視線の先にいるのが、私、アイリーンだ。


(……はぁ。これからお店の開店準備だったのに)


 私は心の中で、重たい溜息を吐き出した。両脇を屈強な聖騎士に挟まれ、手首には無骨な手錠。先ほどまで職場の裏口で備品チェックをしていた私は着のみ着のまま、まさに「連行」という言葉が相応しい強引さでここへ引きずり込まれたのだ。


(まさか、こんな形で捕まるとは……。やっぱり、あのお客様は密偵だったのかしら)


 数日前、店に現れた銀髪碧眼の初老紳士のことを思い出す。リピーターのお客様だったのだが、身なりが良く、気品に溢れたその男性はその日、妙に私の過去について探りを入れてきた。てっきり、役人がお忍びで内定調査に来たのかと思っていたが……どうやら、システィアの差し金だったらしい。私を「聖女を騙る詐欺師」として告発するために。


「アイリーン・ラング。元見習い聖女でありながら、その地位を追われた平民の女よ」


 イグノア殿下が、よく通る美声で朗々と私の罪状を読み上げ始めた。


「貴様は神聖な聖女の御業を騙り、市井の人々を惑わせ、不当な利益を得ていると、筆頭聖女から直々に報告が上がっている。これは王国法に対する重大な冒涜であり、詐欺罪に当たる!」


 裁判長席に座る老齢の裁判官たちが、ざわめきながら私に視線を注ぐ。傍聴席に詰めかけた貴族たちも、「なんて嘆かわしい」「聖女を騙るなど」と扇子で口元を隠しながら噂し合っている。

 私は無表情を保ちながら、かつての同僚――システィアを見つめた。彼女とは、神殿の見習い時代、同じ釜の飯を食った仲だ。いや、正確には「一方的にライバル視されていた」と言うべきか。平民出身の私と、伯爵家出身のシスティア。当時、私の聖魔力量は突出していた。怪我の治癒速度も、浄化の範囲も、同期の中で群を抜いていたのだ。聖女候補の筆頭、それが私だった。


 けれど、私は聖女という地位そのものには執着していなかった。私が欲しかったのは、名誉でも信仰心でもない。――お金だ。


(給料が良くて、実力主義。それだけが魅力だったのに)


 父を早くに亡くし、病弱な母と幼い弟を抱える私にとって、聖女という職は「高給取りの専門職」以外の何物でもなかった。しかし、ある時期を境に、私の魔力は枯渇した。まるで底の抜けた瓶のように、練り上げた魔力が霧散していく感覚。焦燥と恐怖の中で、私の聖魔力は聖女としての基準値を下回り、神殿を去ることになったのだ。

 あれから数年。まさかこんな形で、かつての「ライバル」と再会することになるとは。


「黙秘か?ふん、図星なのだろう」


 イグノア殿下が鼻を鳴らす。システィアは勝ち誇った笑みを浮かべ、大仰な仕草で胸元のペンダントを握りしめた。


「殿下、皆様。口で言っても認めない往生際の悪い女には、動かぬ証拠をお見せするしかありませんわ。わたくし、苦労して入手いたしましたの」


 彼女が合図を送ると、法廷の中央に設置された巨大な魔導水晶が明滅し始めた。映像を記録し、再生する高価な魔導具だ。


「さあ、ご覧になって!これが、この女が聖女を騙り、民を惑わせている証拠です!」


 システィアの声と共に、魔導水晶が空中に鮮明な映像を投影した。

 映し出されたのは、紫煙の漂う薄暗い部屋。宗教的な祭壇に見えなくもない、豪奢な装飾が施された空間だ。その中央、高い玉座のような椅子に、私は座っていた。足元には、一人の男性が額を床に擦り付けている。


『おお……聖女様……。愚かな私をお救いください……!』


 映像の音声が法廷に響く。男の声は切羽詰まっており、何かにすがりつく信者そのものだ。


『お可哀想な仔羊。あなたの罪は深く、魂は穢れています』


 映像の中の私が、慈悲深く、けれど絶対的な冷徹さを孕んだ声で告げる。私はゆっくりと右手を掲げた。その指先が、男の頭上に触れようとする。


『ですが、安心なさい。私がその罪、余すことなく浄化して差し上げましょう』


『ああ、ありがたき幸せ……!』


 法廷が、水を打ったように静まり返る。数秒の沈黙の後、爆発したような非難の声が上がった。

「な、なんと嘆かわしい!」「完全にカルト宗教の手口ではないか!」「魔力もないくせに『浄化』などと……人の弱みにつけこむとは!」

 システィアは顔を紅潮させ、震える指で私を指差した。


「見ましたか!?『浄化して差し上げましょう』だなんて!魔力もないくせに、言葉巧みに男性を信じ込ませて、救済を餌に金を巻き上げているのです!見習い時代、わたくしに負けたのがそんなに悔しかったの!?だからってこんな……こんな薄汚い詐欺を働くなんて!」


