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千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


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第12話 もう一人の重綱

 雪原に静寂が戻った。しかし、その静けさは戦の終わりではなく、

 この世界に潜む“別の意志”を浮かび上がらせるための幕間にすぎなかった。


 斜面で暴れた異様な武者――

 あの男の動きは、この時代のものではなかった。

 槍の握り、体重移動、踏み込みの角度、呼吸のリズム。

 どれも“未来の戦闘理論”を体現していた。


(間違いない。

 あれは私と同じ――

 輪廻知識を持つ存在)


 敵なのか、味方なのかも分からない。

 ただ一つ確かなのは、

 “この時代に二人の観測者は要らない”ということだ。


 輪廻の演算は干渉すると歪む。

 その歪みは未来の河越家だけでなく、

 この世界そのものを揺るがしかねない。



 戦の後、父・重房は私を抱きしめて馬に乗った。

 軍勢は雪原を後にし、丘陵越えの陣地へと戻る。


 父は静かに言った。


「重綱……そなたは何を見ておるのだ?

 あの武者の動きは……どう見ても尋常ではなかった」


 燃える焚き火のように、父の言葉には真剣さがにじんでいる。


 私は胸の奥で揺れる不穏な波動を抑えつつ、

 幼い声で告げた。


「……ちがう……

 あのひと……ただの……ぶし……じゃない……」


「ただの武士ではない……?」


 父の顔に険しさが走る。


「重綱……そなたは“何か”を知っているのだな」


(知っている?

 いいや“思い出しつつある”が正しい)


 私はあの日感じた“量子の揺らぎ”を思い返す。


――私以外の観測者の存在。

――輪廻に干渉する意識体。


 あれは、おそらく過去の輪廻で“消えたはずの重綱”だ。



 その夜、河越勢は峠のふもとの林で野営した。

 焚き火の光が雪に反射し、赤い光があたり一面に揺らめく。


「今日の戦は危なかった……」

「重綱さまがいなければ……」

「まさに神童よ……!」


 兵たちの声は嬉しさと安堵に満ちている。

 だが私は、焚き火の遠くにある“闇”を見つめていた。


(あの武者……

 私の動きの原理を知っていた。

 ならば、彼は私を探している可能性がある)


 輪廻観測者である私が言えることは一つ。


――“敵”は私を探す。


――“味方”は私を探す。


 双方の気配は似ている。

 目的のみが違う。


(彼は……どちらだ?)



 深夜。

 兵たちが眠った頃、私は乳母の腕の中で目を開けた。


 雪の冷気が入り込み、焚き火の煙がわずかに漂う。


 私は確かに感じ取った。


……ザリ……


 草を踏む音。

 その音は闇の中から聞こえた。


(来た……!)


 私は反射的に父の鎧を掴み、震える声でささやいた。


「……おと……さま……

 きた……」


「なに……?」


 父もすぐに気づいた。


――ただ者ではない“気配”。



 次の瞬間、

 林の闇の中から一人の影がゆっくりと姿を見せた。


 黒い烏帽子。

 雪をかぶったままの鎧。

 そして――たしかに、あの戦場で見た“異質な身のこなし”。


 その男は河越の陣営を前に立ち止まり、

 静かに父へ向かって礼を取った。


「秩父重房殿――

 本日は見事な采配でした」


「貴様……何者だ?」


 父の声は低い。

 家臣たちもすでに槍を構えていた。


 だが男は動じない。


「私は、ただ戦を見に来た者にすぎません。

 ただ――ひとつだけ伝えたいことがありまして」


 その視線が、ゆっくりと私へ向いた。


 凍てつくような鋭い眼差し。

 だが、その奥にあるのは敵意ではなく“確信”だった。


「――重綱殿。

 あなたも……こちら側の者ですね?」


 父は衝撃に硬直する。


「な……!?」


(とうとう言われた……!

 この時代で、“私”を見抜く者が現れた)



 私は幼児の外見のまま、

 古い血脈の記憶がざわめくのを感じた。


(……やはり、お前も輪廻者か)


 男は静かに微笑んだ。


「あなたの観測は、この戦場では目立ちすぎる。

 だから……会いに来たのです」


(会いに来た……?

 私を“探していた”ということか)


 男は続けた。


「あなたの技術、発想、判断……

 いずれも“千年後の理”そのもの。

 その道を歩むのは、私だけだと思っていましたが……

 どうやら違うようだ」


 父は槍を握りしめる。


「お前……いったい重綱を何者と――」


 男は首を振った。


「重房殿、あなたに敵意はありません。

 私が知りたいのは――“未来”です」


 そして、男の眼差しは再び私へ向く。


「あなたは……未来をどう変えるおつもりなのですか、重綱殿?」


 その問いは、雪を割るような鋭さで私の胸を突き刺した。


(……そうか。

 お前は――“未来を変えに来た重綱”か)


 輪廻の記憶がざわざわと揺れ、

 胸の奥に眠る量子情報が微かに共鳴した。



 私は父の腕の中、

 今までになく“はっきり”と言葉を発した。


「……まもる……

 かわごえ……

 そして……みらい……つくる……」


 男の目が大きく開かれた。

 その表情は驚愕と、そして歓喜が混ざっていた。


「守り……未来を“作る”……。

 それがあなたの目的……!」


(当たり前だ。

 私は河越家の滅亡を何度も見てきた。

 だから歴史を変えに来た)


 男は震える声で呟いた。


「ならば……私は違う。

 私は――未来を“取り戻し”に来た」


 父が息を呑む。


「取り戻す……?」


 男は初めて“敵の顔”になった。


「あなたの介入で……未来が“変質”しているのです。

 私はそれを修正するために輪廻した」


(未来を取り戻す……?

 まさか……未来の世界で河越家は――)


 胸が苦しくなる。


――滅亡ではなく、

――“歪んだ未来”に進んだ可能性。



 男は静かに告げた。


「重綱殿。

 あなたの改変によって、我々が生きた未来は消えました。

 私はそれを元に戻すために、この時代に降りたのです」


 胸の奥が焼けるように熱くなった。


(未来の……“重綱の末裔”が……

 私の改変を“否定しに来た”というのか……!?)


 男は最後に言った。


「いずれ、あなたの答えを聞かせてもらう。

 未来を“作る”のか……

 未来を“取り戻す”のか……」


 そして、雪の闇に溶けるように姿を消した。



 私の胸の中で、量子の揺らぎが渦巻く。


(未来の重綱たちの記憶……

 本来の歴史……

 私が変えた未来……)


 そして私は、とうとう理解した。


――今日、私の前に現れた男は

 名前こそ名乗らなかったが……

 その本質は明らかだった。


「……もうひとりの……

 じゅうこう……」


 父が息を呑んだ。


「なに……?」


(そうだ父上。

 あれは……“別系統の重綱”だ)


 輪廻の果てで分岐した、

 もうひとつの私。


 未来を“守ろうとする重綱”と、

 未来を“取り戻そうとする重綱”。


 世界は今、

 二人の重綱の選択に揺らぎ始めた。


――戦は、まだ始まったばかりだ。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。

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