第23話 戦の兆し ― 源氏の影、武蔵に立つ
都から平家の使者が来て三日。
武蔵国の空気は目に見えて変わり始めていた。
農民は怯え、
豪族たちは疑心暗鬼になり、
寺社は露骨に河越家の動きを警戒する。
平家の威光が東国に重くのしかかり、
河越家は“中央に目をつけられた家”として
複雑な立場に置かれることとなった。
(歴史の流れは……もう戦乱の匂いを帯びている)
輪廻の記憶は知っている。
この時代における東国武士団の鬱屈は、
やがて一つの炎となって燃え上がると。
◆
その日の黄昏時。
父・重房が私を呼んだ。
「重綱、客人が来ている。
だが……そなたには見せねばならぬ客だ」
「……きゃく……?」
父は慎重に頷き、
屋敷の奥の一室へと私を連れていった。
そこには、
深く頭巾をかぶった二人の武士が座していた。
ひとりは細身で鋭い眼を持つ青年。
もうひとりは大柄で、無骨な雰囲気を漂わせている。
父が言った。
「――源氏の残党だ」
青年が頭巾を外す。
その顔には、
都を追われた者特有の“深い影”が刻まれていた。
「初めまして、秩父殿。
私は源氏に連なる者、
頼政公の縁者――“源季国”と申す」
父は眉をひそめた。
「源氏の名を公然と名乗るとは、命知らずよ」
「承知の上です。
しかし、もはや都で源氏の名を名乗れる者は少なく……
東国に活路を見いだすしかありません」
(源氏……
歴史の大きなうねりの中心にいる存在だ)
青年――季国は私の方を見た。
「そして、こちらの幼い御方が……
“重綱殿”ですか?」
私は静かに頷いた。
「……そう……」
「武蔵国の改革、見事だと聞いております。
治水も、農政も、人心掌握も。
あなたの名は東国中に響き始めている」
(それは……好機でもあり、危険でもある)
季国は目を細めた。
「だからこそ……あなたに伝えたい。
平家は近いうちに“東国武士団への圧力”をさらに強めます。
それは……河越家だけの問題ではない」
私は薄い揺らぎを感じた。
(季国は……未来修正派ではない。
しかし“歴史の潮流”に敏感な男だ)
◆
季国の言葉に、父が問う。
「何が近づいている?
平家の政局か?」
青年は首を横に振った。
「政局ではありません。
――戦の気配です」
部屋の空気が凍りついた。
「東国には不満が渦巻いております。
寺社も、豪族も、武士も、農民までも。
平家の重税、土地の差配、そして都の傲慢……
誰もがうんざりしている」
「確かに、武士たちの不満は日に日に強まっているな」
父が呟くと、季国はさらに声を落とした。
「平家の監督が武蔵国に及べば、
武士団は一斉に反発を始めるでしょう。
その火の粉は必ず河越家にも降りかかる」
(未来修正派の影がちらつく……
平家の政策が“急激に厳しくなる”のは、彼らの操作か?)
季国が続ける。
「そしてその混乱は……
源氏再興を願う者たちにとって好機でもあります」
◆
季国は深々と頭を下げた。
「重房殿……
いずれ東国に大きな戦が起きるでしょう。
その時、どうか源氏に力を貸していただきたい」
父は沈黙した。
「源氏に味方する……
それは平家を敵に回すことを意味する」
「承知しております。
しかし、流れはもう止められません」
季国は私を見つめる。
「歴史の流れを読む者――重綱殿。
あなたはどう見ているのですか?」
私は深く息を吸い、
胸の奥の揺らぎを観測した。
未来の輪廻記憶が語る。
――いずれ源氏は挙兵し、
――武蔵国の武士団は源氏の旗の下へ集まる。
しかし――
(この歴史は“必ず”ではない。
未来修正派が介入すれば、変わってしまう)
私は小さな声で答えた。
「……たたかい……くる……
でも……かわごえ……は……
やぶれない……」
季国が目を見開く。
「敗れない……?」
「……かわごえ……は……
つよく……なる……
みらい……しってる……
だから……まけない……」
沈黙。
だが、その沈黙は恐れではなく――
重みを帯びた敬意だった。
◆
季国が帰った後、
父は庭で月を眺めながら私に言った。
「重綱……
そなたは、源氏に味方すべきだと思うか?」
私は迷わず言った。
「……みかた……じゃない……
かわごえ……の……みらい……
えらぶ……」
父はゆっくり頷いた。
「――そうだな。
河越家は河越家のために動く。
源氏にも平家にも飲まれぬ」
(その道こそ“最も歪む未来”を正す唯一の道)
◆
その夜。
また揺らぎが現れた。
――ふぅん……。
今度は、低い震えではなく、
鋭い針のように空間に突き刺さる。
(これは……
未来修正派でも黒装束でもない……
もっと上位の存在……?)
声が聞こえた。
『重綱……
お前は戦を選ぶのか?』
(戦を選ぶんじゃない……
戦が来るんだ)
『その戦は……
歴史の歪みを増幅させる。
お前の選択は、未来にとって毒となる』
「……どくでも……
なおす……
おれが……なおす……」
声は小さく笑った。
『――なら、見せてもらおう。
お前が“歴史を作る力”を』
揺らぎが消えた。
(戦は避けられない……
だが河越家が中心に立つなら、
未来を正しく導けるはずだ)
私は、掌を握りしめた。
(ここからが……本当の戦の始まりだ)
武蔵国の空に、
確かな戦雲が漂い始めていた。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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