第五章 オジン……その6
卒業式を目前に控えたある日、話があるからちょっと来い、と親方に呼び出されていた。
事務所に入ると、親方は机に向かって何かを書いているようだった。
僕は親方の背中越しに、呼び出しは何の用なのかと尋ねた。
「親方、あらたまって何のお話でしょうか?」
「お前は今月で終わりだ、お前は今月いっぱいまでしか雇わない」
親方は振り返りもせず、僕にそう告げた。
僕は突然の解雇告知に驚いた。
「どうしてですかッ? 僕、何か失敗でもしましたかッ? 納得できません! 理由をッ、理由を教えてくださいッ!」
僕が語気を強めて詰め寄ると、何やら紙を折りたたんでいるような仕草を見せた親方は、こちらに向き直って二通の封筒を僕に渡した。
一通は、紹介状在中と書いてあって、裏には親方の会社名と親方の名前が書いてあった。
もう一通は、封がされておらず、中には数枚の紙が入っているようだった。
親方に言われて、封をしていないほうから中身を取り出した。
三つ折りにされた数枚の紙を開いて見てみると、この業界でとても有名な、社寺建築を扱う企業の案内パンフレットだった。
会社の概略や、これまでの施工実績などが書かれており、所在地と地図が別紙で添えられていた。
「そこの人事に話を通してある。近々面接の連絡があるだろう」
「えっ? どういうことですか?」
「お前はもう、高校生じゃない。社会人になるんだ。まずはそこへ行ってもっと広い世界を見て来い」
僕が突然のことに立ちすくんでいると、先輩の職人さんたちが肩をポンポンと叩いて、
「行ってこい、親方の気持ちを無駄にするなよ」
「建物と屋根がどう造られているのかを知るのは、俺たちの仕事じゃ大事なことなんだぜ」
「大丈夫さ、俺たちが基礎を叩きこんだんだ。自信もっていけよ」
僕はその場で震えながら、初めて人前で泣いた。
何度も、親方、先輩、と言ってうつむいたまま泣いた。
親方も先輩の職人さんたちも僕には何も言わず、僕の気が済むまでずっとそばにいてくれた。
定時制高校の卒業式、純の姿は式場にも教室にも、どこにもなかった。
僕は純と卒業記念の写真を撮ろうと思ってカメラを用意して待っていたが、純は最後まで現れなかった。
僕は純に、ありがとう、と感謝の気持ちを伝えたかった。
本当は、自分が定時制高校にちゃんと通えるのか、当初不安だったんだ。
だけど純が、その存在が、僕にとってどれだけの助けになったことだろう。
最後に一言、きちんとお礼が言いたかった。
心残りだったが、僕は卒業式を済ませて、高校生活最後の一日を終えた。
その夜、僕が両親と家で食事をしていると、電話が鳴った。
母親を制して、僕が受話器を取った。
「もしもし?」
「おっ、その声はオジンだな、取ったぞ、取ったぞ!」
「え? 純かい? どうしたの? 取った……、ってなにを?」
「グランプリだよ、グランプリ!」
僕が状況を掴めずに困惑していると、バンドメンバーの男の子が純と電話口を替わって、
「オジンさん、やりました、僕たちやりましたよ! コンテストで優勝したんですよ! プロデビュー決定っスよ!」
僕は驚くと同時に、そうか、コンテストに出ていたのか、だから今日の卒業式に純はいなかったんだ、と理解した。
「オジンさん、オジンさんの詩、あの曲で優勝したんですよ!」
僕は、そうか、よかったね、おめでとう、と何度も彼らに伝えた。
もしかしたらプロを夢見ていた純たちに、多少なりともお礼が出来たのかもしれないと思った。
「オジン、あのさ、あの曲のタイトル、勝手に付けちゃったんだけど、ごめんな」
「いいよ、あの詩はもう君たちのものだからね。で、なんて曲名なの?」
あの歌の曲名には『キセキを繋ぐ』と付けたのだと言った。
「ちゃんと作詞のクレジット欄は、オジンの名前で申請したからな」
「いや、そんなのいいよ、みんなの名前にしておいてよ」
「ダメダメ、そういうのはちゃんとしておかないとな、オジンにも印税が入るんだぜ? イヤッホー」
純がはしゃいで受話器を放り投げたのか、ガシャンッゴンッガンッゴンッ、と電話口から大きな音がした。
「オジンさん、僕たちこれからレコード会社の人と打ち合わせがあるんで、帰ったらまた、また連絡しますね!」
電話を切った受話器に手を置いたまま、どうしてだか笑いがこみあげてきて僕は大笑いした。
両親は僕の様子をみて最初キョトンとするばかりだったが、訳を話すと一緒に彼らを祝福してくれた。
純たちもまた、広い世界に飛び立っていくんだ。
僕も本当にやるべきことを見つけることができた。
あとは強い意志を持ってやり遂げるだけだ、と心に決めて社会へ飛び出した。




