第21話 平家の影 ― 都から来た使者
川上の崩落を防ぎ、
未来修正派の作り出そうとした“飢饉”を未然に防いでから三日。
河越荘には落ち着きが戻った。
水路は正常に流れ、田畑は無事、
村人たちは安堵の表情で春の準備を進めていた。
「坊ちゃんのおかげで助かった……」
「本当に神童だ……」
「河越家は武蔵国の宝だ!」
しかし、私はその声を聞きながらも、
胸の奥に沈む不穏な揺らぎを忘れられなかった。
(修正派は必ず“次”を打つ。
しかも、今回は地方規模の仕掛け……次は中央から来る)
そう思っていたその日の午後。
河越城の門前が突然ざわめいた。
「都よりの使者だ!!」
「えっ、平家の……!?
なぜこのような田舎に……!?」
(来た……!)
◆
大広間には緊張した空気が満ち、
父・重房が正装で座していた。
従者が声を張る。
「入るッ!」
雅な装束に身を包んだ官人がゆっくりと姿を現す。
その背後には、平家直属の武士と見られる兵が並んでいる。
「武蔵国留守所総検校職・秩父重房殿に申し渡す」
官人は涼しげな目で父を見下ろし、
絹のように滑らかな声で言った。
「朝廷および平家殿下は、
武蔵国において治水の改革が行われ、
民の嘆願が減ったことを賞したまう」
家臣たちが互いに顔を見合わせた。
「ほう……これは朗報では?」
「平家が河越家を褒めるとは……!」
しかし、私は官人の声に混じる奇妙な“濁り”を感じていた。
(賞賛……?
いや、これは“餌”だ。
褒めて、油断させ、近づくための)
官人は続けた。
「しかし――同時に問題もある。
河越の治水と水路改修が周辺領の利権を揺るがし、
争いの火種となっておる、と」
「寺社や豪族からの訴えだな」
父が冷静に言うと、
官人は薄く微笑んだ。
「いかにも。
そこで、平家殿下はこう言われる」
美しい声が、鋭い刃へ変わった。
「――武蔵国の水利と土地改革は、
すべて平家の監督下に置くべし、と」
(来た……!)
家臣たちが緊張の声を上げた。
「それでは河越家の領政権限が……!」
「ほぼ都の直轄になってしまう!」
官人はあくまで穏やかに言った。
「誤解なきよう。
これは河越を罰するものではない。
むしろ、武蔵国を安定させるための措置。
平家は河越を重んじている」
(嘘だ。
本心は“東国の台頭”を恐れ、潰しに来ている)
◆
父は沈黙したまま、
官人の静かな笑顔をじっと見つめていた。
私は父の袖を握り、
小さな声で囁いた。
「……ちがう……
ほめて……ない……」
「ほめていない……?」
父が小さく問うと、
私は官人を指差した。
「……おとす……
かわごえ……とる……」
官人の目が細くなった。
「……ほう……幼子にしては鋭い」
◆
官人は姿勢を正し、告げた。
「秩父殿。
ここからは朝廷でも平家でもなく――
“歴史そのもの”の話だと思って聞かれよ」
(くる……!)
「河越家の急激な成長は、
東国の均衡を崩しかねぬ。
旅人、豪族、寺社、農民……
多くの声が都へ届いている」
「それは、民の生活が改善された証では?」
父が言うと、官人は微笑んだ。
「だからこそ、問題なのだ」
(……やっぱり)
官人はゆっくりと立ち上がる。
「急激な発展は、必ず“揺り戻し”を生む。
歴史の道理がそうなっておる。
あなた方がどれほど努力しても……
世界の流れは簡単には変わらぬ」
その言葉に、私は強烈な既視感を覚えた。
(同じだ……
あの黒装束の男が言った言葉と……!)
――歴史は均衡を求める。
――揺り戻しが必ず来る。
(平家の使者の背後に……未来修正派がいる!)
その瞬間、官人の背後の空気がわずかに歪んだ。
(揺らぎ……!
未来の観測者特有の……!)
私は叫んだ。
「……にせもの!!
その……うしろ……!」
官人の笑みが一瞬で消えた。
「……ちっ、見破るか」
広間がざわつく。
「な、なんだと!?」
「何が見破られたというのだ!?」
官人は静かに袖を払った。
その動きに合わせるように、
背後の影から黒い粒子がふわりと浮かび上がる。
(間違いない……!
官人は“本物”だが、その背後に“未来修正派”が憑いている)
官人はあくまで人間。
しかし、その影に潜むものは――私と同じ“観測者”。
◆
「秩父殿。
我々は都より命を受けて来たのではない」
官人の声が低く変わる。
「――未来より“歴史の均衡”を守るために来たのだ」
「未来……だと!?」
父が驚愕の声を上げる。
官人の影から、別の声が重なった。
「重綱よ。
そなたの手で歴史を変えるな。
変えるたびに、どこかが歪む。
歪みは必ず破滅を呼ぶ」
(破滅……?
そんなもの、私は許容できない)
私は一歩前へ出た。
「……ゆがむなら……
ただす……
それだけ……!」
「歴史はそんな単純ではない」
「……できる……
おれは……できる……!」
未来修正派の声が失望のように響く。
「……重綱。
そなたが選んだのは、最も困難な道だ。
ならば我々は“均衡のため”に手を下す」
その瞬間、影が広がり、
広間の空気が裂けた。
「伏兵だ!?」
「いや……これは……影が……!」
未来修正派の介入だ。
◆
影が襲いかかろうとした瞬間、
父が私を抱き寄せた。
「重綱! 下がれ!!」
河越兵たちが槍を構え、
官人と影を取り囲む。
だが官人は冷たく言った。
「今日のところは退く。
都へ戻り、改めて“命”を下そう」
「待て!」
父が叫んだが、
官人の影は霧のように薄れ、空気に溶けた。
(消えた……
だが、これは終わりではない)
◆
広間には深い静寂が落ちた。
父は私の頭に手を置き、
低い声で言った。
「重綱……
どうやら敵は、武蔵国だけではないようだな」
私は小さく頷いた。
「……くに……も……
みらい……も……
ぜんぶ……くる……」
「それでも、そなたは進むのか?」
父の問いに、私は迷わず言った。
「……まもる……
かわごえ……の……みらい……」
父は大きく息を吸い、
ゆっくりと頷いた。
「ならば、我らも全力で守ろう。
河越家の未来を」
その夜、武蔵国の空は雲に覆われ、
微かな揺らぎが、
遠くの山々を包むように波打っていた。
――重綱と未来修正派の争いは、
ついに“国家規模”へと拡大したのだった。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
ブックマーク・ポイント⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️・感想など、励みになります!