 システィアは改めて殿下に向き直り、主張する。


「殿下、こんな女は即刻投獄……いや、追放するべきです!聖女の権威に関わります!」


 イグノア殿下もまた、軽蔑を隠そうともせずに私を睨みつけた。


「アイリーン・ラング。申し開きはあるか。……君は聖女ではない。そうだな?」


 ようやく、私に発言の機会が回ってきた。私は一度、深く息を吸い込む。冷たい空気が肺を満たし、苛立ちで熱くなりかけた頭を冷やしてくれる。聖騎士の手を軽く制して一歩前へ出ると、私は背筋を伸ばし、凛とした声で答えた。


「はい。私は聖女ではありません」


 あっさりと認めた私に、殿下が眉をひそめる。


「ならば、なぜ聖女のような格好をしている?あの映像の服はなんだ」


 確かに、今の私はあの映像と寸分違わぬ格好をしている。職場から引きずられるようにして連行されたため、着替える暇などなかったのだ。デザインこそ聖女の法衣を模しているが、その実態は似て非なるもの。生地は清貧さを尊ぶ麻などではなく、照明を弾いて艶かしく輝く極上のサテン地だ。身体の起伏を余すことなく拾うタイトな作りで、左足には太腿の付け根まで届く深いスリットが刻まれている。


「これは、制服です」


「……は?」


「制服です」


 私は淡々と繰り返した。


「ま、まあ!”聖服”だなんて!」


 システィアが甲高い笑い声をあげる。


「聖女でもないのに、”聖服”を着て『浄化』だなんて言葉を使って、それが聖女を騙っているということでなくてなんなのですの!」


「あ、いえ。」


 私は彼女の言葉を遮り、諭すように言った。


「”聖服”ではなく、”制服”です。…制服。私が働いているお店の」


「み、店……?」


「はい。お店です。そして聖女を騙ってなどいません。私はお客様に最初から説明しています。『聖女風のプレイ』であると」


「……ぷ、ぷれい?」


 殿下とシスティアが同時に間の抜けた声を上げた。裁判官たちも、何事かと顔を見合わせている。


「なんというか……言葉で説明するより、お見せした方が早いですね。私の仕事道具を」


 私は拘束されていた両手を、ぐっと前に突き出した。聖騎士たちは一瞬怯んだが、私が攻撃する気配を見せなかったため、戸惑いながらも手錠を外した。自由になった両手で、私は”制服”のスカートのスリットに手を差し込む。太腿に巻かれたガーターベルト。そこに固定されていた「商売道具」を、シュルリと引き抜いた。


 黒い革のしなりと共に、空気を切り裂く鋭い音が法廷に響く。


ヒュンッ――!


 裁判所のテーブルに叩きつけられたのは、聖杖でも、聖水が入った瓶でもない。太い持ち手の先に、何本もの革紐が束ねられて垂れ下がる、漆黒の革鞭……いわゆる、”バラ鞭”だ。


「……は?」


 イグノア殿下が、ポカンと口を開けた。システィアの目が点になっている。傍聴席の貴族たちも、扇子を落とすほど唖然としていた。

 私はバラ鞭を片手で優雅に遊びながら、にっこりと微笑んだ。営業用の、極上のスマイルで。


「聖女を騙っていたと言われれば、広義ではそうかもしれません。というか、それが私の仕事ですので」


 私は裁判長に向かって一礼し、朗々と説明を始めた。


「私は聖女の職を辞した後、稼ぎの良い仕事を探しました。母の治療費、弟の学費、生活費……平民が短期間で大金を得るには、限られた手段しかありません。かといって、体を売るのは私の矜持が許しませんでした。そこで出会ったのが、会員制高級クラブ『幻想処ファンタジア』です」


「ファ、ファンタジア……?」


「はい。いわゆる『シチュエーションクラブ』でございます。性的な行為は一切禁止。あくまで健全(?)な紳士淑女の社交場であり、お客様の『こうされたい』『こうありたい』という深層心理の願望を、演劇的な手法で叶える場所です」


