第13話 鎌倉への影
闇に紛れて消えた“もう一人の重綱”――
その存在は、奥州の戦そのものよりも重く、
私の胸の奥に深い警告として刻まれた。
(未来を“取り戻す”……?
つまり、私が作ろうとしている未来は、
あの男――別の重綱が生きた未来ではないということだ)
輪廻は一本道ではない。
観測と干渉によって分岐が生じ、
いくつもの“未来”へ枝分かれしていく。
(私は、未来を守るために変革を進めている。
だが、あちら側から見れば“改変者”なのか……)
雪の冷たさとは別に、
胸の奥がじんと熱く疼いた。
◆
翌朝。
河越勢は再び進軍を開始した。
だが兵たちの浮かれていた空気は、昨夜の影によって引き締まったように感じる。
「昨日の伏兵は恐ろしかった……」
「だが重綱さまが見抜かれた」
「神童としか言いようがない……」
幼い私は乳母の背で揺られながら、
雪原越しに前方の丘陵地を見つめていた。
◆
前方から斥候が駆けてきた。
「報告! 義家殿が奥州藤原方の大将を討ち取り、
戦は終結に向かいつつあります!」
兵は歓声を上げる。
「おおっ!!」
「これで帰れるぞ!!」
「重綱さまのおかげだ!」
(……帰れる、か。
しかし、河越家の強化はここからが本番だ)
奥州戦が終わるということは、
いずれ武蔵国へ戻ることになる。
そして――
鎌倉の台頭、源氏の勢力拡大、
平家との対立、源平合戦……
歴史が加速度的に動く時代へ突入する。
(私は、だれより早く“火種”を察知し、備えなければならない)
◆
陣へ戻ると、父・重房が私を呼んだ。
「重綱……少し話がある」
焚き火の前に座った父の表情は、
昨夜よりさらに険しかった。
「昨夜、あの男が言っていたこと……
そなたも聞いていただろう」
「……うん……」
父は深く息を吐いた。
「そなたは“未来を作る”と言った。
あの男は“未来を取り戻す”と言った……
重綱、そなたはいったい……誰なのだ?」
(その問いは……重い。
本当の答えは“千年輪廻し続けた観測者”だが……
この時代の父に説明するにはあまりにも早い)
私は父の手を握り、ゆっくりと告げた。
「……かわごえ……なくしたくない……
だから……まもる……」
「……守るために未来を作る、と」
父の瞳には、理解と信頼の光が宿った。
「ならば、それでいい。
たとえそなたが何者であろうと、
河越家を守ると誓うなら、私は信じる」
(父上……あなたという存在が河越家の未来にとって
どれほど大きな柱となるか、私は知っている。
だからこそ、あなたを決して死なせない)
◆
その夜、私は火の反射を受ける雪を見つめていた。
白と赤の揺らぎが、ゆるやかな波を描く。
(別の重綱の目的は……未来の“修復”か。
では、その未来では何が起きた?
なぜ“修復”が必要なのか?)
過去の輪廻の記憶がざらりと脳裏をよぎる。
――河越家が滅びる未来。
――川越が焼かれる未来。
――血脈が断たれる未来。
それは私の知る最悪の歴史だ。
だが“未来を取り戻す”という言葉が意味するのは、
あるいは――
(滅亡したのは“本来の未来”だったのでは?
だから別の重綱は“修復”を求めて輪廻した……?)
まさか。
だとすれば、私は“改変者”ではなく――
(本来の歴史を壊した“破壊者”……?)
胸の奥で、量子の揺らぎが強さを増した。
◆
翌日、陣立ての準備が進む中、
私は一人林の奥に視線を送った。
(あの重綱は、必ずまた来る。
話し合いで済むならいいが……
輪廻観測者同士が激突すれば、
この時代の流れが“本当に歪む”)
その時、背中越しに声がした。
「重綱さま……?」
振り返ると、河越の若武者たちが並び立っていた。
壮年の者、若い者、家臣の子ら……
皆、私を神童として信じている。
「我ら……重綱さまのお導きで勝てました」
「河越家は、重綱さまの未来に賭けたいのです」
「どうかお守りください……」
皆の目は澄んでいて、疑いも恐怖もない。
ただ、信仰に近い尊敬がある。
(……そうだ。
私は、彼らの未来を守るために生きている)
それなら答えは決まっている。
私は小さな声で言った。
「……まもる……
みんな……まもる……」
若武者たちは深々と頭を下げた。
「重綱さま……!
末永く、我らにお導きを……!」
◆
その日の夕刻。
源義家の本陣から正式な布告が届いた。
「武蔵国・秩父河越家――
奥州の戦において、比類なき働きをした。
よって“先陣の誉れ”をここに認める!」
兵たちは歓声を上げ、
父は私を抱きしめた。
「重綱……これで河越家の名は、
武蔵国だけでなく奥州にも響き渡る。
そなたのおかげだ」
(よし……帰国後の政治構造において、
河越家は確実に優位に立つ)
◆
その夜。
私は雪の中ひとり、静かに目を閉じた。
(だが、問題はそこではない……
“もう一人の重綱”が何を修復しようとしているか、だ)
雪の上に降り落ちる火の粉が、微かに揺れる。
――歴史の修復。
――未来の奪還。
――輪廻の衝突。
そのどれもが、
私と河越家にとって重大な意味を持つ。
私は小さく息を吸い、胸に誓った。
――対話で済むのなら、話そう。
――だが、もし“未来を取り戻す”ために河越家を犠牲にするつもりなら……
雪原の向こうに、
あの男の影がまだ潜んでいる気がした。
(私は負けない。
未来を守るために、私はこの時代へ来た)
――河越家を滅亡させる“本来の未来”など認めない。
雪の夜、
私は生まれて初めて“敵”という存在を強く意識した。
そしてそれは、
私自身と同じ名を持つ者だった。
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