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千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


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第19話 豪族連合の影と揺らぐ武蔵国

 寺社との衝突をなんとか収めた翌週、

 河越荘の治水改革は着実に進み、

 村人たちの生活は目に見えて改善されていた。


「今年は洪水が来ねぇ!」

「田が腐らんのがこんなに嬉しいとは……」

「坊ちゃんは、まるで神の遣いだ!」


 重綱という名は、荘園の隅々にまで響き渡り、

 “領主への信頼”という見えない資本が

 急速に積み上がっていた。


(だが……この“急激な改善”が、

 必ず反発を招くことも分かっている)


 その時代――武蔵国には

 河越家と肩を並べ、時に敵対する豪族たちが存在した。


 山木氏、児玉党、比企氏、足立氏……

 どれも武蔵の政治地図に深く刻まれた勢力だ。



 河越城の会議室。

 父・重房は厳しい表情で家臣を集めた。


「豪族連合より急使が来た。

 “河越が川筋を勝手に変えたことで、

 周辺領の水利が乱れた”とのことだ」


 家臣たちがざわつく。


「先日は寺社、今度は豪族か……」

「これは、河越家の成長を嫌っているのでは?」


「そうだ。

 我らが強くなれば、彼らの立場が危うくなる」


 父の言葉は核心を突いていた。


 私は父の膝の上で静かに耳を傾けながら、

 豪族たちの“揺らぎ”を観測していた。


(不満……

 恐れ……

 そして……敵意……)


 彼らは河越家を恐れている。

 そして恐怖は、攻撃に変わる。



 翌日――

 豪族連合の代表団が河越城を訪れた。


 いずれも武装を控えめにしているが、

 背後の家臣の人数は明らかに多い。


(威圧と牽制だ……

 こちらを侮らせず、同時に屈服させようとしている)


 大広間にて、会談が始まる。


「河越殿、そなたの治水は見事なものだと聞く。

 だが、周辺領の水利が乱れたこと、どう説明する?」


 児玉党の代表が鋭い目で父を見つめる。


「寺領だけではない。

 わが比企領でも用水が減った。

 この一帯の地形は微妙なのだ。

 勝手に変えられては困る!」


 足立氏の使者も声を荒げる。


(分かっていた……

 彼らは“実害”ではなく、“河越の成長”を問題にしている)


 私は父の袖を引き、小さく首を振った。


「……ちがう……

 みず……たりてる……」


 豪族たちの視線が一斉に私に向いた。


「なんだと?」

「子供が何を言う!」


 父は静かに言った。


「重綱は、水の流れが読めるのだ。

 寺領の件も、重綱の助言で解決した」


 豪族たちは鼻で笑った。


「幼子を御神託扱いとは、河越殿も追い詰められたものよ」

「我らを欺けると思うてか?」


(欺く必要などない。

 “数字”がすべてを証明する)


 私は父の膝から降り、地図の前へ歩いた。


 小さな指で、比企領の水路を指す。


「……ここ……

 つまる……」


「詰まっているだと?」


「……みず……ながれない……

 だから……たりない」


 豪族たちがざわめく。


「馬鹿な! この水路は去年浚渫したばかりだ!」

「いや、あの時は途中までしか……」


 書記が慌てて巻物を広げた。


「……確かに、去年の浚渫は“北側半分のみ”だ。

 南側は土砂が残ったままだ……!」


 児玉党の代表が目を細める。


「それが原因だと言うのか?」


「……うん。

 かわごえ……は、かわす……

 みんな……たのしむ……」


「つまり……河越は水を独占したわけではなく、

 貴殿らの水路が詰まっているだけだと?」


 父の言葉に、豪族たちが沈黙した。



 沈黙を破ったのは、比企氏の老人だった。


「……しかし……

 問題はそれだけではないだろう、河越殿」


「何が言いたい?」


 老人はゆっくりと立ち上がり、

 私をじっと見つめた。


「この子は……“未来”を見ておる。

 そうではないか?」


 広間がざわりと揺れた。


「未来……?」

「まさか、陰陽師か何かか?」


(未来……

 そこまで感づいている……?)


 老人は続けた。


「河越の改革は早すぎる。

 水を制し、土地を制し、人心を掴み……

 それは武蔵国すべてを飲み込む勢いだ」


 そして――老人の声が低くなる。


「だが、未来というものは……

 あまりにも変えすぎると、必ず“揺り戻し”が来る」


 私は空気が変わったのを感じた。


(……この気配……

 未来修正派だ……!)


 老人の背後。

 豪族家臣団の中に、揺らぎの中心がある。


 私は鋭く指差した。


「……そこ……!」


「なっ……!?」


 豪族の一人が驚いて一歩引いた瞬間、

 その袖から黒い粉が落ちた。


(時空粒子……!)


 父が叫ぶ。


「お前……豪族を偽って紛れ込んだな!」


 男は舌打ちし、

 影のように跳び退いた。


「ちっ……幼子の観測にここまで見破られるとは!」


「取り押さえろ!!」


 河越兵が飛び出したが、

 男は煙玉を投げ、豪族の間をすり抜けた。


 その直前――

 男は私だけに聞こえる声で囁いた。


「未来は“均衡”を求める。

 均衡を壊す者には……“必ず”罰が下る」


(罰……?

 未来修正は、私への警告として“次の一手”を仕掛けるつもりだ)



 騒然とする広間。

 豪族たちは口々に言った。


「河越殿……これは一体……?」

「今の男は何者だ……?

 未来を壊すと言っていたが……」


 父は毅然と答えた。


「河越家を狙う者だ。

 そして……武蔵国そのものを狙う者かもしれぬ」


 私は父の手を握り、静かに言った。


「……まもる……

 かわごえ……も……

 むさし……も……」


 その言葉は幼い声でありながら、

 広間の空気を一変させた。


 豪族たちは互いに目を合わせ、

 やがて一人が深く頭を下げた。


「……河越殿、重綱殿。

 そなたらの敵は、我らにとっても敵だ。

 武蔵国を守るためなら、協力しよう」


 一人、また一人と頭を下げる。


(悪くない……

 これで“豪族連合の警戒”は一時的に弱まる。

 だが……未来修正派の動きが明確になった以上、

 ここからは“対観測者戦”が加速する)



 会議が終わり、

 私は空の薄明を見上げた。


(未来修正派は“均衡”を求めると言った。

 つまり……私の改革が成功すればするほど、

 彼らは必ず“破壊”を仕掛けてくる)


 胸の奥が冷たい光で満ちた。


(ならば……私は均衡など求めない。

 歴史が揺れようが、歪もうが、

 河越家の未来だけは絶対に守る)


 風が吹き抜けた。


 武蔵国の空には、

 これから始まる“未来観測戦”の気配が

 淡く漂い始めていた。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。

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