 私は鞭を殿下の方へ軽く向けた。殿下がビクリと肩を震わせる。


「例えば、『聖女の格好をした気高い女性に、日頃の罪を罵られ、物理的な痛みによって贖罪を得たい』……といったニッチな、けれど切実な願望をお持ちのお客様がいらっしゃいます。私はそこのキャストであり、いわゆる『サディスティック・セイント』の役がご好評をいただいているのです。一応、お店ではナンバーワンの座に着いております」


「さ、さでぃす……?」


 殿下が言葉を失う。


「先ほどの映像のお客様は、『聖女様に罵られたい』『厳しく罰せられることで、日頃の罪悪感から解放されたい』というオーダーでした。あれは詐欺行為ではなく、台本通りに行われた『プレイ』です。『浄化』という名のセラピーでもあり、この鞭は医療器具のようなものです」


 私は胸を張って言い切った。元聖女としての知識と、そこそこの演技力、そして何より「どうすれば相手が一番ゾクゾクするか」を見抜く観察眼。それらが組み合わさって、私は今の地位を築いたのだ。確かに聖魔力は失ったが、私は人を癒やす(?)新たな才能を開花させていたのである。


 法廷の空気が、一変した。怒りや軽蔑ではない。「呆れ」と「困惑」、そして一部の男性貴族からの「なるほど……そういう店か……」という生温かい視線。シリアスな「偽聖女による宗教詐欺事件」が、「勘違いで連れてこられたマニアックな店の従業員」という笑い話に変わった瞬間だった。


「な、なによそれ……ッ!!」


 沈黙を破ったのは、顔を真っ赤にしたシスティアだった。彼女の描いていた「アイリーン断罪計画」は、予想の斜め上の真実によって粉砕された。詐欺師として裁くつもりが、ただの「特殊な趣味の店の人気嬢」を白日の元に晒しただけになってしまったのだから。


「ふざけないで!そんな……そんな仕事なんて、認めないわ!あんたはずっとそうよ!見習いの頃から、何でも涼しい顔してこなして……わたくしがどれだけ努力しても、みんなあんたの才能ばかり褒めて!」


「システィア、落ち着け。これ以上は恥の上塗りだ」


 殿下が止めようとするが、彼女の錯乱は止まらない。プライドをズタズタにされた彼女の表情が、憎悪で歪んでいく。


「嫌よ!あんたが邪魔なの!目障りなのよ!……魔力を失って惨めに消えたと思ったら、今度はそんな場所でチヤホヤされてるなんて……許せない!消えてよ!!あんたが邪魔なのよー!!」


 システィアが理性を失い、右手を突き出した。彼女の指先から、殺意の込められた魔力の塊が放たれる。


「死んじゃえっ!!」


「アイリーン!」


 誰かの叫びと共に、光の弾丸が私に迫る。避ける間もない。私は反射的に身を硬くし、目を閉じた。

――しかし。いつまで経っても、衝撃は訪れなかった。代わりに聞こえたのは、ガラスが砕けるような硬質な音と、システィアの悲鳴。


「きゃあああああっ!?」


 恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。私に当たるはずだった魔法が、そのままシスティアへと跳ね返ったのだ。彼女は床に尻餅をつき、呆然と自分の胸元を見つめている。そこには、砕け散ったペンダントの破片が散らばっていた。


「あ……あぁ……せっかく手に入れた、魔力の核が……」


 システィアの顔から血の気が引いていく。それと同時に、私の胸の奥底から、懐かしい熱が溢れ出してくるのを感じた。空っぽだった器に、温かい水が注がれていくような感覚。指先がジンジンと痺れ、視界がクリアになっていく。これは――。


「……聖魔力?」


 私が呟いた瞬間、重厚な扉が轟音と共に開かれた。


「そこまでだ」


 低く、威厳に満ちた声が響き渡る。衛兵たちが慌てて道を空け、最敬礼で迎えたその人物に、法廷中の人間が息を飲んだ。

 現れたのは、銀髪に碧眼、冷徹な美貌を持つ壮年の男性――この国の国王陛下その人だった。


「ち、父上!?」


 イグノア殿下が裏返った声を出す。国王陛下は息子を一瞥もしないまま、まっすぐにこちらへ歩いてきた。その背後には、武装した近衛騎士たちが控えている。


「システィア・フォン・ベルク。貴女を『魔力強奪罪』および『禁術使用』の容疑で拘束する」


 陛下の宣告に、システィアが「ひっ」と喉を鳴らして後ずさった。


「魔力強奪……?」


 殿下が呆然と呟く。


「ど、どういうことですか父上。彼女は筆頭聖女で……」


「その女の力は、もともと彼女自身のものではない」


 陛下は冷ややかな目でシスティアを見下ろした。


「数年前、見習い聖女時代に、彼女は禁術を用いた。類稀なる才能を持っていた同僚――そこのアイリーン嬢の『魔力の核』を呪いによって奪い取り、自身のペンダントに封じ込めて使役していたのだ」


