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千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


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第18話 寺社の影と政治の水脈

 治水改革が始まって十日。

 河越荘の田畑は、村人が驚きの声を上げるほど

 水の循環が改善されていった。


「見てくれ、今年は田が腐らねぇぞ!」

「水が流れるってだけで、こんなに違うのか……」

「これで秋には、米が倍になるかもしれねぇ!」


 河越家の評判は急速に上がり、

 父・重房は村人たちから深い信頼を得始めていた。


(良い流れだ……

 だが、この“急激な繁栄”が、必ず敵を呼び寄せる)


 そう――寺社勢力だ。



 その日の午後。

 父の屋敷に、派手な装束をまとった僧兵が現れた。


「武蔵国・久遠寺よりの使者である」

「河越殿、勝手に川筋を変えたと聞くが……

 寺領の水利に支障が出ておるのだが?」


 その声は、完全に“怒気”を帯びていた。


(来た……寺社領。

 治水で流路を変えれば、寺の田畑にも水路が影響する。

 だから、必ず抗議が来るはずだ)


 父は冷静に迎えた。


「水害の防止のため河越家が施した改善である。

 寺領にも悪い影響は出ぬはずだが?」


「出ておる。

 寺領の南田で水量が減り、作付けが出来ぬ。

 すぐに元の流路に戻してもらおう」


 僧兵の言葉に、家臣たちがざわめいた。


「元に戻したら……また洪水に逆戻りでは?」

「第一、村の者が困るぞ」


 僧兵は一歩前に出て、無遠慮に言い放つ。


「寺社の権威に逆らうか?

 武蔵国において、寺領の水利は“不可侵”ぞ!」


(……やっぱり、寺社は強い)


 だが――私は黙っていなかった。



 私は父の袖を引き、

 ゆっくりと前へ出た。


「……みず……

 たりてる……」


「ほう? 幼子が何を言う?」


「たりてる……

 みえない……だけ」


 僧兵が鼻で笑う。


「水が足りている? 根拠はどこにある?」


(根拠……? あるさ。

 “現代水文学の初歩”が全部ここにある)


 私は小さな指で、寺領の水路を示した。


「ここ……つまる……

 だから……ながれない……

 かわごえ……かわす……

 だから……ふえる」


 僧兵が顔をしかめた。


「水が増える?

 河越の言い訳に過ぎぬ!」


 父が口を開こうとしたが、

 私は一歩前に進み、さらに言った。


「みずは……

 みちが……わるい……

 なおせば……くる」


 その瞬間、

 僧兵の背後にいた寺社の書記が目を見開いた。


「……まさか……“土砂の堆積”のことを言っているのか?」


 彼は慌てて巻物を開き、

 寺領の水路図を広げた。


「久遠寺南田の第二水路……

 確かに数年前から流量が落ちていたが……

 原因が不明で……」


「それだ」


 父が静かに言う。


「重綱が指摘したのは、堆積で水が止まっていることだ。

 そちらの水路を浚えば、問題は解決する」


「ぐ……!」


 僧兵の声が止まった。

 反論の言葉が見つからないのだ。


 私は最後に、ぽつりと付け加えた。


「……かわごえ……

 みず……わける……

 みんな……たすかる……」


(そう。分水ができれば、全てが解決する)


 僧兵はしばらく黙っていたが、

 やがて舌打ちして言った。


「……寺に戻って検分する。

 だが、この件は覚えておけ、河越殿。

 寺社領は軽んじてはならぬ」


 足音を響かせ、僧兵たちは去っていった。



 使者が去ると、家臣たちは深いため息をついた。


「危ないところでしたな……」

「寺社の怒りを買えば、領地ごと潰されることもある……」


 父は私を抱き上げ、誇らしげに言った。


「重綱のおかげで、戦わずに済んだわ」


(いや……これはまだ“序章”にすぎない)



 夜。

 屋敷の隅の、灯明が揺れる部屋で私は一人、

 空気の揺らぎを観測していた。


(治水改革で、河越家は“地盤”を手に入れた。

 寺社との交渉で、“政治の道筋”を手に入れた)


 だが、その時――

 ふ、と空気が歪んだ。


 ほの暗い光が、部屋の角で揺れている。


(……揺らぎだ)


 あの黒装束ではない。

 もっと遠く、もっと薄い、かすかな未来の影。


「……まだ……みてる……のか」


 私は小声で呟いた。


(未来修正派は、私が“河越家の基盤”を固めることを

 何より嫌がっている。

 だから――次はもっと大きな妨害が来る)


 治水も、寺社も、豪族も。

 すべての流れの先にあるのは、

 歴史という大河そのものだ。


 私は小さく拳を握った。


「……まもる……

 かわごえ……」


 その瞬間、揺らぎはふっと消えた。


(来るなら来い。

 未来を作る者の責任は――

 未来を壊す者に屈しないことだ)


 その夜、武蔵の風は静かに、しかし不穏に吹いていた。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。


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