第19話 豪族連合の影と揺らぐ武蔵国
寺社との衝突をなんとか収めた翌週、
河越荘の治水改革は着実に進み、
村人たちの生活は目に見えて改善されていた。
「今年は洪水が来ねぇ!」
「田が腐らんのがこんなに嬉しいとは……」
「坊ちゃんは、まるで神の遣いだ!」
重綱という名は、荘園の隅々にまで響き渡り、
“領主への信頼”という見えない資本が
急速に積み上がっていた。
(だが……この“急激な改善”が、
必ず反発を招くことも分かっている)
その時代――武蔵国には
河越家と肩を並べ、時に敵対する豪族たちが存在した。
山木氏、児玉党、比企氏、足立氏……
どれも武蔵の政治地図に深く刻まれた勢力だ。
◆
河越城の会議室。
父・重房は厳しい表情で家臣を集めた。
「豪族連合より急使が来た。
“河越が川筋を勝手に変えたことで、
周辺領の水利が乱れた”とのことだ」
家臣たちがざわつく。
「先日は寺社、今度は豪族か……」
「これは、河越家の成長を嫌っているのでは?」
「そうだ。
我らが強くなれば、彼らの立場が危うくなる」
父の言葉は核心を突いていた。
私は父の膝の上で静かに耳を傾けながら、
豪族たちの“揺らぎ”を観測していた。
(不満……
恐れ……
そして……敵意……)
彼らは河越家を恐れている。
そして恐怖は、攻撃に変わる。
◆
翌日――
豪族連合の代表団が河越城を訪れた。
いずれも武装を控えめにしているが、
背後の家臣の人数は明らかに多い。
(威圧と牽制だ……
こちらを侮らせず、同時に屈服させようとしている)
大広間にて、会談が始まる。
「河越殿、そなたの治水は見事なものだと聞く。
だが、周辺領の水利が乱れたこと、どう説明する?」
児玉党の代表が鋭い目で父を見つめる。
「寺領だけではない。
わが比企領でも用水が減った。
この一帯の地形は微妙なのだ。
勝手に変えられては困る!」
足立氏の使者も声を荒げる。
(分かっていた……
彼らは“実害”ではなく、“河越の成長”を問題にしている)
私は父の袖を引き、小さく首を振った。
「……ちがう……
みず……たりてる……」
豪族たちの視線が一斉に私に向いた。
「なんだと?」
「子供が何を言う!」
父は静かに言った。
「重綱は、水の流れが読めるのだ。
寺領の件も、重綱の助言で解決した」
豪族たちは鼻で笑った。
「幼子を御神託扱いとは、河越殿も追い詰められたものよ」
「我らを欺けると思うてか?」
(欺く必要などない。
“数字”がすべてを証明する)
私は父の膝から降り、地図の前へ歩いた。
小さな指で、比企領の水路を指す。
「……ここ……
つまる……」
「詰まっているだと?」
「……みず……ながれない……
だから……たりない」
豪族たちがざわめく。
「馬鹿な! この水路は去年浚渫したばかりだ!」
「いや、あの時は途中までしか……」
書記が慌てて巻物を広げた。
「……確かに、去年の浚渫は“北側半分のみ”だ。
南側は土砂が残ったままだ……!」
児玉党の代表が目を細める。
「それが原因だと言うのか?」
「……うん。
かわごえ……は、かわす……
みんな……たのしむ……」
「つまり……河越は水を独占したわけではなく、
貴殿らの水路が詰まっているだけだと?」
父の言葉に、豪族たちが沈黙した。
◆
沈黙を破ったのは、比企氏の老人だった。
「……しかし……
問題はそれだけではないだろう、河越殿」
「何が言いたい?」
老人はゆっくりと立ち上がり、
私をじっと見つめた。
「この子は……“未来”を見ておる。
そうではないか?」
広間がざわりと揺れた。
「未来……?」
「まさか、陰陽師か何かか?」
(未来……
そこまで感づいている……?)
老人は続けた。
「河越の改革は早すぎる。
水を制し、土地を制し、人心を掴み……
それは武蔵国すべてを飲み込む勢いだ」
そして――老人の声が低くなる。
「だが、未来というものは……
あまりにも変えすぎると、必ず“揺り戻し”が来る」
私は空気が変わったのを感じた。
(……この気配……
未来修正派だ……!)
老人の背後。
豪族家臣団の中に、揺らぎの中心がある。
私は鋭く指差した。
「……そこ……!」
「なっ……!?」
豪族の一人が驚いて一歩引いた瞬間、
その袖から黒い粉が落ちた。
(時空粒子……!)
父が叫ぶ。
「お前……豪族を偽って紛れ込んだな!」
男は舌打ちし、
影のように跳び退いた。
「ちっ……幼子の観測にここまで見破られるとは!」
「取り押さえろ!!」
河越兵が飛び出したが、
男は煙玉を投げ、豪族の間をすり抜けた。
その直前――
男は私だけに聞こえる声で囁いた。
「未来は“均衡”を求める。
均衡を壊す者には……“必ず”罰が下る」
(罰……?
未来修正は、私への警告として“次の一手”を仕掛けるつもりだ)
◆
騒然とする広間。
豪族たちは口々に言った。
「河越殿……これは一体……?」
「今の男は何者だ……?
未来を壊すと言っていたが……」
父は毅然と答えた。
「河越家を狙う者だ。
そして……武蔵国そのものを狙う者かもしれぬ」
私は父の手を握り、静かに言った。
「……まもる……
かわごえ……も……
むさし……も……」
その言葉は幼い声でありながら、
広間の空気を一変させた。
豪族たちは互いに目を合わせ、
やがて一人が深く頭を下げた。
「……河越殿、重綱殿。
そなたらの敵は、我らにとっても敵だ。
武蔵国を守るためなら、協力しよう」
一人、また一人と頭を下げる。
(悪くない……
これで“豪族連合の警戒”は一時的に弱まる。
だが……未来修正派の動きが明確になった以上、
ここからは“対観測者戦”が加速する)
◆
会議が終わり、
私は空の薄明を見上げた。
(未来修正派は“均衡”を求めると言った。
つまり……私の改革が成功すればするほど、
彼らは必ず“破壊”を仕掛けてくる)
胸の奥が冷たい光で満ちた。
(ならば……私は均衡など求めない。
歴史が揺れようが、歪もうが、
河越家の未来だけは絶対に守る)
風が吹き抜けた。
武蔵国の空には、
これから始まる“未来観測戦”の気配が
淡く漂い始めていた。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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