 法廷が再び騒然となる。私は自分の胸に手を当てた。今、体の中を巡っているこの強大な力。これは、紛れもなく私自身のものだ。奪われていた力が、ペンダントの破壊によって持ち主の元へ還ってきたのだ。


「だが、他者の魔力を無理やり使い続ければ、歪みが生じる。最近、彼女の聖魔力が不安定になっていたのはそのためだ。焦った彼女は、真の持ち主であるアイリーン嬢を完全に排除しようと画策した。……だが、詰めが甘かったな」


 陛下はそこで言葉を切り、私の方を向いた。その氷のような瞳が、私を見た瞬間、ふっと柔らかく――いや、どこかバツの悪そうな色を帯びた。


「連れて行け」


 システィアに向き直った陛下が短く言葉を発し、泣き叫ぶシスティアが引きずられていく。


 騒然とする法廷の中、陛下が私の方へ歩み寄ってきた。私は慌てて居住まいを正し、一礼しようとして――ふと、改めて陛下の顔を見て固まった。

 銀髪に碧眼。どこかで見覚えのある面立ち。あ、れ……?この人、この間私の過去について探りを入れてきた初老紳士……?!てっきり、システィアの密偵だと思っていたのに……。

 陛下は周囲に気づかれないよう、私と視線を合わせると、ほんの僅かに口元を緩めた。そして、誰にも聞こえないほどの小声で囁いた。


「……先日は世話になったな。その、店でのことは内密に頼む」


 私はブンブンと頭を縦に振った。助けてくれてありがとうございます。店のプライバシーポリシーに誓って、店でのことは誰にも口外しません。まさか一国の王を四つん這いにさせて背中に座っていたなんて、死んでも言えません。

 陛下は改めて私に向き直り、口を開いた。


「それで、アイリーン嬢。折いっての相談なんだが――


********


 あれから数ヶ月。王都の神殿は、かつてない活気に包まれていた。

 騒動の後、システィアは魔力強奪と禁術使用の罪で投獄され、そのまま国外追放となった。また、彼女の言葉を鵜呑みにし、裏付け調査を怠ったイグノア殿下も連帯責任を問われた。「次期国王としての資質に欠ける」として王太子の座を剥奪され、単なる第一王子へと降格処分となった。ただ彼はシスティアとは違い、自身の浅慮を深く反省しているようだ。もう一度王太子として認められるべく、一から帝王学を学び直しているという。


 空席となった筆頭聖女の座には、陛下からの直々の打診で私が就くことになった。戻ってきた私の聖魔力が、歴代の聖女と比較しても規格外の量だったことが決め手だ。


 後日談だが、なぜシスティアがあそこまで強引に私を陥れようとしたのか、その動機も判明した。そもそも、他人の「魔力の核」を使って魔力を行使するのは、理に反した行為だ。核はシスティアに定着することなく、徐々に本来の持ち主である私へと魔力を還流させていたらしい。結果、システィアは昔と同じパフォーマンスを発揮できなくなり、焦っていた。

 彼女は考えたのだろう。「持ち主であるアイリーンを遠ざければ、核とのパスが切れ、魔力の流出も止まるはずだ」と。だからこそ、私を物理的に排除し、追放するために策を練ったのだ。

 あの法廷でペンダントが砕けたのも、核が持ち主への攻撃を拒絶したのか、単なる容量オーバーのバグだったのか……今となっては定かではない。


 ただ一つ確かなのは、その「魔力の環流」が私の運命を変えたということだ。お忍びで初めて店に来店された国王陛下は、私の「椅子」になった翌日、持病の腰痛が嘘のように消えていることに驚愕したそうだ。(というか、腰痛持ちなのに椅子プレイを要求しないで欲しい)

 システィアのペンダントから一部戻ってきた聖魔力を私が無意識に使い、接触面であった腰を自動的に治療したのだ。治療された腰に気づいた陛下は「この独特の魔力の質は、筆頭聖女のものと同じではないか?」と気づき、調査したとのことだった。まさか、一国の王を尻に敷いたせいで身バレするとは夢にも思わなかったが、結果オーライとしておこう。


