表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/32

第8話 技術革新は火の粉より速く

 奥州での二連勝は、河越勢にとって大きな自信となった。

 しかし私はよく知っている――戦の真価とは、

 “勝つこと”ではなく、“次に備えること”にある。


(どれほど勝利しても、改良を怠れば衰退する。

 歴史とは、技術を持つ者から順に主導権を握る連鎖だ)


 奥州の厳しい寒風の中、私はその事実をあらためて噛み締めていた。



 勝利から数日後。

 陣内の温度は依然として低いが、兵たちの表情は明るかった。


「河越勢が二つも敵陣を破ったとは……!」

「源義家殿からの褒美も近いぞ!」


 笑い声が焚き火の間を行き来し、温かな空気を生む。

 だが私は、その中で静かに観察を続けていた。


 槍の刃こぼれ、

 馬の蹄鉄の磨耗、

 弓の反り方、

 兵の呼吸の乱れ。


 勝利の裏側に、改良すべき点は山ほどある。


(槍の刃は炭素量が安定していない。

 焼き入れが均一でない証拠だな……

 鍛冶場で改良したい)


 私は乳母の腕の中から父へと手を伸ばす。


「……おと……さま……

 やいば……なおす……」


 父は驚いた顔をし、私を抱き上げた。


「刃を……直す? 重綱、どういう意味だ?」


(説明したいが、この時代の語彙ではまだ難しい……

 しかし、試す価値はある)


 私は父の指を取り、槍の刃こぼれ部分を軽く触れた。

 その後、刃の反対側に手を移し、首を振った。


「……こっち……つくる……ちがう……」


 父は眉をひそめたが、やがて家臣を呼んだ。


「鍛冶師を連れてこい。重綱の言うことを試す」



 その日の夕刻、

 河越家の鍛冶師・道真みちざねが槍を手に現れた。

 屈強な男であるが、どこか慎重な眼差しを持つ職人だ。


「これは重綱さまの……“ご指示”と?」


「うむ。重綱が刃の作り方に何か気づいたようだ」


 鍛冶師は私を優しく見つめた。


「重綱さま……どこを直せばよろしいので?」


(よく見ているな、道真。

 この男は後に“河越式鍛冶”を完成させる逸材だ)


 私は蜂の羽音ほどの声で言った。


「……あつい……

 つめる……

 やわらか……かたく……」


 鍛冶師の目が鋭くなった。


「……ひょっとして……焼き入れの温度を……?」


 私は強く頷く。


 道真はしばらく震えていたが、

 やがて父へ向かって深く礼をした。


「重綱さまは……鉄の心を見抜いておられる!」


(さすがだ。

 槍の焼入れ温度管理さえできれば、

 刃こぼれは大幅に減る)


 その夜、道真と鍛冶師たちは

 重綱の言葉を手がかりに“焼入れ改良”に取り組んだ。



 翌朝。


「重房殿! 刃が……刃が折れにくくなっております!」


 兵たちが槍を振り試した瞬間、

 誰もが驚愕した。


「なんだこれは……!?

 昨日までとは別物だ……!」


 槍が雪を割り、石を斬り、

 驚くほど粘り強く、鋭い。


 父は私を抱き、その目に興奮の色を宿した。


「重綱……そなたは、槍の作り方まで知っているのか……?」


(現代の鍛冶工学を知っている転生者ですからね)


 私はただ、父の胸に手を置いて微笑んだ。



 槍の改良を皮切りに、

 私は次々と“小さな革新”を行った。


■【河越家・戦場技術改革(奥州版)】

・槍の焼入れ温度管理

・柄木材の乾燥期間延長

・馬の“疲労回復ストレッチ”導入

・弓の張力維持のための“湿度管理袋”

・兵の歩行間隔の統一

・行軍時の“負荷軽減姿勢”の指導

・雪上で滑りにくい“踏み固め道”の作成


(この時代では反則級の技術だ)


 兵たちは口々に言った。


「重綱さまは戦神の化身に違いない……!」

「馬の疲れが取れる技など聞いたことがない……!」

「槍の刃こぼれが全くない……!」


(誤解の方向性が完全に間違っている……が、使える)



 だが、革新はここで終わらない。


 私は陣の外を歩き、

 雪を掘り返し、川を観察し、

 地形を読み解いていた。


 すると、一つの重大な問題に気づく。


(敵は近くの渓谷を利用して、

 “挟撃の罠”を仕掛けようとしている……!)


 夕方、父の元へ駆け寄り、

 決定的な一言を放った。


「……まえ……あぶない……

 かわ……まわる……」


「川を……? どういうことだ?」


 私は川の方角を指し、次に山の縁を示した。


(敵の主力は渓谷に潜み、

 我々が本陣を前進させる瞬間を狙う。

 そのまま進めば左右から挟まれる。

 だが川沿いを進めば敵の罠は機能しない)


 父の顔が変わった。


「……重綱。そなたは……敵の動きを読んでいるのか?」


 私は強く頷いた。


 父は即座に命じた。


「本陣! 明日の行軍路を変更する!

 川沿いへ迂回し、敵の罠を避ける!!」



 翌日。

 予想通り、渓谷には大量の敵兵が潜んでいた。


 だが、河越勢はそこを通らず、川沿いを進んだ。


「……ば、馬鹿な……!」

「どうして奴らは渓谷を避けた!?」


 敵の驚愕が風に乗って聞こえた。


 父は深く息をつき、私へ囁いた。


「重綱……

 そなたの目は、戦場そのものを見通しているのか……?」


(父上、それは正しい。

 私は時代も戦場も、歴史も見通している)



 その夜。


 陣営の焚き火のそばで、私は静かに座っていた。

 兵たちの疲れを癒やす湯気が漂い、

 槍が整然と並び、馬たちが穏やかに草を噛む。


 父は私の隣に座り、しばらく黙って空を見ていた。


「重綱……そなたは、なぜこれほど多くのことを知っている?」


 私は父の顔を見つめた。

 真剣で、恐れと信頼が混じった表情。


(この問いに答える日は、いつか来る。

 だが今は――)


 私は父の胸に手を置き、ひとことだけ言った。


「……まもる……

 かわごえ……」


 父は目を閉じ、深く頷いた。


「そうか……

 河越を、武蔵国を守るために……

 そなたは“賢しき子”として生まれてきたのだな」


(賢しき子……いや、父上。

 私は“千年の観測者”だ)


 だが父の言葉が、胸の奥に温かく染みた。



 その夜、私は空を見上げながら静かに思った。


(河越家は、確実に強くなりはじめている。

 技術革新は、戦場を変える。

 そして戦場が変われば、国が変わる)


 まだ幼い身体は震えるほど寒かったが、

 胸の奥には燃えるような熱が宿っていた。


――河越家を、未来へ導く。

――滅亡の歴史を断ち切る。

――戦と技術をもって、この国を変える。


 奥州の雪は静かに降っていたが、

 その下で私は、確かな一歩を踏み出しつつあった。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。


ブックマーク・ポイント⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️・リアクション・感想など、励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