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千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


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第21話 平家の影 ― 都から来た使者

 川上の崩落を防ぎ、

 未来修正派の作り出そうとした“飢饉”を未然に防いでから三日。


 河越荘には落ち着きが戻った。

 水路は正常に流れ、田畑は無事、

 村人たちは安堵の表情で春の準備を進めていた。


「坊ちゃんのおかげで助かった……」

「本当に神童だ……」

「河越家は武蔵国の宝だ!」


 しかし、私はその声を聞きながらも、

 胸の奥に沈む不穏な揺らぎを忘れられなかった。


(修正派は必ず“次”を打つ。

 しかも、今回は地方規模の仕掛け……次は中央から来る)


 そう思っていたその日の午後。

 河越城の門前が突然ざわめいた。


「都よりの使者だ!!」

「えっ、平家の……!?

 なぜこのような田舎に……!?」


(来た……!)



 大広間には緊張した空気が満ち、

 父・重房が正装で座していた。


 従者が声を張る。


「入るッ!」


 雅な装束に身を包んだ官人がゆっくりと姿を現す。

 その背後には、平家直属の武士と見られる兵が並んでいる。


「武蔵国留守所総検校職・秩父重房殿に申し渡す」


 官人は涼しげな目で父を見下ろし、

 絹のように滑らかな声で言った。


「朝廷および平家殿下は、

 武蔵国において治水の改革が行われ、

 民の嘆願が減ったことを賞したまう」


 家臣たちが互いに顔を見合わせた。


「ほう……これは朗報では?」

「平家が河越家を褒めるとは……!」


 しかし、私は官人の声に混じる奇妙な“濁り”を感じていた。


(賞賛……?

 いや、これは“餌”だ。

 褒めて、油断させ、近づくための)


 官人は続けた。


「しかし――同時に問題もある。

 河越の治水と水路改修が周辺領の利権を揺るがし、

 争いの火種となっておる、と」


「寺社や豪族からの訴えだな」


 父が冷静に言うと、

 官人は薄く微笑んだ。


「いかにも。

 そこで、平家殿下はこう言われる」


 美しい声が、鋭い刃へ変わった。


「――武蔵国の水利と土地改革は、

 すべて平家の監督下に置くべし、と」


(来た……!)


 家臣たちが緊張の声を上げた。


「それでは河越家の領政権限が……!」

「ほぼ都の直轄になってしまう!」


 官人はあくまで穏やかに言った。


「誤解なきよう。

 これは河越を罰するものではない。

 むしろ、武蔵国を安定させるための措置。

 平家は河越を重んじている」


(嘘だ。

 本心は“東国の台頭”を恐れ、潰しに来ている)



 父は沈黙したまま、

 官人の静かな笑顔をじっと見つめていた。


 私は父の袖を握り、

 小さな声で囁いた。


「……ちがう……

 ほめて……ない……」


「ほめていない……?」


 父が小さく問うと、

 私は官人を指差した。


「……おとす……

 かわごえ……とる……」


 官人の目が細くなった。


「……ほう……幼子にしては鋭い」



 官人は姿勢を正し、告げた。


「秩父殿。

 ここからは朝廷でも平家でもなく――

 “歴史そのもの”の話だと思って聞かれよ」


(くる……!)


「河越家の急激な成長は、

 東国の均衡を崩しかねぬ。

 旅人、豪族、寺社、農民……

 多くの声が都へ届いている」


「それは、民の生活が改善された証では?」


 父が言うと、官人は微笑んだ。


「だからこそ、問題なのだ」


(……やっぱり)


 官人はゆっくりと立ち上がる。


「急激な発展は、必ず“揺り戻し”を生む。

 歴史の道理がそうなっておる。

 あなた方がどれほど努力しても……

 世界の流れは簡単には変わらぬ」


 その言葉に、私は強烈な既視感を覚えた。


(同じだ……

 あの黒装束の男が言った言葉と……!)


――歴史は均衡を求める。

――揺り戻しが必ず来る。


(平家の使者の背後に……未来修正派がいる!)


 その瞬間、官人の背後の空気がわずかに歪んだ。


(揺らぎ……!

 未来の観測者特有の……!)


 私は叫んだ。


「……にせもの!!

 その……うしろ……!」


 官人の笑みが一瞬で消えた。


「……ちっ、見破るか」


 広間がざわつく。


「な、なんだと!?」

「何が見破られたというのだ!?」


 官人は静かに袖を払った。


 その動きに合わせるように、

 背後の影から黒い粒子がふわりと浮かび上がる。


(間違いない……!

 官人は“本物”だが、その背後に“未来修正派”が憑いている)


 官人はあくまで人間。

 しかし、その影に潜むものは――私と同じ“観測者”。



「秩父殿。

 我々は都より命を受けて来たのではない」


 官人の声が低く変わる。


「――未来より“歴史の均衡”を守るために来たのだ」


「未来……だと!?」


 父が驚愕の声を上げる。


 官人の影から、別の声が重なった。


「重綱よ。

 そなたの手で歴史を変えるな。

 変えるたびに、どこかが歪む。

 歪みは必ず破滅を呼ぶ」


(破滅……?

 そんなもの、私は許容できない)


 私は一歩前へ出た。


「……ゆがむなら……

 ただす……

 それだけ……!」


「歴史はそんな単純ではない」


「……できる……

 おれは……できる……!」


 未来修正派の声が失望のように響く。


「……重綱。

 そなたが選んだのは、最も困難な道だ。

 ならば我々は“均衡のため”に手を下す」


 その瞬間、影が広がり、

 広間の空気が裂けた。


「伏兵だ!?」

「いや……これは……影が……!」


 未来修正派の介入だ。



 影が襲いかかろうとした瞬間、

 父が私を抱き寄せた。


「重綱! 下がれ!!」


 河越兵たちが槍を構え、

 官人と影を取り囲む。


 だが官人は冷たく言った。


「今日のところは退く。

 都へ戻り、改めて“命”を下そう」


「待て!」


 父が叫んだが、

 官人の影は霧のように薄れ、空気に溶けた。


(消えた……

 だが、これは終わりではない)



 広間には深い静寂が落ちた。


 父は私の頭に手を置き、

 低い声で言った。


「重綱……

 どうやら敵は、武蔵国だけではないようだな」


 私は小さく頷いた。


「……くに……も……

 みらい……も……

 ぜんぶ……くる……」


「それでも、そなたは進むのか?」


 父の問いに、私は迷わず言った。


「……まもる……

 かわごえ……の……みらい……」


 父は大きく息を吸い、

 ゆっくりと頷いた。


「ならば、我らも全力で守ろう。

 河越家の未来を」


 その夜、武蔵国の空は雲に覆われ、

 微かな揺らぎが、

 遠くの山々を包むように波打っていた。


――重綱と未来修正派の争いは、

 ついに“国家規模”へと拡大したのだった。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。

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