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千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


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第17話 河越荘の改革 ― 水を制し、地を制す

  武蔵国への帰還から数日後。

 私は、河越荘に広がる田畑と水路を

 毎日のように観測し続けていた。


 早春の風に乗って、ぬかるんだ土の匂いが漂う。

 農民たちは雑草の根を抜き、

 破れたあぜを直しながら、ぼそりと嘆いていた。


「また水が溜まってきやがった……」

「このままだと、春の田植え前に全部腐っちまう」


(問題は明白……

 そもそもの土地の“傾斜”が狂っている。

 現代でいう基礎測量が、この時代には存在しない)


 私は小さな足で畦へ歩き、

 田の中央に指を向けた。


「……ここ……たかい」

「へえ? 坊ちゃん、ここは低いはずだぞ?」


 農民が怪訝な顔をする。


(ちがう。高いのは“地盤”じゃない。

 “水位”の基準値が歪んで見えているだけだ)


 私は土の塊を手に取り、投げた。

 ぽちゃん、と沈む位置が、農民の予想とは明らかに違う。


「なっ……? 本当に……水が深い……」

「どうして分かるんだ……?」


 驚きの声。

 その表情を見て、私は確信した。


(今なら、説得できる)


「……みず……ながす」

「ど、どこへ流すんだい……?」


 私は遠くの低地――

 未来知識から導いた“逃がし水路”の方向を指差した。


「……あっち……ほる」


「は、掘る……!?」


 農民たちは顔を見合わせ、

 次第にざわめきが広がった。


「坊ちゃん……本当に……?」

「だが、奥州戦でも重綱さまの言う通りにして勝ったって話だ……」


 最終的に、彼らは農具を手に取り、決意した。


「よし! 坊ちゃんの言葉に賭けてみるか!」



 翌日。

 父・重房は私の依頼を受け、治水工と豪族使者を屋敷に呼んだ。


「重綱が“川を替える”と言う。

 試してみてもらえぬか?」


 治水工の老人は目を丸くし、

 地図を眺めながら首をひねった。


「川筋を変える……いや、できんことはないが、

 この規模では村人が一月以上働くことになるぞ?」


 父は静かに答えた。


「よい。それで村が救われるのなら」


(父上……あなたは本当に、この時代には稀な人物だ。

 だから私は、この家を絶対に存続させる)


 老人はさらに驚く。


「しかし……これだけの判断を……

 まさか、この幼子が……?」


 父は堂々と言った。


「重綱は“水の流れが見える”のだと」


(見えているのは流量と流速の計算だが……

 説明のしようがない)



 河越荘の住民総出で、

 未来型治水工事が始まった。


 堤の角度を削り、

 水路の幅を一定に保ち、

 余水を逃がす“第二水路”を掘る。


「坊ちゃん! この角度でいいかい?」

「……もっと……ひだり……」


「こうかい!?」

「……うん」


 幼児の私に指示を仰ぐという、異様な光景。

 しかし、その異様さが徐々に尊敬へと変わっていった。


「水が流れたぞ!!」

「本当に稲が腐らねぇ……!」

「あの子は……神童か……?」


 村の空気が変わる。

 河越家への信頼が、静かに積み上がる。



 だが、すべてが順調ではなかった。


 工事三日目。

 林の陰から、ひそやかな囁き声が聞こえた。


「まさか本当に治水を成功させるとは……」

「あの子……やはり“未来の重綱”だ……」


(来たか……未来修正派)


 私は気配だけで理解した。

 敵は二人。技量は並だが、観測点を壊す気だ。


 工事現場の水路に目をやると、

 流れをせき止めるために置かれた大石が

 わずかに揺れていた。


(あれを倒せば……!

 作った水路すべてが壊れる……!)


 私は叫んだ。


「……あぶない!!」

「坊ちゃん!?」


 村人が振り返った瞬間、

 私は地面に手をつき、力いっぱい指差した。


「……いし!!

 どける!!」


「石をどける……? まさか崩れるのか!?」


 村人たちは慌てて駆け寄り、

 大石を支えた。


 直後――


 ごうん!!!


 大石の奥から、

 黒装束二人が飛び退いた。


「ちっ……見破られたか!」

「幼子にしては厄介すぎる……!」


「敵だ! 武器を取れ!!」


 農民と河越兵が武器を取り、黒装束を囲んだ。

 敵は煙玉を投げ、影のように森へ消える。


 その場に残ったのは、冷たい風と、

 私の胸の奥を刺す鋭い感覚。


(……やっぱり……来た。

 未来修正派は、“河越家の発展”を阻止しに来ている)



 夕暮れ。

 父は私の肩に手を置きながら言った。


「重綱……

 そなたの治水は、多くの命を救った。

 だが同時に、そなたを狙う影も動いた」


「……うん……」


「重綱。

 水を制する者は地を制する。

 地を制する者は……武蔵国を制する。

 そして、国を動かす者は、歴史をも動かす」


 私は父の言葉を聞きながら、

 未来修正派の囁きを思い出した。


『未来を変えすぎれば、歴史は耐えられない』


(耐えられない歴史なんて、私は作らない。

 未来がどう歪もうと、河越家を救う流れだけは守る)


 私は小さな声で言った。


「……かわごえ……まもる……

 みらい……つくる……」


 父の眼が、驚きと決意に揺れた。


「……そうか。

 ならば、私がそなたを守ろう。

 河越家すべてを使ってな」


 治水工事の夜、

 私は静かに目を閉じた。


(これで、河越家の“地盤”は固まる。

 次は――寺社、豪族、そして平家との政争だ)


 武蔵国はすでに、

 重綱の“未来”へ向けて動き始めていた。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。


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