 それにしても、あんなコントのような勘違い告発が行われたのは何故だったのか。おそらく彼女が雇った探偵が安上がりな三流だったのか、あるいは報酬をケチった腹いせに適当な報告をされたのか……。いずれにせよ、「シチュエーションプレイの映像」を「偽聖女を騙り、民を惑わしている」と解釈して提出するような調査能力が、彼女の命取りとなったわけだ。

 追放される際、再入国できないよう彼女の身にはきっちりと罪人の魔力印が押されたらしい。私にしようとしたことがそっくりそのまま自分の身に返ってきて、さぞ悔しかったことだろう。他国でうまく生き延びているのか、それとも国境の森で魔物に食い尽くされているのか……今の私には知る由もない。


 奪われた魔力も元通り……いや、それ以上に増幅して戻ってきた。他者の体という異物を経由したことで、一種の抗体ができ、より強靭になったらしい。筆頭聖女の給料は破格。おかげで母の病気を完治させる特効薬も買えたし、弟は王立魔術学園へ首席合格を果たした。


 すべてが順調だ。……ただし、私の治療スタイルが「少し変わっている」ことを除けば。


「い、嫌だ!酒はやめねぇぞ!俺は客だぞ!」


 診察室で、酒浸りの男が暴れていた。肝臓を患っているのに、治療を受けたそばから隠し持っていた酒を煽り、制止する若い聖女見習いの尻を撫で回そうと追いかけている。


「困った患者こひつじさんね」


 私は溜息を一つ吐くと、スリットの深い聖衣の裾を払い、優雅に椅子から立ち上がった。手には聖杖――ではなく、使い込まれた革のバラ鞭。


「あ?なんだ姉ちゃん、それで俺を叩こうってか?聖女様が暴力なんて……」


「暴力?いいえ、これは『生活指導』よ」


 私はニッコリと微笑んだ。かつて夜の世界で磨いた、背筋を凍らせる「教育者」の笑みで。


「言うことを聞かない悪い子には、身体でわからせてあげる必要があるわね。……痛みの先にある改心。それを教えてあげる」


ヒュンッ――!


 複数の革紐が空気を切り裂く音が、診察室に響く。男がひきつった悲鳴を上げるのと、私の聖魔力が発動するのは

同時だ。魔力を纏った鞭の一撃は、患部を癒やすと同時に、脳髄に強烈な「恐怖」を刻み込む。


「ぎゃああああ!……あ、あれ?痛く……ない?」


「ええ。痛みは一瞬。でも、恐怖は残るでしょう?」


 私は男の鼻先に、バラ鞭の先端を突きつけた。


「次、お酒を飲んだら……この鞭が、ただの脅しじゃなくなると思ってね?」


「は、はいぃぃぃっ!やめます!酒やめますぅぅ!」


 男は脱兎のごとく逃げ出した。それを見ていた他の患者たちが、青ざめながらも、どこか期待に満ちた目で見ている。


「さあ、次の方。……悪い子はいないかしら?」


 私はバラ鞭をパン、と掌で鳴らした。『幻想処ファンタジア』での経験は無駄ではなかった。人の心と身体を掌握する術は、聖女の仕事にも大いに役立っているのだから。

 ……時折、第一王子殿下が"懺悔”のため、恍惚とした表情で神殿に通っているのは、まだ秘密(ナイショ)


 こうして今日も、神殿には癒やしと悲鳴が仲良く響き渡る。

 聖女の仕事がこんなに賑やかだなんて、誰が想像しただろうか。


――まあ、クレームは一件も来ていないので、たぶん問題ないだろう。


 白昼の神殿に、今日もまた、快音と懺悔の声が響き渡るのだった。


お読みいただきありがとうございました!

面白かった、自分もアイリーン様に詰られたい!、国王陛下何やってるの…等、思いましたら是非ブックマーク、★評価していただけると嬉しいです!!


(ちなみに、聖魔力でウィルスや細菌系の病気は完治させることは難しいという設定です。お母様の治療にはちゃんと抗生物質が必要で、お金が必要でした。)

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― 新着の感想 ―
患者様増えません?www
笑いました。いずれ次代の聖女も女王様になりそうです
王と第一王子親子揃ってw王妃と王子の未来の嫁は大変ですね。 聖女からマニアックな風○店勤務って普通に考えれば娼館落ち同様だし、聖女に復帰しても周りはこそこそ言いそうだけど国1番の後ろ楯と平民一家の大…
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