第12話 もう一人の重綱
雪原に静寂が戻った。しかし、その静けさは戦の終わりではなく、
この世界に潜む“別の意志”を浮かび上がらせるための幕間にすぎなかった。
斜面で暴れた異様な武者――
あの男の動きは、この時代のものではなかった。
槍の握り、体重移動、踏み込みの角度、呼吸のリズム。
どれも“未来の戦闘理論”を体現していた。
(間違いない。
あれは私と同じ――
輪廻知識を持つ存在)
敵なのか、味方なのかも分からない。
ただ一つ確かなのは、
“この時代に二人の観測者は要らない”ということだ。
輪廻の演算は干渉すると歪む。
その歪みは未来の河越家だけでなく、
この世界そのものを揺るがしかねない。
◆
戦の後、父・重房は私を抱きしめて馬に乗った。
軍勢は雪原を後にし、丘陵越えの陣地へと戻る。
父は静かに言った。
「重綱……そなたは何を見ておるのだ?
あの武者の動きは……どう見ても尋常ではなかった」
燃える焚き火のように、父の言葉には真剣さがにじんでいる。
私は胸の奥で揺れる不穏な波動を抑えつつ、
幼い声で告げた。
「……ちがう……
あのひと……ただの……ぶし……じゃない……」
「ただの武士ではない……?」
父の顔に険しさが走る。
「重綱……そなたは“何か”を知っているのだな」
(知っている?
いいや“思い出しつつある”が正しい)
私はあの日感じた“量子の揺らぎ”を思い返す。
――私以外の観測者の存在。
――輪廻に干渉する意識体。
あれは、おそらく過去の輪廻で“消えたはずの重綱”だ。
◆
その夜、河越勢は峠のふもとの林で野営した。
焚き火の光が雪に反射し、赤い光があたり一面に揺らめく。
「今日の戦は危なかった……」
「重綱さまがいなければ……」
「まさに神童よ……!」
兵たちの声は嬉しさと安堵に満ちている。
だが私は、焚き火の遠くにある“闇”を見つめていた。
(あの武者……
私の動きの原理を知っていた。
ならば、彼は私を探している可能性がある)
輪廻観測者である私が言えることは一つ。
――“敵”は私を探す。
――“味方”は私を探す。
双方の気配は似ている。
目的のみが違う。
(彼は……どちらだ?)
◆
深夜。
兵たちが眠った頃、私は乳母の腕の中で目を開けた。
雪の冷気が入り込み、焚き火の煙がわずかに漂う。
私は確かに感じ取った。
……ザリ……
草を踏む音。
その音は闇の中から聞こえた。
(来た……!)
私は反射的に父の鎧を掴み、震える声でささやいた。
「……おと……さま……
きた……」
「なに……?」
父もすぐに気づいた。
――ただ者ではない“気配”。
◆
次の瞬間、
林の闇の中から一人の影がゆっくりと姿を見せた。
黒い烏帽子。
雪をかぶったままの鎧。
そして――たしかに、あの戦場で見た“異質な身のこなし”。
その男は河越の陣営を前に立ち止まり、
静かに父へ向かって礼を取った。
「秩父重房殿――
本日は見事な采配でした」
「貴様……何者だ?」
父の声は低い。
家臣たちもすでに槍を構えていた。
だが男は動じない。
「私は、ただ戦を見に来た者にすぎません。
ただ――ひとつだけ伝えたいことがありまして」
その視線が、ゆっくりと私へ向いた。
凍てつくような鋭い眼差し。
だが、その奥にあるのは敵意ではなく“確信”だった。
「――重綱殿。
あなたも……こちら側の者ですね?」
父は衝撃に硬直する。
「な……!?」
(とうとう言われた……!
この時代で、“私”を見抜く者が現れた)
◆
私は幼児の外見のまま、
古い血脈の記憶がざわめくのを感じた。
(……やはり、お前も輪廻者か)
男は静かに微笑んだ。
「あなたの観測は、この戦場では目立ちすぎる。
だから……会いに来たのです」
(会いに来た……?
私を“探していた”ということか)
男は続けた。
「あなたの技術、発想、判断……
いずれも“千年後の理”そのもの。
その道を歩むのは、私だけだと思っていましたが……
どうやら違うようだ」
父は槍を握りしめる。
「お前……いったい重綱を何者と――」
男は首を振った。
「重房殿、あなたに敵意はありません。
私が知りたいのは――“未来”です」
そして、男の眼差しは再び私へ向く。
「あなたは……未来をどう変えるおつもりなのですか、重綱殿?」
その問いは、雪を割るような鋭さで私の胸を突き刺した。
(……そうか。
お前は――“未来を変えに来た重綱”か)
輪廻の記憶がざわざわと揺れ、
胸の奥に眠る量子情報が微かに共鳴した。
◆
私は父の腕の中、
今までになく“はっきり”と言葉を発した。
「……まもる……
かわごえ……
そして……みらい……つくる……」
男の目が大きく開かれた。
その表情は驚愕と、そして歓喜が混ざっていた。
「守り……未来を“作る”……。
それがあなたの目的……!」
(当たり前だ。
私は河越家の滅亡を何度も見てきた。
だから歴史を変えに来た)
男は震える声で呟いた。
「ならば……私は違う。
私は――未来を“取り戻し”に来た」
父が息を呑む。
「取り戻す……?」
男は初めて“敵の顔”になった。
「あなたの介入で……未来が“変質”しているのです。
私はそれを修正するために輪廻した」
(未来を取り戻す……?
まさか……未来の世界で河越家は――)
胸が苦しくなる。
――滅亡ではなく、
――“歪んだ未来”に進んだ可能性。
◆
男は静かに告げた。
「重綱殿。
あなたの改変によって、我々が生きた未来は消えました。
私はそれを元に戻すために、この時代に降りたのです」
胸の奥が焼けるように熱くなった。
(未来の……“重綱の末裔”が……
私の改変を“否定しに来た”というのか……!?)
男は最後に言った。
「いずれ、あなたの答えを聞かせてもらう。
未来を“作る”のか……
未来を“取り戻す”のか……」
そして、雪の闇に溶けるように姿を消した。
◆
私の胸の中で、量子の揺らぎが渦巻く。
(未来の重綱たちの記憶……
本来の歴史……
私が変えた未来……)
そして私は、とうとう理解した。
――今日、私の前に現れた男は
名前こそ名乗らなかったが……
その本質は明らかだった。
「……もうひとりの……
じゅうこう……」
父が息を呑んだ。
「なに……?」
(そうだ父上。
あれは……“別系統の重綱”だ)
輪廻の果てで分岐した、
もうひとつの私。
未来を“守ろうとする重綱”と、
未来を“取り戻そうとする重綱”。
世界は今、
二人の重綱の選択に揺らぎ始めた。
――戦は、まだ始まったばかりだ。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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