第15話 歪む歴史の予兆
もう一人の“重綱”が去ってから、河越勢は警戒を高めながら林道を抜けた。
しかし、あの男の残した言葉は、
雪よりも重く、風よりも深く、私の胸に突き刺さり続けていた。
――“あなたの未来は、強すぎる。歴史が耐えられない。”
――“証拠を見せよう。”
未来が耐えられない?
強くなりすぎる河越家が、破壊をもたらす?
その言葉には明確な意志があった。
(あの男は、私を止めに来た……。
だが同時に、何かを“守ろう”としている気配もある)
敵意だけなら、今すぐ殺しに来るはずだ。
しかし彼は“選択”を迫ってきた。
――作る未来か、取り戻す未来か。
(彼の背後には……別の未来の河越家があるのだ)
そう思うと、胸のざわつきはさらに深まった。
◆
翌朝。
河越勢は武蔵国へ向かう帰還路の前半を終え、
山間の街道近くで休息を取った。
雪が収まり、遠くには雲がうっすらと裂け、
青い空がのぞき始めている。
父・重房は私を布でくるみ、
膝の上に抱いて言った。
「重綱……昨日の男のこと、忘れられぬ。
あの者は、そなたと同じ“理”を知っているようだった」
父が“理”という言葉を使うのは、
ただの直感ではないと判断した証だ。
私は小さな手で父の衣を握り、ゆっくり告げた。
「……おなじ……
でも……ちがう……」
「同じで……違う?」
父の眉がわずかに寄る。
(そう、“同じ理”でも、“目的が違う”)
しかし言葉にできるほど、私はまだ語彙を持たない。
◆
その時だった。
「重房殿! 急ぎの知らせ!」
斥候が血相を変えて駆けてきた。
「街道の先にある宿場町が……焼け落ちております!」
「なに……?」
父だけでなく、周囲の家臣も顔色を変えた。
「盗賊か?」
「いや、雪の中で火はつかぬぞ……!」
父は私を抱き、すぐに馬に乗って駆け出した。
「急ぐぞ! 現場を確認する!」
私は父の胸の中で揺られながら、
一つの不穏な予感に気づいていた。
(これは偶然ではない……。
あの重綱が言った“証拠”だ……!)
◆
宿場町は、雪の中に無残な姿を晒していた。
建物は黒く焼け落ち、
雪に埋もれた焦げ跡が線のように続いている。
人影はすでになく、静寂だけが残されていた。
「なんと……ここまで焼かれているとは……!」
「火事にしては……不自然に広い……」
家臣たちが動揺する中、
私は灰の上に積もる雪を指で触れた。
(雪が完全に溶けていた跡……
これはただの火事ではない)
灰の粒子の細かさ、燃え方のムラ、
油の匂い……
(これは意図的な放火だ。
しかも複数のポイントから火をつけている)
その行動は、
まるで現代の破壊工作員のようだった。
「……だれか……した……」
私がつぶやくと、父が目を見開いた。
「重綱……“誰かがやった”というのか?」
「……うん……
たくさん……」
その言葉を聞いた家臣たちが青ざめた。
「まさか、昨日の黒装束の者たちか……!?」
「となると、狙いは武蔵へ向かう街道……!」
(その通り……)
放火は“街道を混乱させるため”の前準備だ。
人々の避難、混乱、盗賊の増加――
その隙を突いて“何か”を仕掛けてくる。
◆
私は父に向かって言った。
「……みち……
かわる……」
「道を変える……?」
父は唸り、すぐに判断した。
「斥候! 周辺の抜け道を探せ!
護衛を増やして行軍路を変更する!」
「了解!」
父は私の手を握りながら言った。
「重綱……
そなたは何を感じている?
あの男が再び仕掛けてくると思うのか?」
(あの男が“証拠”を見せると言ったのは、
河越家の強さが“歴史を歪めている”と示すため)
では、その証拠とは何か?
――私たちが守れなかった未来の一端。
――あるいは、私たちが作る未来の危険性。
私の胸の奥が、鈍く痛んだ。
「……くる……
また……くる……」
父の表情は鋼のように固くなった。
「ならば備えねばならぬ」
◆
数日後。
河越勢は街道を外れ、山中の迂回路を進んでいた。
雪深く、風が強く、急斜面も多い。
しかし敵の待ち伏せを避けるためには仕方ない。
兵たちは疲れていたが、私の指示を信じて進む。
「重綱さまのご判断なら間違いあるまい……」
「我らは従うのみよ……!」
その忠誠はありがたい。
だが、胸の奥の不安は晴れない。
(あの男……必ず“次”を仕掛けてくる)
そして、その“次”が何であるか――
私はいま決定的なヒントを得た。
それは迂回路を進んでいた時のことだった。
――山の向こう側で、また揺らぎが生じたのだ。
昨日よりも大きく、強く、鋭い揺らぎ。
(これは……複数の観測者が同時に活動している気配……!
まさか……奴だけでなく、他にも……?)
◆
すると、遠くから斥候の叫び声が響いた。
「報告ッ!!
前方の峠にて――
村が“跡形もなく”消えています!!」
「……何……?」
ただの焼失ではなく、
“消えている”という言葉。
(まさか、この時代に……そんなことが……)
胸がざわつく。
(これは……未来の技術による破壊の痕……だ)
そして、私は理解した。
――あの男は一人ではない。
――未来の“重綱派”が複数存在する。
彼らは“未来を取り戻す”ために、
この時代に干渉している。
その光景こそ――
あの男の言う“証拠”なのだ。
◆
父が震える声で言った。
「重綱……
何が……起きている……?」
私は父の胸に手を置き、
はっきりと告げた。
「……みらい……
ふたつ……ある……」
「未来が……二つ……?」
「……うん……
つくる……みらい……
とりもどす……みらい……」
父は息を呑んだ。
「では……今日焼かれた村も……」
私は強く頷いた。
(これは未来を取り戻すための“破壊”。
私の作る未来を否定し、
元の歴史へ戻すための“強制力”だ)
――作る未来 vs 取り戻す未来。
その衝突が、すでに始まっている。
◆
雪の峠を越えた先で、私は空を見上げた。
灰色の雲の向こうで、
かすかに光の粒子が揺らいでいる。
(これは……“観測の歪み”だ。
輪廻が複数の未来を読み込んでいる証拠)
あの男が言ったとおり、
私は未来を大きく変えすぎているのかもしれない。
だが――
(例えそうでも……私は河越家を守る)
その意志は揺らがない。
――未来の重綱たちよ。
――お前たちが取り戻したい未来がどんなものであれ……
私は、私の未来を作る。
雪の峠で、私は静かに決意を固めた。
――歴史が歪むなら、
――その歪みごと押し切るまでだ。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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