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千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


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第6話 先陣の誇り

 奥州への道のりは、想像よりも荒々しく、長く、そして険しい。

 武蔵国から北へ向かう河越家の軍勢は百数十。

 その一団の中心に、父・重房がいた。


 私は乳母に抱かれながら馬上の父を見つめる。

 幼子として同行していること自体が異常だが、

 父は「重綱の目は戦を見ねばならぬ」と判断した。


(正しい。

 私はこの目で“戦場の情報”を観測しなければならない。

 輪廻の記憶と現実の誤差を修正するためにも)


 川沿いの道を行軍する兵たちの足並みは重く、

 だが息は揃っていた。

 この時代の武士は農と戦の両方に長けている。

 だが同時に、

 “統一された軍略”という概念をまだ持っていない。


(隊列幅が不揃い。

 足取りに無駄が多い。

 槍の間隔が乱れれば、そのまま死傷率に直結する)


 私は乳母の肩越しに父へ声を発した。


「……はやい……の……ちがう……

 あし……そろえる……」


 父は驚いたように振り返り、家臣たちへ命じた。


「列を揃えよ! 重綱の御言葉だ!」


 家臣たちが走り、声を張り上げる。

 槍を担ぐ武士たちは半信半疑ながらも命令に従い、

 やがて隊列は見違えるほど整った。


(これだけで行軍速度が二割近く上がる。

 士気の低下も防げる)


 私はわずかに満足し、風を受けて目を細めた。



 その日の夕刻、一同は河川の近くで野営した。

 焚き火が暗闇に揺れ、兵たちの影が長く伸びる。

 鎧の軋む音、鍋で湯が沸く音、馬が鼻を鳴らす音……

 戦前の静けさは、どこか胸を圧迫する。


 私は父の膝に抱かれ、兵の顔を見回した。

 疲労、緊張、期待。

 さまざまな感情が交錯している。


 父は静かに言う。


「重綱……そなたの言葉一つで、

 兵たちは心持ちが変わるようだな」


(気のせいではない。

 私は“この時代では知られていない基準”を提示している。

 未知の規律は神意になる)


 私は父の胸を軽く叩いた。


「……つかれ……やすむ……

 まえ……たたかう……」


 父は深く頷き、兵に伝えた。


「休め! 明日のために心身を整えよ!」


 兵たちから安堵のため息が漏れる。


(これでよし。

 休息の価値を知る軍隊は、生存率が高い)



 翌朝、一行はさらに北への道を急いだ。

 数日を経て、ついに陸奥国――奥州へと足を踏み入れる。


 雪混じりの風が肌を刺し、

 地面は凍り、ぬかるみと氷が入り混じる悪路。

 この土地は厳しい。

 ここで戦う武士の体力、判断力、装備……

 すべてが問われる。


(史実では、義家は困難を押し切り、戦を制した。

 だがその背後には、無数の犠牲と疲弊があった。

 私はそれを減らさねばならない)


 私がそう考えている矢先、前方から騎馬が駆けてきた。


「源義家殿の使者だ!」


 兵たちがざわめく中、使者は声を張り上げた。


「秩父・河越一門の重房殿!

 義家殿は貴殿らの到着を待ちわびておられる!

 先陣として、一番槍を任せたいとの仰せだ!」


 兵たちが沸き立った。


「先陣……! あの義家殿が、我らに……!」

「誉れだ……武士の誉れだ!」


 父はしばし黙し、私を見下ろした。

 その瞳には、重い決断の影がある。


「重綱……どう思う?」


(先陣を務めることは、栄誉と危険の両方を背負う。

 だが、この戦で名を挙げなければ、

 河越家は“武蔵国の一豪族”のまま終わってしまう。

 義家の信頼を得ることは、今後の勢力図を大きく動かす)


 私は父の胸に手を置き、はっきりと言った。


「……いく……

 かわごえ……なまえ……のこす……」


 使者が驚きの声を上げる。


「赤子が……! 赤子が言葉を……!」


 だが父は静かに頷いた。


「承った。河越家はこの戦、先陣を務める」



 戦場は、奥州の冷たい大地。

 雪解けの水が泥をつくり、足元が取られる。

 木々の間には伏兵が潜み、

 丘の上には敵勢が旗を立てている。


(……ここか。

 歴史に刻まれる“奥州の激戦”)


 家臣たちは槍を握り、肩を震わせている。

 恐怖か、寒さか、あるいはその両方か。


 私は馬上の父に抱かれたまま、

 戦況を観察した。


(敵は散開している。

 丘陵地で守備側が有利。

 だが――河越家の槍隊の突撃と、

 重房の判断力があれば、突破可能だ)


 私は父の耳元で囁いた。


「……いま……

 みぎ……まわる……

 やま……した……」


 父は目を見開く。


「右から迂回し、斜面下から突き上げよというのか……」


 私が頷くと、父は大声で命じた。


「槍隊、右へ回り込む!

 丘の斜面下から突き上げるぞ!」


(正解だ。

 敵は正面を厚くしすぎている。

 斜面の弱点さえ突けば崩れる)


 馬が雪を蹴り、兵たちが吠える。


「河越! 河越! 河越ーーッ!」


 父の号令が響く。


「行けぇぇぃぃッ!!」



 槍隊が斜面を駆け上がる。

 敵は混乱し、陣形が乱れ、後退を始める。


 私は乳母にしっかりと抱かれたまま、

 戦場の風と音を観測し続けた。


 光、影、悲鳴、槍の衝突音――

 このすべてが、私は“輪廻の記憶”として刻まれてきた。


(この瞬間だ。

 河越家が“武士団”として名を挙げる最初の戦)


 敵の大将が退き、旗が倒れる。


 源義家の兵たちが歓声を上げた。


「武蔵国! 河越家!

 見事なる一番槍!!」


 父は槍を掲げたまま、雪空に向かって叫んだ。


「武蔵国・秩父河越!

 ここに義家殿の先陣を務めたり!!」


 私はその声を胸に刻んだ。


 そして、静かに思う。


(これでいい。

 ここから、河越家の名は北国にも響く。

 源氏との絆が生まれ、後の源平合戦へ繋がる“基盤”が整う)


 父は私を抱きしめ、震える声で言った。


「重綱……お前のおかげだ。

 この勝利は、河越家に未来をもたらす……」


(未来をもたらすのは、まだ始まりに過ぎない。

 私はすべての世代の重綱のために、この戦を成功させたのだ)


 雪風が吹く戦場で、私はひとつの確信を得ていた。


――河越家は、この勝利から歴史に刻まれる。

――そして私は、万世の観測者として、その歴史を導く。


 奥州の空は灰色だったが、

 その下で河越家の旗は燦然と揺れていた。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。


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