最終話……あの大きな樹とともに
馴染んだ大鳥居をくぐって横手の長い階段を上る。
もうすっかり秋を感じさせる小高い山の階段を、僕は仏花と水を入れたバケツを持ってゆっくりと登っていた。
山頂にほど近い区画にある墓石の前に立ち止り、僕は両隣に手を合わせてから真ん中の墓石に一礼をして、その周りに少しだけ生えていた草をむしった。
墓石に水をかけ、仏花を花立に供えてロウソクに火を灯した。
火を着けた数本の線香を右手で振って、線香皿に寝かせて置いた。
しゃがんでから片手念珠を手にし、静かに合掌をした。
しばらく手を合わせたあと、内ポケットから封をしていない封筒を取り出した。
「健児君、遅くなってごめんね。今日はね、君に手紙を書いてきたんだ」
『お元気ですか?
僕は今、お寺や神社の瓦を葺く屋根瓦の職人になっています。
長くこの仕事をしていますが、未だにうまくいかないことだらけで困っています。
でも、よい師匠に巡り会えましたし、周りの仲間たちもよくしてくれています。
まだまだ勉強することばかりですが、毎日一生懸命に励んでいます。
話は変わりますが、君の大好きだった名人は人間国宝になって、あの御曹司は大師匠の名跡を継ぎました。
君がもし、死出の旅路は急ぐものでもない、と僕のことをあの世で待っていてくれて、まだ閻魔様のお裁きを受けていないのだとしたら、『地獄八景亡者戯』のように、あの世で名人たちの落語会をハシゴしましょう。
それまでどうかお元気で。 さようなら』
手紙を読み終えて、もう一度手を合わせた。
立ち上がって、供えた仏花を花立から抜いて手に持ち、抜いた草をバケツに入れた。
僕は帰りがけに、今日は絶対忘れずに伝えようと思っていたことを思い出した。
「そうそう健児、カラータイマーのないウルトラマンな、あれ、映画になったんだよ」
そっちにいったら、今度は僕が君に教えてあげるよ。
それまで待っていておくれ、健児。
お墓を背に振り返ると、屋根から見える景色と同じ街並みが眼下に広がっていた。
もちろん、あの大きな樹もよく見える。
僕たちのこの街は、いつまでも変わらずここに在る。
あの日の君たちとの日常が、今日の僕をつくりあげた。
いろんなことがあったね。
みんなにとっては小さく些細な事だったかもしれないけど、どの出来事も大きく響きわたって、僕の人生をこんなにも豊かなものにしてくれたよ。
君たちとの時間は、あっという間に過ぎ去っていったけれど、どの瞬間もずっとここに在る。
あの大きな樹とともに。
了




