第五章 オジン……その1
二度目の高校一年生になった十八歳の僕は、入学式を終えて夜の教室にいた。
教室の席順は名簿順になっていて、僕は窓側の一番後ろの席だった。
僕が明日の現場詳細のメモを確認していると、隣の席に誰かが座ったのが見えた。
女の子か、と特に気にするわけでもなく僕が一瞥してメモに視線を戻すと、その女の子は声を掛けてきた。
「ねぇ、あんたってゲンエキ?」
「え? ゲンエキって?」
仕事のメモから視線を動かさずに、僕は女の子に聞き返した。
「中学卒業してそのままココに入学したのかってこと」
「いや、違うよ」
「えっ? あんた、いくつなの?」
「十八だけど? それがなに?」
「えぇぇ、あんた十八歳なの? てっきりまだ中学生かと思ったわ。なぁんだ、オジンじゃんか」
僕は馴れ馴れしく話し掛けてくるこの女の子に、中学三年生から一センチも身長が伸びてないことをからかわれたようで正直ムッとしたが、相手にしないでおこうと無視して仕事のメモに作業工程を書き込んでいると、唐突に自己紹介をし始めた。
「あたし純ね、純。現役入学、よろしくね、オジン」
「さっきからオジン、オジンって、なんなんだよオジンって」
「だって十八才だろ? 三つも年上のおっさんだから、おじさん、おばさん、おじん、おばん、のオジンだよ」
そう言うと、この純という女の子は、聞いてもいないことを一方的に話し出した。
自分にはロックスターになるという夢があること、音楽のレッスンや活動に掛かる費用を賄うために定時制高校を選び昼間は働いていること、自分には素晴らしい音楽仲間がいて、一緒に夢を追いかけているんだ、というようなことを早口でまくし立てた。
「ちょっと、聞いてるのかよ、オジン」
「だからオジンってなんだよっ……て」
僕は初めて女の子に向き直って顔を見ると、純はツインテールに髪を結っていた。
一瞬、背格好とツインテールが聡子と重なって見えたが、聡子は革ジャンにミニスカートなんて恰好は絶対にしないだろうし、なにより純は金髪だった。
「なぁなぁ、さっきから熱心に何を見てるんだよ」
と、僕の仕事のメモを覗き込んできた。
僕は入学早々、三歳年下のクラスメイトにペースを乱されっぱなしだった。
少年院を仮退院してから、保護観察期間になっていた僕は二週間に一度、先生が僕の家にいらっしゃるか、僕が伺うかして面談をしていた。
僕を二度目の高校生に仕向けた張本人でもある保護司の先生は、とても有名な像なんかが安置されているお寺の住職だった。
お寺での面談の時、お寺の吊り灯篭や木製の常花なんかを見るのが好きだった。
「ほっほう、そんなものに興味がおありですか?」
「いや、幼馴染が仏具の職人になる修行をしているので、どんなものなのかなと」
「そうですか、そうですか。それでは学校の様子でも聞かせて頂きましょうかね」
僕は、恵比須顔で飄々とした住職先生に近況を話した。
夜は定時制高校に通いながら、昼間は屋根瓦の工務店で働いていた。
十八歳になってからは、屋根の上での作業を教えてもらっていた。
自動車の運転免許を取り、自分が運転して先輩の職人さんたちと現場に向かうこともあった。
本当は定時制高校には行かず、フルタイムで仕事をやりたかったのだが、親方と住職先生の勧めを断りきることはできなかった。
職人さんたちは、十五時の休憩で僕の分の仕事が切り上がるように気遣ってくれた。
僕が初めてアルバイトに来た時、先輩たちは初日からフラフラになっていた僕たちが次の日に出勤してくるのかを賭けていたそうだ。
真夏の屋外での慣れない作業、それでなくとも身体の小さな僕が出勤してくるとは、職人さんたちの誰も思わなかったらしい。
「でもな、親方だけはお前が明日も絶対来る、って断言したんだぜ」
「あの日はどうやって家に帰ったのか覚えてないんです。気が付いたら次の日の朝になっていましたよ」
僕は高所作業用の安全ハーネスを装着しながら、苦笑いをしてその日のことを懐かしんだ。




