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千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


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第7話 矢の雨の中で

 奥州戦線での先陣突破から数日後。

 奥羽の寒風はさらに鋭さを増し、

 雪と泥が混じり合う戦場は、兵たちの体力を容赦なく奪っていた。


 だが、河越勢の士気は驚くほど高かった。


「一番槍は我らだ!」

「源義家殿が褒めておられたぞ!」

「これで武蔵国に名が響く!」


 兵たちは疲労を押し隠し、誇りに満ちた顔をしている。

 私は乳母に抱かれながら、その熱気を観察していた。


(士気の高さは軍の強さに直結する。

 だが、慢心すれば命取りになる。

 この戦はまだ終わっていない)



 その日の夕方、源義家の本陣から使者が到来した。


「重房殿! 義家殿より伝令!

 敵の主力が丘陵の麓に布陣し直しました!

 明朝、再び激戦が予想されます!」


 父は静かに頷いた。


「承知した。河越勢は今夜より警戒を強めよ!」


 家臣たちが散っていく中、父は私を見下ろす。


「重綱……明日、また戦だ。

 そなたには見せたくはないが……

 この戦は避けられぬ」


 私は父の胸元を握り、首を振った。


「……みる……

 しらべる……」


(戦場は“観測すべき情報”の宝庫だ。

 風の流れ、地形、敵兵の配置、兵の疲労、

 武器の弱点、戦術の穴――

 これらをすべて把握し、未来の戦に活かさなければならない)


 父は苦い笑みを浮かべた。


「……そなたの目は、我ら武士とは違うものを見ているようだ」


(違う。

 私は千年先の軍事科学を視ている)



 翌朝。

 空は暗く、雪雲が渦を巻いていた。


 前衛からの報告が届く。


「敵弓隊、多数! 丘陵上よりこちらを狙っております!」


 兵たちに緊張が走る。


「くそ……! あの高さから矢を降らせてくる気か!」

「馬が怯むぞ……!」


 父が厳しい表情になり、家臣に命じた。


「盾持ちを前へ出せ! 防ぎきれるかどうか……」


(無理だ。

 この地形、この風、この距離……

 そのまま突撃すれば、河越勢は矢の雨に貫かれる)


 私は乳母に抱かれたまま、父へ向かって手を伸ばした。


「……おと……さま……

 や……かぜ……よむ……」


「風を……読む?」


 父が眉をひそめる。

 私は小さな指で敵陣を指し、続けて味方陣を指した。


 風は、こちらから敵へ向かって吹いていた。


(この風向きなら、敵の矢は遠くまで飛ばない。

 逆にこちらの矢は、意図以上に伸びる)


 私は明確に告げる。


「……うて……

 さきに……」


 家臣たちがざわつく。


「赤子が……? 先に射よと……?」

「しかし敵は高所に……」


 父は私の目を覗き込み、かすかに震えた声で言った。


「……重綱。風が我らに有利だと……そう言うのか?」


 私は強く頷いた。


 やがて父は決断する。


「弓隊、構えよ!! 

 敵より先に射かける!

 風が我らに味方している!!!」



 弓隊が矢を番え、

 一斉に弦を引く音が張りつめた空気の中に響く。


「放てぇぇぇ!!」


 空へ解き放たれた矢が、風を受けて大きく伸びた。

 雪混じりの風が後押しする。


 矢は弧を描き――

 丘陵上の敵弓隊に降り注いだ。


「ぐあっ!」

「何故だ!? 距離が……!」

「風だ! 風が逆だ!!」


 敵陣が混乱する。


(これで敵の初撃を封じた。

 次は――)


 私は父の鎧を軽く叩いた。


「……いま……

 まえ……でる……」


「突撃……だと?」


 父は短く息を呑み、すぐに表情を引き締めた。


「全軍前進!! 槍隊、斜面下より駆け上がれ!!」



 河越勢が雪と泥を蹴散らし、斜面へ突撃していく。

 敵は混乱が収まらぬうちに攻撃を受け、隊列が崩れる。


「押せぇぇ!!」

「河越! 河越!!」


 槍隊が敵前衛を割り、騎馬武者がその隙を突く。

 私は乳母にしがみつきながら、その流れを観測した。


(良い。

 槍の長さ、突き上げの角度、

 隊列の圧力……

 すべて昨日までとは別物だ)


 眼前で戦場が動いていく。


 敵旗が倒れ、兵が逃げ惑い始めた。



 しかし――

 そのとき、丘の奥から新たな敵が現れた。


「伏兵だ!!!」

「矢構え、第二陣!!」


 突如として、矢の雨がこちらへ向けて降り注ぐ。


 兵たちが叫び、盾を掲げるが――

 敵は高所からの一斉射。


 風向きは依然こちらに有利だが、

 敵が距離を詰めれば無視できない威力になる。


(まずい……!

 この距離、この角度…盾では間に合わない)


 私は乳母の腕から父へ身を乗り出し、

 必死に叫んだ。


「……した……!

 まえ……いわ……かげ……!!」


「岩影……!?」


 父は即座に判断し、叫ぶ。


「全軍、前方の岩陰へ退け!

 散開せよ!! 密集するな!!!」


 兵たちは斜面中腹の大岩を目指し、

 左右へ散りながら走った。


 次の瞬間――

 敵の矢が激しく降り注ぎ、

 地面に突き刺さる音が雷鳴のように響いた。


 もし密集して突撃を続けていれば、

 河越勢は壊滅していたであろう。


 父は私を抱きしめ、震える声で呟く。


「……重綱……

 そなたは……戦の神か……」


(違う。

 私は未来から来た、ただの観測者だ。

 だが父上……この言葉は、今後の河越家にとって重要になる)



 岩陰へ退避した河越勢は態勢を整え、

 再び反撃へ移った。


 敵の伏兵は、風向きを読み誤ったまま矢を撃ち続け、

 やがて弾切れに近づく。


 その瞬間――

 父が手を挙げた。


「突撃――!!!」


 河越勢が岩陰から一斉に飛び出す。


「うおおおおおおっ!!!」

「河越!!!」


 槍の穂先がいくつも光を放ち、

 敵陣へ一斉に突き刺さる。


 敵は完全に崩壊した。



 夕刻――

 戦場は雪と血の匂いで満ちていた。

 だが勝利の実感が、河越勢の胸に温かい熱を灯している。


「二連勝だ……!」

「河越家、恐るべし……!」


 父は私をそっと抱き、静かに言った。


「重綱……

 そなたがいなければ、我らはここで終わっていた」


(まだ終わりではない。

 奥州の戦は続く。

 だが今日の勝利で、河越家は確実に歴史へ名を刻んだ)


 私は父の胸の中で、遠くの雪空を見上げた。


(これでよい。

 河越家は少しずつ、“滅亡の未来”から離れ始めている)


 雪が静かに舞い落ちる中、

 私はひとつの決意を胸に刻んだ。


――この戦を足がかりに、河越家を武蔵国最強にする。

――やがて訪れる源平の乱、その先の歴史をも動かすために。


 奥州の冬空は灰色だったが、

 その下で河越家の未来は確かに光を放ち始めていた。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。


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