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千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


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第11話 揺らぐ観測:見えざる影

斜面の戦いから数日が経った。

 雪は相変わらず厚く積もり、空気は肌を刺すように冷たい。

 しかし河越勢の士気は下がらず、むしろ増していた。


 槍は折れず、馬は疲れず、行軍は早く、

 伏兵にも罠にもかからず勝利を重ねる――

 兵たちは“勝ち慣れ”しはじめていた。


 その光景は、私にとっては危険の兆候でもある。


(勝利そのものが“油断”を生む。

 歴史の戦場では、慢心こそ最大の敵だ)


 私は乳母の背に揺られながら、

 行軍する兵たちの様子を見つめていた。



 その日の夕刻。

 河越勢は雪原の中で陣を張り、焚き火の火を囲んで休息した。


「今日も重綱さまのおかげだ!」

「まさかあの伏兵を見抜くとは……」

「戦神の子よ……!」


(戦神扱い……もう止められないな)


 だが、私は気が気ではなかった。


――あの日感じた“量子の揺らぎ”。

――あの感覚は、決して錯覚ではない。


 あれ以来、胸の奥で時折ざわつきが生じる。

 それは、過去の輪廻ではなかった現象だ。


(誰かが……何かが……この時代の“観測”に介入している)


 私はまだ小さすぎて言葉にできないが、

 この揺らぎが示す意味はひとつだけだ。


――私以外の観測者がいる。



 夜、父が私を抱いて言った。


「重綱……そなたは今日、少し顔色が良くなかった。

 疲れているのか?」


 私は父の視線の奥に、優しさと不安が同居しているのを感じた。


(父上……

 本当に危惧すべきは、疲労ではない。

 この戦場に“異物”がいる気配だ)


 私は首を振り、小さく告げた。


「……だいじょうぶ……

 でも……みえない……なにか……ある……」


「見えない……何か……?」


 父は眉をひそめ、家臣たちと視線を交わし合う。


「重綱が……何かを感じているのか?」


「これは……警戒すべきかもしれぬ」


 その場にいた家臣は一斉に緊張を強めた。


「重綱さまが“見えざるもの”を感じるとは……

 これは、ただ事ではない!」


(いや、違う……

 感覚は戦場の敵ではなく、もっと遠い、もっと深い存在……)


 しかし私はそれを説明できない。

 説明したところで理解されることもない。



 翌朝。

 河越勢は再び北へ向け進軍を開始した。


 前方には丘陵地帯が続き、

 森が左右に広がり、雪の下で音を吸い込んでいる。


 風は弱く、空気は重い。

 妙に静かな朝だった。


(……妙だ。この静けさは自然ではない)


 私は乳母に抱かれながら、森の奥を観察する。


 その時――

 胸の奥で、あの“ざわつき”が強まった。


(来る……!)


 私は父の背に手を伸ばした。


「……まえ……あぶない……!」


 父の表情が引き締まり、即座に号令する。


「全軍停止!!

 盾持ち前へ! 弓隊、構え!!」


 兵たちが慌てて陣形を整えた。


 数秒後。


 森の奥から、

 黒い影が一斉に飛び出した。


「伏兵だッ!!」

「ぐああっ!」


 雪原を裂くように、鋭い突撃。


 だが――


(この“気配”。

 普通の伏兵ではない……!)


 動きが“早すぎる”。


 兵たちを一撃で貫く槍、

 驚くほど統率の取れた足並み――

 まるで“未来の戦法”を知っているかのような軍勢。


(誰だ……?

 この時代に、こんな連携を取れる者などいない……!)



 父は槍を掲げ、叫ぶ。


「怯むな! 前へ!!」


 槍隊が前進し、敵とぶつかり合う。


 しかし、敵の一撃は異様に鋭かった。


「な、なんだこの槍さばきは!?」

「速すぎる……!!」


(これは……明らかに“私と同じ発想”が混じっている)


 私は父へ必死で告げた。


「……ちがう……

 ふつう……じゃ……ない……!」


「普通ではない……?」


 私の緊張に気づいた父は、家臣へ叫んだ。


「重綱が“普通ではない”と申される!

 前陣、無理に押すな!!

 後列、槍を構えなおせ!!!」


 その瞬間、敵の隊列がわずかに乱れた。


(……見つけた)


 敵の中に――

 一人だけ、動きが異様に滑らかな武者がいた。


 周囲の兵とは明らかに違い、

 槍の間合い、足運び、角度、呼吸、

 すべてが緻密に計算されている。


(あれが……揺らぎの正体か!?)


 私は震えた。


 あの武者の動きは――

 まるで“現代の格闘理論”を取り入れているようだ。



 その武者が前へ出て、

 雪を切り裂くような鋭い突きで味方の槍を折り、

 いとも容易く兵を薙ぎ倒していく。


「ぐあっ!」

「くっ、はや……っ!」


(速い……ただ速いのではない。

 “最適化された動き”だ)


 父が歯を食いしばる。


「なんだあの武者は……!

 見たことがない……!」


(私と……同じ“原理”で戦っている)


 胸の奥で強い警告音のような感覚が走る。


(間違いない。

 あれは――輪廻に干渉する“もう一人の観測者”だ!!)



 私は乳母の腕から身を乗り出し、叫んだ。


「……あれ……とめる……!

 おと……さま……!」


「重綱!?」


 父は目を見張り、叫ぶ。


「弓隊!!

 あの武者を狙え!!

 重綱の指示だ!!」


「応!!」


 だがその武者は、弓の狙いを読むかのように動き、

 矢を避け、斬り落とし、地面を滑るように位置を変えた。


(やはり……!

 これは偶然ではない!!

 “未来の動き”を知っている……!)


 まるで私と同じ“知識体系”を持つ者の戦い方だ。



 父が私に叫ぶ。


「重綱! どうすれば……!」


(父上……

 この時代の戦術では対応できない。

 だが“現代の運動理論”を応用すれば……

 あの動きには“弱点”がある)


 私は深く息を吸い、

 冷たい空気で肺が痛むのを感じながら、

 はっきりと言った。


「……あし……!

 あしの……うごき……とめる……!」


「足を……止めろ!?

 どうやって……!!」


「……した……つぶす……

 ゆき……おとす……!」


 父は叫ぶ。


「弓隊!!

 あの武者の“足元の雪”を狙え!!!

 矢を地面へ集中させよ!!!」


「了解!!」



 次の瞬間。

 弓隊が一斉に矢を放ち――

 武者の足元の雪を砕いた。


 雪が崩れ、足場が沈む。


「……っ!!」


 わずか一瞬。

 だが、その一瞬の乱れが決定的だった。


 敵の武者は足を取られ、動きが止まる。


 父がすかさず叫ぶ。


「槍隊!!

 今だ――押し込め!!!」


「うおおおおおっ!!」


 槍の雨が敵武者を囲み、

 ついに――その動きを止めた。



 戦いが終わると、

 雪原には静けさが戻った。


 父は私を抱きしめ、震える声で言った。


「重綱……

 いったい何を見ている……?

 あの武者の動きは……まるで、お前と同じようだった……」


(父上……

 そう。

 あれは――私と同じ“時を超えた存在”の可能性がある)


 胸の奥で、あの揺らぎが再び響く。


(河越家の歴史を導くのは私だけではない。

 もう一つの意識が……

 この時代へ干渉している……)


 私は空を見つめ、静かに震えながら確信した。


――輪廻の敵が動き始めた。


 歴史を変えようとする私の前に、

 別の観測者が立ちはだかる。


 戦は、まだ始まったばかりだった。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。

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