第11話 揺らぐ観測:見えざる影
斜面の戦いから数日が経った。
雪は相変わらず厚く積もり、空気は肌を刺すように冷たい。
しかし河越勢の士気は下がらず、むしろ増していた。
槍は折れず、馬は疲れず、行軍は早く、
伏兵にも罠にもかからず勝利を重ねる――
兵たちは“勝ち慣れ”しはじめていた。
その光景は、私にとっては危険の兆候でもある。
(勝利そのものが“油断”を生む。
歴史の戦場では、慢心こそ最大の敵だ)
私は乳母の背に揺られながら、
行軍する兵たちの様子を見つめていた。
◆
その日の夕刻。
河越勢は雪原の中で陣を張り、焚き火の火を囲んで休息した。
「今日も重綱さまのおかげだ!」
「まさかあの伏兵を見抜くとは……」
「戦神の子よ……!」
(戦神扱い……もう止められないな)
だが、私は気が気ではなかった。
――あの日感じた“量子の揺らぎ”。
――あの感覚は、決して錯覚ではない。
あれ以来、胸の奥で時折ざわつきが生じる。
それは、過去の輪廻ではなかった現象だ。
(誰かが……何かが……この時代の“観測”に介入している)
私はまだ小さすぎて言葉にできないが、
この揺らぎが示す意味はひとつだけだ。
――私以外の観測者がいる。
◆
夜、父が私を抱いて言った。
「重綱……そなたは今日、少し顔色が良くなかった。
疲れているのか?」
私は父の視線の奥に、優しさと不安が同居しているのを感じた。
(父上……
本当に危惧すべきは、疲労ではない。
この戦場に“異物”がいる気配だ)
私は首を振り、小さく告げた。
「……だいじょうぶ……
でも……みえない……なにか……ある……」
「見えない……何か……?」
父は眉をひそめ、家臣たちと視線を交わし合う。
「重綱が……何かを感じているのか?」
「これは……警戒すべきかもしれぬ」
その場にいた家臣は一斉に緊張を強めた。
「重綱さまが“見えざるもの”を感じるとは……
これは、ただ事ではない!」
(いや、違う……
感覚は戦場の敵ではなく、もっと遠い、もっと深い存在……)
しかし私はそれを説明できない。
説明したところで理解されることもない。
◆
翌朝。
河越勢は再び北へ向け進軍を開始した。
前方には丘陵地帯が続き、
森が左右に広がり、雪の下で音を吸い込んでいる。
風は弱く、空気は重い。
妙に静かな朝だった。
(……妙だ。この静けさは自然ではない)
私は乳母に抱かれながら、森の奥を観察する。
その時――
胸の奥で、あの“ざわつき”が強まった。
(来る……!)
私は父の背に手を伸ばした。
「……まえ……あぶない……!」
父の表情が引き締まり、即座に号令する。
「全軍停止!!
盾持ち前へ! 弓隊、構え!!」
兵たちが慌てて陣形を整えた。
数秒後。
森の奥から、
黒い影が一斉に飛び出した。
「伏兵だッ!!」
「ぐああっ!」
雪原を裂くように、鋭い突撃。
だが――
(この“気配”。
普通の伏兵ではない……!)
動きが“早すぎる”。
兵たちを一撃で貫く槍、
驚くほど統率の取れた足並み――
まるで“未来の戦法”を知っているかのような軍勢。
(誰だ……?
この時代に、こんな連携を取れる者などいない……!)
◆
父は槍を掲げ、叫ぶ。
「怯むな! 前へ!!」
槍隊が前進し、敵とぶつかり合う。
しかし、敵の一撃は異様に鋭かった。
「な、なんだこの槍さばきは!?」
「速すぎる……!!」
(これは……明らかに“私と同じ発想”が混じっている)
私は父へ必死で告げた。
「……ちがう……
ふつう……じゃ……ない……!」
「普通ではない……?」
私の緊張に気づいた父は、家臣へ叫んだ。
「重綱が“普通ではない”と申される!
前陣、無理に押すな!!
後列、槍を構えなおせ!!!」
その瞬間、敵の隊列がわずかに乱れた。
(……見つけた)
敵の中に――
一人だけ、動きが異様に滑らかな武者がいた。
周囲の兵とは明らかに違い、
槍の間合い、足運び、角度、呼吸、
すべてが緻密に計算されている。
(あれが……揺らぎの正体か!?)
私は震えた。
あの武者の動きは――
まるで“現代の格闘理論”を取り入れているようだ。
◆
その武者が前へ出て、
雪を切り裂くような鋭い突きで味方の槍を折り、
いとも容易く兵を薙ぎ倒していく。
「ぐあっ!」
「くっ、はや……っ!」
(速い……ただ速いのではない。
“最適化された動き”だ)
父が歯を食いしばる。
「なんだあの武者は……!
見たことがない……!」
(私と……同じ“原理”で戦っている)
胸の奥で強い警告音のような感覚が走る。
(間違いない。
あれは――輪廻に干渉する“もう一人の観測者”だ!!)
◆
私は乳母の腕から身を乗り出し、叫んだ。
「……あれ……とめる……!
おと……さま……!」
「重綱!?」
父は目を見張り、叫ぶ。
「弓隊!!
あの武者を狙え!!
重綱の指示だ!!」
「応!!」
だがその武者は、弓の狙いを読むかのように動き、
矢を避け、斬り落とし、地面を滑るように位置を変えた。
(やはり……!
これは偶然ではない!!
“未来の動き”を知っている……!)
まるで私と同じ“知識体系”を持つ者の戦い方だ。
◆
父が私に叫ぶ。
「重綱! どうすれば……!」
(父上……
この時代の戦術では対応できない。
だが“現代の運動理論”を応用すれば……
あの動きには“弱点”がある)
私は深く息を吸い、
冷たい空気で肺が痛むのを感じながら、
はっきりと言った。
「……あし……!
あしの……うごき……とめる……!」
「足を……止めろ!?
どうやって……!!」
「……した……つぶす……
ゆき……おとす……!」
父は叫ぶ。
「弓隊!!
あの武者の“足元の雪”を狙え!!!
矢を地面へ集中させよ!!!」
「了解!!」
◆
次の瞬間。
弓隊が一斉に矢を放ち――
武者の足元の雪を砕いた。
雪が崩れ、足場が沈む。
「……っ!!」
わずか一瞬。
だが、その一瞬の乱れが決定的だった。
敵の武者は足を取られ、動きが止まる。
父がすかさず叫ぶ。
「槍隊!!
今だ――押し込め!!!」
「うおおおおおっ!!」
槍の雨が敵武者を囲み、
ついに――その動きを止めた。
◆
戦いが終わると、
雪原には静けさが戻った。
父は私を抱きしめ、震える声で言った。
「重綱……
いったい何を見ている……?
あの武者の動きは……まるで、お前と同じようだった……」
(父上……
そう。
あれは――私と同じ“時を超えた存在”の可能性がある)
胸の奥で、あの揺らぎが再び響く。
(河越家の歴史を導くのは私だけではない。
もう一つの意識が……
この時代へ干渉している……)
私は空を見つめ、静かに震えながら確信した。
――輪廻の敵が動き始めた。
歴史を変えようとする私の前に、
別の観測者が立ちはだかる。
戦は、まだ始まったばかりだった。
どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。
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