第14話 帰還の道と影の追走
奥州戦の終息が正式に宣言され、
源義家の軍は凱旋の準備へと移った。
戦の疲労は積み重なっているはずなのに、
帰還できるというだけで兵たちの足は軽くなっていた。
「ようやく武蔵に戻れる……!」
「重綱さまに村々へ凱報を届けたいものだ!」
兵士たちの声は弾んでいる。
しかし私の胸の中には、重い何かが居座っていた。
(帰還するということは、“次の戦場”に入るということだ)
平家との対立、源氏の覇権闘争、
鎌倉という巨大な“力”が生まれる前夜。
そのすべては、河越家の未来を左右する。
(そして、あの“もう一人の重綱”も動き始めるだろう)
◆
行軍の朝。
父・重房は馬に跨り、私を抱いて前線に立った。
「河越勢よ!
奥州戦に勝利した今、これからが本当の始まりである!
武蔵国へ戻り、我らの地を守り、
さらに強くならねばならぬ!」
「応!!」
兵たちの声は雪を震わせた。
その声を聞きながら、私は父の胸に手を置いた。
「……おと……さま……
かえる……けど……あぶない……」
「危ない……?」
父の表情が引き締まる。
「重綱、何か見えるのか?」
(“見える”というより、“感じる”。
封じられた輪廻の記憶が警告している)
私は遠くの山脈を指差した。
「……とちゅう……
みえない……てき……」
「途中に……見えない敵がいるというのか?」
父の声には緊張が走った。
「重綱がそう言うのなら、警戒を強めよ!」
河越勢は隊列を引き締め、危険地帯へと向かう。
◆
行軍開始から一刻ほど経った頃だった。
雪に覆われた林道は静かすぎる。
鳥の声ひとつしない。
風すら凍りついたような、重い静寂。
私は乳母の背で揺られながら、
胸の奥に響くざわつきを凝視していた。
(これは……“あの時”と同じだ)
あの重綱が現れる前に感じた量子の揺らぎ。
しかし、今回はもっと濃い。
もっと濁っている。
――これは、複数の揺らぎだ。
(まさか……協力者がいるのか?
あの男と同じ輪廻干渉者が……複数……?)
◆
斥候が駆け戻ってきた。
「報告!!
前方の林で……大量の足跡を発見!!
敵勢が潜んでいる可能性大!!」
「……来たか」
父が槍を握りしめ、家臣たちへ命じる。
「全軍、陣形を整えよ!
狭い林道では乱戦必至だ。
盾持ちは前列、槍隊は左右より援護!」
「応!!」
兵たちが素早く散開し、林道に横隊が組まれる。
私は父へ身を乗り出し、囁いた。
「……みぎ……
たかいところ……いる……」
「右の高所に……敵……?」
父は迷わず命令した。
「弓隊!
右の高所へ矢を一斉射!!
重綱の指示だ!!」
弓が鳴り、矢が林の上部へ向け放たれた。
直後――
木の影から悲鳴が上がった。
「ぎゃっ!」
「見つかったか!!」
雪煙とともに敵の影が崩れ落ちる。
家臣たちが震えた声を漏らす。
「まさか……本当に……!」
「重綱さまはどうして……」
(当たり前だ。
私は“量子の揺らぎ”を見ている)
◆
すると、森の奥から甲高い笛の音が鳴り響いた。
次の瞬間、
左右の林から黒装束の兵が一斉に飛び出してきた。
「伏兵だ!!」
「左右両面から来るぞ!!」
黒装束――
この時代には“僧兵”か“忍び”の類いに近い。
しかし、その動きは異常だった。
「は、速い……!」
「くそっ、槍が追いつかん!!」
敵兵の動きには、明らかに“合理性”がある。
無駄がない。
間合いの管理が現代的だ。
(まただ……“未来の動き”だ。
あの男と同じだ。
ということは――)
私は父へ向かって叫んだ。
「……いる……!!
かげ……おおい……!!」
「影が多い!?
全軍、後退するな! 散開し接近を許すな!!」
◆
黒装束の兵は雪原を滑るように進み、
槍を撥ね、刀を振り抜きながら突っ込んでくる。
しかし河越勢は“私の訓練”で動きが揃っていた。
「横列! 間隔を空けるな!!」
「馬を下げろ! 槍隊前へ!!」
「弓隊、後退しつつ射込め!!」
家臣たちが鮮やかに指揮を飛ばし、
河越の槍隊は左右へぶれずに対応した。
敵が槍を弾こうとするタイミングで、
後列の槍が突き出される。
「ぐっ……!」
「なに!? 動きが読めん……!」
敵兵が動揺する。
(当然だ。
お前たちの未来の動きは“私には読める”。
私が教えた槍隊は、
未来の動きを読む兵へ“逆対応”するよう訓練している)
◆
だが、敵はそれで終わらなかった。
森の奥から、あの声が響いた。
「やはり……重綱殿。
あなたは優秀だ」
雪の影から、あの黒装束の男――
“もう一人の重綱”が現れた。
槍を持たず、刀を抜かず、
ただ静かに歩いてくるだけなのに、
兵たちの緊張が極限まで跳ね上がる。
「また貴様か……!!」
「なんだあの動きは……!」
男は手を広げ、冷たく微笑む。
「これは……試しです。
あなたがどれほど未来を“作る”つもりなのか。
そして、あなたの作る未来が――
本当に価値あるものなのか」
父は槍を構え、怒声を上げた。
「貴様、重綱に何を求めている!!」
男の目は氷のように冷たい。
「求めているのは、重綱殿の“選択”です」
その視線が私へ向く。
「未来を作る者としての選択か……
それとも――
未来を取り戻す者としての選択か」
◆
私は乳母から自ら身を滑り出し、
雪上に小さな足を下ろした。
兵士たちが息を呑む。
「重綱さま……!?」
「地面に降りられた……だと……!?」
私は男を真っ直ぐに見据えた。
「……あなた……
なに……ほしい……」
男は静かに目を細める。
「私は、未来の“河越家の姿”を見たい。
だがあなたの行動は……
本来の未来を大きく変えすぎている」
(本来の未来……?
それは滅亡か?
あるいは別の繁栄か?)
男は続ける。
「あなたの河越家は……“強くなりすぎる”。
歴史が耐えられない」
私は首を振った。
「……かわごえ……まもる……
それだけ……」
「それが破壊になることもあるのですよ」
(破壊……?
繁栄のための技術革新が……破壊……?)
男は最後に告げた。
「近いうちに、私は“証拠”を見せます。
あなたが作ろうとしている未来が、
本当はどれほど危険なのかを」
そして黒装束を翻し、林の奥へと消えた。
◆
雪原には深い静寂が残された。
父は私を抱きしめ、震える声で言う。
「重綱……
そなたを狙う者が増えている。
守りきれるのだろうか……」
私は父の胸に額を預け、小さく息を吐いた。
(守る……守り抜く……
たとえ未来の重綱そのものが敵になったとしても)
そう思った瞬間、
胸の奥で新しい揺らぎが生じた。
それは、
“見えない未来の警告”のように冷たかった。
――重綱よ。
――お前が作る未来は、必ず誰かの未来を消す。
その声が、
雪よりも冷たく、私の心に刻み込まれた。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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