第5話:ドルゴジェヴ②
傭兵が嫌な理由。
もっと言うなら、傭兵という職業になりたいとは思わなかった理由。それは命を賭けるつもりがないから。
不士にとっての仕事探しは二つの意味を持っている。カミルに今日までの恩を返し、またこれ以上必要以上に世話にならないようにという心。
それともう一つ、
人生とは何なのか。それを探すためである。
命を賭けるというのも、当然だが他の職業が命をかけるほどではないとか、そこまで苦しくはないからということで言っているわけではない。不士にとって傭兵をはじめとした戦う職業は、いつ命を落とすか知れない職業で、とりわけその確率が非常に高いものだ。そして生きていなければ、命の意味を、人生とはなんなのかを、それらを探す時間は少なくなる。だから不士はまず、"傭兵"という選択肢を捨てた。
それがこの男と会うまでの不士の考え方というものだった。
男は無精髭を生やし、ウェーブのかかった茶色い長髪を垂らした、ある種カヤとは正反対の印象を持つ男である。服装はワイシャツに近いような、カミルの着ているものと似たような白い服に茶色のベスト、茶色のふくよかですすれたズボン、そしてそれを膝まで覆って包み込み、縛り上げた麻かリネンの布の靴。175cmはありそうな長身で、自信たっぷりに深く椅子に腰掛けていた。
「いい案というのはなんだろうか、気になるな」
不士が少し呆気にとられた間に、先にカミルが返答した。長身の男は"待っていたと言わんばかりに身を乗り出し、横に座る同業らしいスキンヘッドの男がやめておけと軽く静止するような動作をしたのをまるで意に介さず、不士とカミルの方を向いた。
「職をお探しなら、ウチで働いてみるのはどうだろうか?」
これを聞いてカミルと不士は顔を見合わせる。もちろん、彼はそれが言葉たらずな提案であることは十分把握していたので、つまり傭兵をやってみないかと続けた。
この提案はカミルと不士のふたりにとっては最後の案で、他の仕事が見つからない場合の最後の手段であったし、不士は当然少し悩むように腕を組んだ。
「お二人とも傭兵はあまり好かないかな?」
長身の男が再度尋ねてきた。
「いや、私が好かないというより、むしろこの子の想定していた就きたい仕事にはなかったゆえ、いまからそれを、さてどうしたものか話そうと思っていた次第です。」
カミルが不士の代わりに答え、不士も"はい、その通りです。"と答えて言葉に詰まる。
なんというか煮え切らない答えに長身の男は功を焦り、つまり君はどう思う?と言いかけたところで、横の男に肩を掴まれて静止された。
「ジャスタス、まずは自己紹介をしろ。ここは市民御用達の店だぞ。無礼はあまりよくない。」
ジャスタスと呼ばれた長身の男はどうやら痛いところを突かれたような顔をして、しまったと顔に書いてあるようにわかりやすく落ち込んだ。そして今一度カミルと不士に向き直り、今度はまた背筋を伸ばしてしゃんと振る舞った。
「失敬、私はジャスタス・マルシンクス。ジャスタス・シワチ(力強き者ジャスタス)で通ってる。自称だがな。横のコイツと同じくこの街に拠点を置くポツアウォネク・ヴルシュキという傭兵ギルドに所属している。よろしく。」
コイツといってジャスタスに親指を向けられたスキンヘッドは少し驚いたような表情をしてからこちらに一礼した。
「同じくポツアウォネク・ヴルシュキのディートマー・ケッセルリンクだ。連れのお守りをしている。先ほどはいきなり失礼した。」
ディートマーを名乗ったスキンヘッドの男は丁寧に座りながら一礼すると、ジャスタスが"それで"と言って話し始める。ジャスタスは、ウチとはつまり、もうお分かりだろうがと前置きした上で、我が傭兵団に君は相応しいのではないかと思う。と誘ったのだ。
カミルとディートマーはそう言うだろうと思ったと納得し、不士は少し難しい顔をした。ジャスタスはもちろん不士のこの変化に気づいていたし、その理由を知りたかった。そしてディートマーのこの興味はすぐに行動になって現れた。
