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千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


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第2話 武蔵国・秩父氏の地

 産声を上げたその日から、私は静かに観測を続けていた。

 この世界がいつの時代で、河越家がいまどの立場にあり、

 誰が敵で誰が味方となるのか。

 赤子である私ができることは限られているが、

 “この時代の空気”を読むことだけは、常に可能だ。


 ――武蔵国、秩父郡。

 この地は私が千年にわたって守り続ける舞台である。


 揺り籠の中で、私は屋敷の構造、行き交う人々の足音、

 家中が話す武蔵訛りの濁音、そのすべてを記憶していった。

 そして確信する。


(ここはまぎれもなく、平安末期の秩父氏領だ)


 板葺きの天井、漆喰壁の淡い香り、

 部屋を満たす灯明の光量――

 現代人の感覚を持つ私には、すべてが鮮明だった。


 ある日、ふと母が乳を与えながら小声で語った。


「重綱……、そなたの父上は、留守所総検校職として

 武蔵国の政を支えておられる。

 秩父家の存続も、そなたにかかっておるやもしれぬ」


(……やはり、そうか)


 武蔵国留守所総検校職。

 この時代の事実上の“県知事”であり、

 武士団の統括と民政の要を握る存在だ。


 つまり私は、最初から河越家の中心にいる。

 輪廻が示した結論はひとつ。


 ――ここから河越家の近代化を始める。


 敵は疫病、飢饉、戦乱、そして国家の腐敗。

 だがまずは「家」を整えなければ、何も始まらない。



 生後百日を過ぎたあたりから、私は徐々に外に出されるようになった。

 門の外は穏やかな丘陵地帯が広がり、

 畑地と雑木林が入り混じる典型的な武蔵国の風景が続く。


 そこには、既に改善すべき点が無数に存在した。


(畑の畝の角度が悪い。水が流れず、根腐れが出る)

(井戸の位置が低地すぎる。汚染されている危険が高い)

(家屋の換気が不足している。結核が流行しやすい)

(槍の柄に使う木材乾燥が甘い。折損率が高い)


 私は赤子の姿でありながら、

 空を見上げては風の流れを読み、

 土を握っては土壌の質を分析し続けた。


 乳母が驚いたように言う。


「この子は……まるで何かを考えておるようじゃ」


 当然だ。

 私は千年先の科学知識を持つ人間だ。



 半年が過ぎた頃、私は初めて父・重房の膝に抱かれた。

 屈強な武人でありながら、瞳に智慧の光を宿す男だ。


「重綱……。

 そなたは、わしの後を継ぎ、武蔵国を守る柱となるやもしれぬ」


(父よ、あなたが築く家は、いずれ河越家へと発展する。

 その未来を私はすべて知っている)


 しかし同時に、史実の重房は

 “優秀だが技術体系を持たない時代の武士”でもある。

 その限界が、後々の河越家の揺らぎへと繋がる。


 私は父の腕の中で、わずかに手を伸ばした。

 重房が目を細める。


「ほう……父を掴もうとするか。

 頼もしいものよ」


(いいえ、父上。掴みたいのは“未来”だ)


 私は心の中で呟いた。



 一歳の誕生日を迎える頃、

 私は既に「言葉を話せる」準備を整えていた。

 あまりに早い発語は不自然だが、

 この時代では“神意”と解釈される余地もある。


 そして私は、ついに最初の言葉を発した。


「……みず……」


 母と父が驚いて顔を見合わせる。


「み、水……? 重綱、何を言うのだ?」


 私はゆっくりと、井戸の方を指さした。


「みず……、あぶ……ない」


 父が眉を上げ、家臣を呼んだ。

 井戸の水を調べるように命じる。


 結果は――


「申し上げます! 井戸に腐りかけの鹿が落ちております!」


 家中が騒然となり、父は私を抱き上げる。


「まさか……重綱、お前が……?」


 私は微笑む。

 この“奇跡”が、河越家改革の第一歩となる。



 その日から父は、私にただならぬ“感応力”があるとして

 密かに意見を求めるようになった。

 私は幼児語の範囲で答え、

 そのたびに小さな改善が家中で起きていく。


 穀倉の位置が変わり、

 用水路が掘り直され、

馬の病が減り、

 兵の体調が良くなった。


(これで良い。最初は些細な改善から始めるのだ)


 やがて父は言った。


「重綱……そなたは、ただの子ではない。

 この家の未来を知る者のようだ」


(未来どころか、千年先の滅亡すら経験しているとも)


 私は言わなかったが、

 父の言葉は正しく、核心を突いていた。


 そして、私は胸の奥に確信を持った。


――ここからが河越家の始まり。

――ここからが“滅亡回避”の本番だ。


 幼い私は、武蔵国の中心で静かに目を開く。

 河越家千年の繁栄を、この手で築くために。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。


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