表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/32

第5話 奥州への烽火

 河越家の日常に変化が現れはじめた頃、

 武蔵国の空気に、微かだが確かな緊張が走りはじめた。


 それは、北からの風に乗って届いた噂であった。


「奥州で、源義家殿が動いておられるらしい」


 留守所に集まった家臣たちが囁きあう声が聞こえる。

 後三年の役――

 さまざまな豪族の利害が絡み合い、

 奥州藤原氏が表向きには治めていたはずの地に、

 再び争いの火がともりつつあった。


(歴史が、動き出す……)


 私は父・重房に抱かれて留守所へ入った。

 地面に吸いつくような重い空気。

 緊張の気配が部屋全体を覆う。


「重房どの、これは真か? 本当に義家殿が兵を出されたと?」


「確証はない。しかし、武蔵国にも召集がかかる可能性は高い」


「しかし……重房どの。奥州の戦など、我らに何の得が?」


 家臣たちの声に混じり、私は静かに父の袖を摘んだ。

 父は視線を落とし、私の表情を読み取ろうとする。


「重綱……そなたは、どう見ておる?」


(どう見ているか、だと?

 私はこの先百年以上続く武士団の構図を知っている。

 後三年の役は源氏の名声を確立させ、

 平安末期の権力構造を根底から変える“最初の引き金”だ)


 私は幼い声で言った。


「……いく……べき……」


 家臣たちが驚いてざわつく。


「い、今のは……“行くべき”と申されたか?」

「重綱さまが……戦に行くようにと……?」


 父は眉をひそめた。


「重綱……何ゆえ、そう申す?」


(源義家は、この戦で“武士の正義”を掲げる。

 彼は不利な状況でも戦い抜くが、

 その過程で“武士が朝廷の命令を超えて戦を行う”道を開く。

 これは武士の独立性のきっかけだ。

 この流れに河越家が関わっておくことは、後に大きな影響力となる)


 私は地面を指差し、指で簡単な線を描いた。

 奥州から南下する一本の線。

 それを受けるように、武蔵国の地を示す。


「……つながる……

 あとで……おおきい……」


 父の瞳が大きく見開かれた。


「これが……後に大きく繋がる、ということか」


 私は小さく頷いた。


 家臣たちは“神託”を聞いたかのように膝をつく。


「重綱さまのお言葉だ……」

「これは天命に違いない……!」


(違う。歴史的必然だ。そして……河越家の生きる道でもある)



 翌日、父は家中を集め、正式に通達した。


「奥州にて義家殿が戦を起こされたとの報があった。

 我ら秩父・河越一門も、これに応じる」


 家臣たちが深く頭を下げる。


「すべては重綱さまのご神託のままに!」


(誤解だが……今はその誤解が力になる)


 父は私を抱きながら外へ出た。

 冬の冷たい風が、武蔵国の野を駆け抜けていた。


「重綱……そなたは、何を見ておるのだ?」


(見ているのは歴史の必然だ、父上。

 だがあなたにそれを説明するにはまだ言葉が足りない)


 私はただ、前方の空を見つめた。

 奥州の気配が、風に乗って届いてくる。



 戦支度が進み、河越家の武士たちは馬を鍛錬し、

 槍を研ぎ、鎧を磨きはじめた。

 しかし私には彼らの鍛錬に“致命的な欠点”が見えた。


(馬の姿勢が悪い。

 槍の間隔が不揃いで、密集戦で崩れる。

 弓の張力が安定していない。

 騎射の姿勢は腰が硬すぎて衝撃に弱い)


 私は乳母の背に負われたまま訓練場に向かい、

 槍を構える武士たちを見て声を上げた。


「……ま……え……!

 ちがう……!」


 武士たちがぎょっとして振り向いた。


「重綱さまが……槍の構えに不備があると……?」

「こ、これは……直さねば……!」


 私は両手を前に伸ばし、

 槍の位置をもっと前方へ、

 角度を浅くするように示した。


「……さき……ながい……

 あし……ひらく……」


(もっと“突き”に特化しろ。

 この時代の槍はまだ踏み込みが浅い。

 膝の角度と足の開き方を変えれば、

 突進時の破壊力が倍増する)


 武士たちは恐れおののくように私の言葉を受け入れた。


「重綱さま……まさに軍神の再来……!」


(軍神ではない。

 私は現代の運動生理学を知る者だ)


 しかし、父だけは違う表情をしていた。

 驚きと戸惑い、そして確信が混じった目。


「重綱……そなたは、戦を知っているのか……?」


(知っているどころではない。

 私は千年の戦を“観測”してきた)


 私は父に向けて小さく頷いた。



 数日後、義家から正式な召集が届いた。

 河越家を含む武蔵国の一部に出陣命が下ったのだ。


 留守所はざわめき、家臣たちの足音が増える。

 外では馬の嘶きが響き、

 槍の束が組まれ、鎧が運び出されている。


 戦の匂いがあたりに満ちていた。


 父は最後の確認のため、私を膝に乗せて言った。


「重綱……これは本当に、行くべき戦なのだな?」


 私は父の顔をじっと見つめた。

 そして、はっきりと頷いた。


「……いく……

 みらい……つながる……」


 父の瞳が決意の色に変わる。


「ならば我らは行く。

 河越家は、この戦で名を挙げよう」


(そうだ父上。

 この戦で河越家の名は武士団として確立される。

 ここから始まるのだ。

 千年後まで続く“河越家の武威”の歴史が)


 私は心の奥底で叫ぶ。


――行け。

――奥州の火は、武士の時代を呼ぶ烽火となる。

――そして河越家の未来を切り開く第一歩だ。


 翌朝。

 寒風の中、河越家の軍勢は武蔵国の地を進みはじめた。


 幼い私は乳母に抱かれながら、その背を見送った。

 そして胸の中で、静かに誓う。


(この戦を、必ず勝利の布石とする)


 河越家の旗が風に棚引き、

 武蔵国の冬空へ大きく広がっていった。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。


ブックマーク・ポイント⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️・リアクション・感想など、励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