「まずは君自身、どう思う?」
どう?とはかなり大雑把な質問で、表面的にはわかりづらい質問だったように思われるが、不士はうーんと唸ったあと、すぐにジャスタスに答えた。
「俺は、仕事を探す理由は2つあって、そのうちの一つはもちろん、手に職をつけてカミルさんに恩返しするためだ。そしてもう一つは、俺が俺自身を理解するためなんだ。」
ジャスタスのこの答えに対する反応は素直だった。と言うのも10代の青年が答えた人生観の探究に、ジャスタスは自分の若き日を幻視したのだ。兄と並んで学んだ実家の机、手伝いの者らを煩わせた自分の"ごっこ遊び"。全てが懐かしく、また不士に親近感を覚え、そしてこの問題に対して、一人称で向き合うことになった。
少し思案し、そしてジャスタスは答えを出す。
「たしかに、職によって自分が何者であるか見出すことは大切だ。それは生きていく上で重要な指針になるからな。だが、ならばなおのこと、俺は傭兵も良い道だと思う。俺は賢くはない故、細かい言葉で説明はできんが、俺は今までそうやって生きてきて、自分が何であるかは何となく理解できたし、そして幸せだ。君の道も、この傭兵という道の中に見出せるかもしれないぞ。」
それは不士にとって、判断が揺らぐほどのものではなかった。故にあまり不士の判断が揺らいでいなそうなことは、三人の目にも明らかだった。ただ不士は、いやとか、だってとか、でもとか言うことはなく、そうかもしれませんねと呟くだけだった。
「不士、傭兵では死ぬ覚悟がないからと言っていたけど、君がそれを嫌がるのは死ぬことで自分が何かわかる前に死ぬと言う覚悟がないってことなのかな?」
ここまで静かに聞いていたカミルが口を開いた。不士は目を見開き、頷いた。これにはジャスタスもなるほどと納得し、しかしディートマーはいまだに状況を見ているだけだった。
「なるほど、不士、君の言いたいことはよくわかった。だからこれは勧誘ではなく、先達として一つ教えておきたいことがある。」
「なんでしょうか」
ジャスタスは自信満々に答える。
「自分が何者かわかることを目的にして何かをして、納得することはまずない。まずは何にでも挑んでみるべきだ。小さな世界で見える答えには限界がある。とにかくいろんなものに触れて初めて、その答えが見えてくる。傭兵は確かに大変かもしれん。だが、それでも触れてみる価値だけは間違いない。他の職業もだ。」
迷いのない言葉は不士にとって自分の価値観を揺らがせるには十分な力を持っていた。だがそれでも不士にとってこの答えがすぐさま変わることはなかった。人生観という大きな命題を前にして、熟考の余地は溢れかえっていたのだ。
そしてついに、ここまで話を聞いていたスキンヘッドの稲光はジャスタスに閃光を走らせた。
「ジャスタス、お前、偉そうに語るのはいいが、勧誘したところで我らのギルドでは受け持つことはないだろう?どうするつもりだ。」
ディートマー以外の三人の時間が止まった。
「ジャスタスどの。それは一体。」
カミルが恐る恐る質問すると、焦ったジャスタスは、ディートマーからすれば無理のある返答をせざるを得なかった。
「いや、ディートマー、俺はこの子に才を感じているんだ。わかるだろう?彼は筋肉質だし、俊敏そうだ。それに間違いなく強い意志を持ってる。そうだろ?きっと活躍するって」
「お前、やはり憶測だったか。いいか、実力主義は実績ありきだ。どう実績を積ませるかまで考えてからじゃなきゃ、まず入団は有り得ん。いいな。」
この2人のやり取りは、不士とカミルに親子の関係を感じさせた。ジャスタスは無邪気な子供であり、それを制止するディートマーといった具合である。もはやジャスタスが何を言おうと、勝ち目はないように思われた。それは論理的にではなく、ジャスタスの荒削りで無鉄砲な立場に対するディートマーの堅固な前提がそう思わせるのだ。
カミルはワインを少しばかり口にした。
