表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千年の時を巡り、滅びの歴史を書き換える。 ――河越家は、もう二度と沈まない。  作者: 空識


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/32

第10話 戦場の観測者

 奥州の雪は次第に深さを増し、

 森には凍てつく静けさが満ちていた。

 しかしその静寂の下、戦は確実に進行し、

 河越勢は前線の重要な戦力として再配置されつつあった。


 私は相変わらず乳母の背に負われながら、

 行軍の列の中で周囲を観察している。


(積雪は昨日より七寸深い……

 このまま進めば、馬の脚力が先に限界を迎える。

 雪上での行軍効率は、地表の凍結具合と勾配で決まる)


 風向き、雪の密度、兵の姿勢、馬の息、

 敵が潜む気配、地形のわずかな起伏――

 私はすべてを観測し、頭の中で地図に落としていた。


 この時代の武士は“体感”で判断する。

 だが私は違う。


(科学で判断する。それが私の仕事だ)



 行軍中、前方から斥候が駆け戻ってきた。


「報告! この先に敵の陣営あり!

 しかし妙です……槍を立ててはいますが、人数が少なすぎる!」


「伏兵か……?」

「雪の中で待ち伏せとは厄介だぞ……」


 家臣たちの声がざわつく中、父は私をちらと見る。


「重綱……そなたは、どう思う?」


(ありがたい父上……聞くべき相手は正しい)


 私は冷えた空気を吸い、

 敵の陣地方向に眼を細めた。


(雪煙の上がり方……足跡の密度……

 風下に漂う“血の匂い”……

 これは……)


 私は小さな手で父の鎧をつかんだ。


「……ちがう……

 おとり……」


「囮……!」


 父は即座に判断し、家臣たちへ叫んだ。


「全軍停止!!

 陣形を乱すな! 敵は囮を置いて後方に伏兵を潜ませている!」


 家臣たちが驚愕に目を見開く。


「まさか……あのわずかな敵が囮……?」

「重綱さまがそう申されるのだ! 従え!」


(そう、これは典型的な“引き込んで包囲する罠”。

 だが、まだ根が深い。

 この伏兵は二段構えだ……!)



 私は続けて、斜面の方向を指差した。


「……うえ……

 みえない……」


「上……?」


 父はすぐに斥候を呼んだ。


「斥候!

 斜面上方を調べよ!」


 数人の斥候が雪の中へ消えていき、

 戻ってきたときには顔が青ざめていた。


「報告!

 敵、斜面の上に多数潜伏!

 矢を放つ構えです!!」


「なんと……!」

「二段伏兵とは……!」


 父は怒号のように命じた。


「すぐに陣形を組み直せ! 盾持ちは前列!

 弓隊は斜面上方を牽制!」


 私は続けて、雪を掴み握りしめ、父へ見せた。


「……すべる……

 した……」


「滑る……?」


(この斜面、雪が薄くて下が凍っている……

 敵が矢を放とうとしているが、

 ここで突撃してくれば……)


 私は短く言った。


「……くる……おちる……」


 父は即座に理解した。


「敵は斜面を使って、勢いをつけて突撃するつもりだな……!

 だが雪下は氷……足が滑る!!」



 そう、敵は“突撃で雪崩のように押しつぶす”戦法を取る。

 だが、この斜面は薄雪の下が氷になっている。

 滑落して隊列が崩壊するのは敵の方だ。


 私は父へ手を伸ばし、最後の指示を出す。


「……まえ……

 いし……まく……」


「石を……撒けと?」


 父は迷わず命じた。


「斥候隊!

 斜面中腹に石を撒け!

 氷を砕け! 足場を壊せ!!」


 家臣たちが雪をかきわけて石を運び、

 斜面中腹へ散らばった石を投げ込み砕いていく。



 間もなく、斜面上から敵の号令が響いた。


「突撃ーーーッ!!」


 敵兵が一斉に駆け下りてきた。


 だが――

 足を踏み出した瞬間、石の破片が滑走を阻害し、

 彼らは凍った斜面に足を取られた。


「うおっ!?」「足が……!」

「ぐああっ!!」

「滑る!! 止まれ――ッ!」


 敵兵の列は一斉に崩れ、

 滑落する者が次々と雪の中へ転がり落ちていく。


 下から弓隊が放った矢が、倒れた敵を正確に貫いた。


「行け! 今だ!!」

「河越!! 押し返せ!!」


 河越勢が突撃し、

 滑落して混乱した敵兵を完全に蹴散らした。



 戦が終わると、

 兵たちは雪上に腰を下ろし、震えながらも興奮に満ちていた。


「なんという戦いだ……」

「斜面を利用した罠だったのに、逆に敵が飲まれた……」

「重綱さまのおかげだ……!」


 父は私を抱きしめ、しばらく何も言わなかった。


 やがて、静かに言う。


「重綱……

 そなたは、戦場をすべて見ていたのだな」


(見ているだけではない。

 私は“未来から逆算している”。

 この戦場の物理条件、兵たちの状態、風向き――

 すべてを計算し、最適解を導いている)



 しかしそのとき。

 私はふと、胸の奥に奇妙なざわめきを感じた。


(……これは……)


 雪の向こうから、

 わずかな“量子の揺らぎ”が流れ込んでくるような感覚。


 初めてのことだった。


 その揺らぎは、私以外の“何か”が――

 この戦場を観測しているかのようだった。


(まさか……

 この時代に“別の観測者”……?)


 胸の奥で、遠い未来の記憶が燻る。


――輪廻の演算には、必ず干渉者が存在する――


 その言葉が、過去の重綱たちの記憶から浮かび上がる。


(……つまり、これは……

 河越家を脅かす“未来の敵”の存在……?)


 私は雪空を見上げ、静かに息を吐いた。


 父が不審そうに覗き込む。


「重綱……どうした?」


 私は首を振り、短く言った。


「……まだ……

 ここ……くる……」


「まだ来る……?」


 父は驚き、すぐに家臣を集めた。


「警戒を強めよ!

 重綱が“敵がまだ来る”と申した!」


「はっ!」


(違う……

 この敵は“この場の敵ではない”。

 もっと大きな、もっと深い敵……

 輪廻そのものを脅かす観測者だ)


 だが、その正体が何なのかはまだ見えない。



 私は深く息を吸い込み、心の中で呟く。


(河越家の未来は順調に伸びている。

 しかし同時に、“別の力”も動き始めている)


 焚き火がぱちりと弾ける。


 白い雪の中、私は確かに感じた。


――これからが本番だ。


――歴史の流れを変えるだけでは足りない。


――輪廻の敵と戦う必要がある。


 幼い身では抱えきれないほどの使命感が、

 静かに私の胸を燃やしていた。

どうぞ気軽に読んでいただければ幸いです。


ブックマーク・ポイント⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️・感想など、励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