第30話 観測の網――人工生物、目を持つ
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九歳になった重綱は、はっきりと理解していた。
――人の目には、限界がある。
どれほど忠実な家臣を揃えても、どれほど学所を整えても、人は眠り、疲れ、思い込みに縛られる。見落としは必ず生じるし、悪意は必ず死角を突く。
河越が豊かになり始めた今、それは致命傷になり得た。
◆
最初の違和感は、小さなものだった。
境に近い村で、米の動きがわずかに遅れた。理由を問えば「天候」「人手」「荷車の故障」と、もっともらしい説明が返ってくる。だが重綱の感覚では、どれも核心を外していた。
――説明が多すぎる。
隠し事をする者ほど、理由を重ねる。
重綱は地下の空間に籠もった。今や誰も入らない、彼だけの場所。湿度、温度、音――すべてが制御されている。ここなら、集中を妨げるものはない。
重綱は意識を広げた。
これまで土や水に向けていた力を、**構造**へと向ける。
「見る」ための存在。
「記録する」ための存在。
人の感情に流されず、眠らず、嘘をつかない存在。
――人工生物。
それは、突然思いついたものではない。道、井戸、排水、風――すべてを制御してきた延長線上にある、必然だった。
◆
重綱は、まず条件を定めた。
第一に、**目立たないこと**。
第二に、**破壊しないこと**。
第三に、**常時観測できること**。
形は単純でいい。小動物程度。土中、水中、屋根裏、森――どこにでも紛れ込めることが重要だ。材質は生体に近いが、生物ではない。寿命も繁殖も必要ない。
何より重要なのは、**情報の扱い**だった。
人工生物は見る。
聞く。
嗅ぐ。
触れる。
だが、判断しない。
判断はすべて、重綱が行う。
重綱の意識は、人工生物と直結する。映像、音、匂い、位置。すべてが数値と感覚の両方で流れ込む。量は膨大だが、問題はなかった。
――処理できる。
最初から分かっていた。
人であれば耐えられない情報量も、重綱にとっては「整理すればいいだけ」だった。不要なものは自動的に切り捨て、重要なものだけを残す。感情に紐づく情報は特に分かりやすい。
**河越に向けられた悪意。**
それは、温度として、圧として、違和感として浮かび上がる。
◆
最初の人工生物は、五体。
土に潜るもの。
水に紛れるもの。
屋根裏を移動するもの。
森を歩くもの。
空を滑るもの。
それぞれに役割を持たせ、河越領の要所へ放つ。行動範囲は限定的だが、**リアルタイム**で情報が戻る。
重綱は、初めて「全体」を見た。
河越の地形。
人の流れ。
物の流れ。
夜の動き。
――ここまで、見えていなかったのか。
驚きよりも、冷静な確認が先に来る。
そして、すぐに「それ」は現れた。
境の村。
倉の裏。
夜半。
人工生物が拾った情報の中に、明確な悪意が混じる。
数人の男。
武装は軽い。
だが、話している内容が危険だった。
「河越は、油断している」
「今は、取れる」
重綱の中で、何かが切り替わった。
◆
――許さない。
河越一族。
家臣。
領民。
ここまで積み上げてきた暮らしを、壊させる気はなかった。
重綱は、人工生物に**命令**を下す。
観測型から、攻撃型へ。
変化は一瞬だった。
形は変わらない。だが内部構造が切り替わる。動きは鋭くなり、力の向きが定まる。狙うのは、命ではない。
――行動不能。
男たちは、何が起きたのか理解する前に倒れた。足を絡め取られ、喉元に圧がかかる。骨は折れない。だが動けない。
人工生物は、それ以上の攻撃を行わなかった。
命令どおりだ。
重綱は情報を確認する。
周囲に目撃者なし。
騒ぎになる兆候なし。
――十分。
人工生物を回収し、痕跡を消す。朝になれば、男たちは「何もできなかった」という恐怖だけを残して去るだろう。
それでいい。
◆
重綱は、地下で静かに息を吐いた。
これで分かった。
人工生物は「目」になるだけではない。
**盾にも、刃にもなる。**
そして、自分はそのすべてを制御できる。
制約はない。
迷いもない。
誰かに渡すつもりもない。
この力は、河越を守るためだけに使う。
父や母に、家臣に、領民に、説明する必要はない。結果だけがあればいい。暮らしが続き、子供が笑い、畑が実るなら、それでいい。
重綱は十歳を迎える。
その日、河越はまだ平穏だった。
だが、もう「無防備」ではない。
見えない目が、すでに世界を見張っている。
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