第8話 技術革新は火の粉より速く
奥州での二連勝は、河越勢にとって大きな自信となった。
しかし私はよく知っている――戦の真価とは、
“勝つこと”ではなく、“次に備えること”にある。
(どれほど勝利しても、改良を怠れば衰退する。
歴史とは、技術を持つ者から順に主導権を握る連鎖だ)
奥州の厳しい寒風の中、私はその事実をあらためて噛み締めていた。
◆
勝利から数日後。
陣内の温度は依然として低いが、兵たちの表情は明るかった。
「河越勢が二つも敵陣を破ったとは……!」
「源義家殿からの褒美も近いぞ!」
笑い声が焚き火の間を行き来し、温かな空気を生む。
だが私は、その中で静かに観察を続けていた。
槍の刃こぼれ、
馬の蹄鉄の磨耗、
弓の反り方、
兵の呼吸の乱れ。
勝利の裏側に、改良すべき点は山ほどある。
(槍の刃は炭素量が安定していない。
焼き入れが均一でない証拠だな……
鍛冶場で改良したい)
私は乳母の腕の中から父へと手を伸ばす。
「……おと……さま……
やいば……なおす……」
父は驚いた顔をし、私を抱き上げた。
「刃を……直す? 重綱、どういう意味だ?」
(説明したいが、この時代の語彙ではまだ難しい……
しかし、試す価値はある)
私は父の指を取り、槍の刃こぼれ部分を軽く触れた。
その後、刃の反対側に手を移し、首を振った。
「……こっち……つくる……ちがう……」
父は眉をひそめたが、やがて家臣を呼んだ。
「鍛冶師を連れてこい。重綱の言うことを試す」
◆
その日の夕刻、
河越家の鍛冶師・道真が槍を手に現れた。
屈強な男であるが、どこか慎重な眼差しを持つ職人だ。
「これは重綱さまの……“ご指示”と?」
「うむ。重綱が刃の作り方に何か気づいたようだ」
鍛冶師は私を優しく見つめた。
「重綱さま……どこを直せばよろしいので?」
(よく見ているな、道真。
この男は後に“河越式鍛冶”を完成させる逸材だ)
私は蜂の羽音ほどの声で言った。
「……あつい……
つめる……
やわらか……かたく……」
鍛冶師の目が鋭くなった。
「……ひょっとして……焼き入れの温度を……?」
私は強く頷く。
道真はしばらく震えていたが、
やがて父へ向かって深く礼をした。
「重綱さまは……鉄の心を見抜いておられる!」
(さすがだ。
槍の焼入れ温度管理さえできれば、
刃こぼれは大幅に減る)
その夜、道真と鍛冶師たちは
重綱の言葉を手がかりに“焼入れ改良”に取り組んだ。
◆
翌朝。
「重房殿! 刃が……刃が折れにくくなっております!」
兵たちが槍を振り試した瞬間、
誰もが驚愕した。
「なんだこれは……!?
昨日までとは別物だ……!」
槍が雪を割り、石を斬り、
驚くほど粘り強く、鋭い。
父は私を抱き、その目に興奮の色を宿した。
「重綱……そなたは、槍の作り方まで知っているのか……?」
(現代の鍛冶工学を知っている転生者ですからね)
私はただ、父の胸に手を置いて微笑んだ。
◆
槍の改良を皮切りに、
私は次々と“小さな革新”を行った。
■【河越家・戦場技術改革(奥州版)】
・槍の焼入れ温度管理
・柄木材の乾燥期間延長
・馬の“疲労回復ストレッチ”導入
・弓の張力維持のための“湿度管理袋”
・兵の歩行間隔の統一
・行軍時の“負荷軽減姿勢”の指導
・雪上で滑りにくい“踏み固め道”の作成
(この時代では反則級の技術だ)
兵たちは口々に言った。
「重綱さまは戦神の化身に違いない……!」
「馬の疲れが取れる技など聞いたことがない……!」
「槍の刃こぼれが全くない……!」
(誤解の方向性が完全に間違っている……が、使える)
◆
だが、革新はここで終わらない。
私は陣の外を歩き、
雪を掘り返し、川を観察し、
地形を読み解いていた。
すると、一つの重大な問題に気づく。
(敵は近くの渓谷を利用して、
“挟撃の罠”を仕掛けようとしている……!)
夕方、父の元へ駆け寄り、
決定的な一言を放った。
「……まえ……あぶない……
かわ……まわる……」
「川を……? どういうことだ?」
私は川の方角を指し、次に山の縁を示した。
(敵の主力は渓谷に潜み、
我々が本陣を前進させる瞬間を狙う。
そのまま進めば左右から挟まれる。
だが川沿いを進めば敵の罠は機能しない)
父の顔が変わった。
「……重綱。そなたは……敵の動きを読んでいるのか?」
私は強く頷いた。
父は即座に命じた。
「本陣! 明日の行軍路を変更する!
川沿いへ迂回し、敵の罠を避ける!!」
◆
翌日。
予想通り、渓谷には大量の敵兵が潜んでいた。
だが、河越勢はそこを通らず、川沿いを進んだ。
「……ば、馬鹿な……!」
「どうして奴らは渓谷を避けた!?」
敵の驚愕が風に乗って聞こえた。
父は深く息をつき、私へ囁いた。
「重綱……
そなたの目は、戦場そのものを見通しているのか……?」
(父上、それは正しい。
私は時代も戦場も、歴史も見通している)
◆
その夜。
陣営の焚き火のそばで、私は静かに座っていた。
兵たちの疲れを癒やす湯気が漂い、
槍が整然と並び、馬たちが穏やかに草を噛む。
父は私の隣に座り、しばらく黙って空を見ていた。
「重綱……そなたは、なぜこれほど多くのことを知っている?」
私は父の顔を見つめた。
真剣で、恐れと信頼が混じった表情。
(この問いに答える日は、いつか来る。
だが今は――)
私は父の胸に手を置き、ひとことだけ言った。
「……まもる……
かわごえ……」
父は目を閉じ、深く頷いた。
「そうか……
河越を、武蔵国を守るために……
そなたは“賢しき子”として生まれてきたのだな」
(賢しき子……いや、父上。
私は“千年の観測者”だ)
だが父の言葉が、胸の奥に温かく染みた。
◆
その夜、私は空を見上げながら静かに思った。
(河越家は、確実に強くなりはじめている。
技術革新は、戦場を変える。
そして戦場が変われば、国が変わる)
まだ幼い身体は震えるほど寒かったが、
胸の奥には燃えるような熱が宿っていた。
――河越家を、未来へ導く。
――滅亡の歴史を断ち切る。
――戦と技術をもって、この国を変える。
奥州の雪は静かに降っていたが、
その下で私は、確かな一歩を踏み出しつつあった。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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