「ではジャスタス殿、どうしてもと言うのなら、ギルド長と掛け合い、1日だけ仕事を見させてはどうです?もしかしたら不士の意見も変わるかもしれないでしょう?傭兵になること自体は一朝一夕の簡単なことです。ですが団に入るのが難しいなら、まずは興味を持つところまでを彼に勧めてみませんか?」
不士もそれでいいかい?とカミルは続けた。不士もジャスタスも、この折衷案には納得するところが大きかったので、もちろん、大丈夫だと各々が答えた。だがディートマーはまだ少し思うところがあるようで、2人に遅れて答えた。
「悪くはないと思うが、思うところが2つ、一つは団が許可するかは確証がないと言う点、まぁ言ってしまえばここは俺とジャスタスが何とかしてみよう。もう一つは、たった1日の体験で、そのように興味が変動するかどうかには自信がない。さらにはその間の彼の職はどのようにするつもりなのかな?今先ほどはそれで困っていたようだが。」
「たしかに、後者については一考の余地がありますね。どうしましょうか…」
カミルとしても、いい提案をしたつもりだったのだろうが、少し視野が狭かったかと反省する。だが反省したところで問題は解決しない。どのような案があるか考えてみようとしたが、うまくまとまらないうちに、思わぬところから声がかかる。
「では、この店で働きながら、週に1日、ジャスタス殿のところに行くと言うのはどうかな?」
「ヴラディヴォイさん!お話はもう終わったんですか?」
先ほど席を外したヴラディヴォイが帰ってきたのだ。
彼はそのまま先ほどまで座っていた椅子に腰掛けると、この店の店主も後に続いてやってくる。
「あぁ、この店についての話だがな。このところ南の騒動が原因で獣人の応募が極端に減っていて、人員が足りていないと言うのだ。そのため急遽ギルドの方で広告を打てないかと頼まれてな。」
そしてヴラディヴォイは不士を見やる。
「先ほどまでの話は少し聞いていた。不士、君が傭兵の体験を了承したのは驚きだ、どんな変化があったのやら。とりあえずそのつもりなら俺は賛成だ。そしてその間はこの店で勤めを果たし、恩を返せ。どうだ?」
不士はこの唐突な提案にも関わらず、これほどありがたいことは他にないと思い、胸の奥が熱い気持ちで溢れた。なんとしてもここで自分のために色々を模索してくれた皆に恩返しをしようと。自分が右も左も分からないこの場所で、懇切丁寧に、善意でそれを行なってくれているという実感が、たまらなく嬉しかった。
「はい!ぜひやらせてください!マスター、これからよろしくお願いします!」
深々と頭を下げた不士にたいして店の店主はおおいに驚き、申し訳なさそうに頭を上げさせた。
「むしろ礼を言うべきは私の方だ。君は礼を尽くすことができるようだし、きっとうまく仕事できるだろう。期待させてもらうよ。」
ヴラディヴォイはその間、ジャスタスとディートマーに話をしていた。三人はこの酒場での切り盛りを鑑み、毎週の6日目は朝方より傭兵ギルドの前に待ち合わせ、傭兵の手伝いを行うことになった。
「それでは、お互い自己紹介をしましょう」
カミルがこのように仲介して、お互いが自己紹介を始める。
「マレク・シマンスキ、ここストゥウの店主だ。よろしく。」
「桑名不士です。歳は17です。よろしくお願いします。」
握手を交わした2人は、早速明日から働いてもらおうと言う話になり、今日は残りの時間をスケジュール管理や服装の選定に使おうと約束して、マレクはまたあとでと言い残すと厨房に残る仕事をしに戻って行った。
カミルとヴラディヴォイは大いに不士を祝福してくれ、また傭兵の仕事についても説明を受ける。どうやらそちらにも色々と準備がいるようで、ここから先のやることは盛りだくさんらしい。
大変長らくお待たせしました。とにかく何を話すか、どんな話にするかでかなり迷い、時間がかかりましたが、今はとりあえず満足のいくものができたと思います。ここまで読んでいただいてありがとうございました!次回をお楽しみに!




