第20話 未来修正派の策動 ― 闇に沈む武蔵国
豪族会議で正体不明の男が紛れ込み、
未来修正派の存在が露わになったその夜――
私は異様な胸騒ぎで眠りにつくことができなかった。
灯明の揺らぎが、いつもより波打って見える。
空気が不自然に重く、
何か“世界そのものが軋む”感覚が身体を包んでいた。
(来る……
必ず、あいつらは次の一手を打ってくる)
治水改革、寺社との交渉、豪族連合との均衡。
どれも順調に見えたが、
未来修正派からすれば“歴史の偏り”そのものだ。
――歴史は均衡を求める。
――均衡を壊す者には罰が下る。
あの言葉が耳に残って離れない。
(罰……
つまり“揺らぎの反動”という意味か?
歴史の修正力?
あるいは未来勢力の直接介入?)
その時、暗闇の中で空気が震えた。
ふ……ぅん……と低い音。
澱んだ闇が、隅の空間で蠢いた。
(揺らぎだ)
私は思わず身体を起こした。
そこには、
“光を吸う闇”のような影が、ゆっくりと形を成していた。
◆
「……重綱殿」
声がした。
人間の声ではない――
金属音と風音を混ぜたような、歪んだ響き。
影の中から浮かび上がったのは、黒装束の男だった。
以前出会った別重綱派の男とは違う。
(別人……?
ということは、未来修正派は複数体系……
いや、“組織”だ)
「……だれ?」
「未来を矯正する者。
過度に変わりゆく世界を正す者……
われら《修正観測会》の一柱よ」
(修正観測会……?
未来修正派は、組織名すら持つのか)
男は薄い笑みを浮かべ、囁くように言った。
「重綱殿。
あなたがこの武蔵国で成そうとしている改革……
それらは歴史の許容量を超えつつある」
「……ゆるさない……?」
「許さぬ。
あなたの行動は“歴史の川”を決壊寸前にしている。
流れを戻すため、我々は“調整”を行う」
ぞくり、と背筋が震えた。
(調整……
つまり破壊、混乱、殺戮……?)
「何を……する……?」
「簡単なことだ」
男は手をかざす。
その掌から溢れた黒い粒子が、闇の中に霧散した。
(時空粒子……!
これは危険だ)
男は告げた。
「――武蔵国南部に“飢饉”を与える」
「……っ!」
息が詰まった。
「飢饉……?
どう……やって……」
「あなたが田畑を整え、人心を掌握した。
それは歴史にとって“強すぎる影響”だ。
ならば、均衡を戻すため、人心を乱すだけの災厄が必要となる」
男は冷徹な声で続けた。
「具体的には――
あなたの治水改革地点に仕掛けを施した。
今夜、川上で小規模な崩落を引き起こし、
逆流と氾濫を誘導する」
(……なんだと……!?)
私の心臓が跳ねた。
「それにより田畑は冠水し、
穀倉は水浸しとなり、
村は混乱し、
豪族も寺社もあなたを責める」
男は淡々と語る。
「歴史の均衡は、これで保たれる」
(ふざけるな……
そんなものに未来を委ねられるか!)
私は拳を握りしめ、震える声で言った。
「……こわす……
そんな……の……
ゆるさない……!」
男は静かに首を振った。
「重綱殿。
幼子の姿をしていても、あなたは“観測者”だ。
ならば理解してほしい。
歴史はあなた一人の所有物ではない」
「……ちがう……
かわごえ……は……
みんなの……もの……!」
「だからこそ、修正するのだ」
◆
影がふっと薄れた。
「――今夜、川は動く」
「まて……!」
私は声を上げて立ち上がったが、
次の瞬間、男の姿は完全に消えていた。
残されたのは、冷たい揺らぎの痕跡だけ。
(まずい……
本当に川上で“何か”が起きる!)
◆
私は乳母を揺さぶった。
「……とーさん……よんで……!
みず……くる……!」
「えっ!? み、水が来るとは……?」
「はやく!!」
乳母は驚きながらも走り出した。
すぐに父が駆けつけ、
私は必死に説明した。
「……かわ……くずれる……
みなみ……おぼれる……!」
父の表情が硬直した。
「重綱……それは確かか!?」
「……いま……!
くる……!」
迷いなく父は命じた。
「全軍起こせ!
河越荘南部の川上へ急げ!!
夜営中の兵も動員だ!!」
「応ッ!!」
◆
夜の武蔵国を、
河越勢が松明を掲げて全力で駆ける。
私は父の腕に抱えられ、
川上の山道をひたすら走った。
(間に合え……
間に合わせる……!
未来修正など……許すものか!!)
そして――
川上に差し掛かった瞬間。
――ごごごごごご!!
大地が震えた。
「崩落だ!!」
「水が来るぞーー!!」
闇の奥から、
巨大な水のうねりが獣のように姿を現した。
土砂と岩を巻き込みながら、
怒涛の勢いで河越荘へ向かって流れ下る。
(くそ……あと数刻遅ければ……!)
父が叫ぶ。
「河越勢!!
堤を作れ!!
木材!! 縄!! 石!!
なんでもいい!!
この流れを止めるぞ!!」
「応ッ!!」
河越兵と村人が必死に堤を作る中、
私は流れの“核”を観測した。
(崩落地点……
水圧……流速……
弱点は……ここ!!)
私は父の肩を叩き、
小さな声で叫んだ。
「……ひだり……!
ふさぐ……!」
「左側を塞げというのか!?」
「……いま……!!」
父は迷わなかった。
「左に岩を積み上げろッ!!
重綱の指示だ!!」
「応!!」
岩が崩落口に押し込まれる。
その瞬間――
川の流れが左右に分かれ、
激流が弱まり始めた。
「た、止まった……!」
「本当に止まったぞ!!」
(よし……!
修正派の“飢饉工作”は、これで無効化した)
私はその場に座り込みながら、
小さく、しかし確かな声で呟いた。
「……まもった……
かわごえ……」
◆
水が引き、
河越荘に大きな被害が出なかったことを確かめると、
父は私を抱いて言った。
「重綱……
そなたはよく……この家を救ってくれた」
私は首を振った。
「……まだ……くる……
あいつら……とまらない……」
「……む?」
「みらい……なおす……やつ……
まだ……ぜんぜん……おわらない……」
父はその言葉を聞いて、
深く頷いた。
「ならば、この河越家すべてを使って守ろう。
そなたの未来を」
遠くの空に、
うっすらと揺らぎが光った。
(戦いは……ここからだ)
――未来を作る者と、
――未来を戻す者。
その闘いの幕が、
ついに本格的に上がったのだった。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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