第四章 聡子……その10
ついにホワイトデー当日が来てしまった。
僕は、聡子には返事をしない、と決めていた。
聡子の気持ちに対する僕自身の気持ちも言葉もなかったし、なんとも思っていないとか、まさかそんなことを言えるはずもなかった。
もちろん、返事をしないことで聡子を傷つけることは、僕にも十分わかってはいた。
でも、気持ちを受け止めることが出来ないと伝えても、どのみち聡子は傷つくのだ。
考えがまとまらないままズルズルと先延ばしにしていると、野球部を辞めてしまったときと同じく、問題に向き合わずに逃げるという悪い癖が出てしまった。
そう、僕は聡子の気持ちから逃げてしまったんだ。
僕はホワイトデーの放課後、文芸部にも顔を出さず、逃げるようにして家に帰った。
あとから理香に聞いたが、その日、聡子はずっと大鳥居の大きな樹の下で僕を待っていたそうだ。
翌日、聡子は理香に会いに僕の教室にきていた。
聡子が理香と話しながらも、時折僕の方を見ているのが分かった。
僕は机に突っ伏し寝たふりをして、何かを訴えるような表情の聡子の視線から、逃げた。
結局、三学期が終わるまで、僕は聡子を避け続けた。
中学三年生になる前の春休み、電話で僕をあの大きな樹の下に呼び出した理香とケンカをした。
僕は、聡子を心配した理香に関係ない余計なことを言って、理香までも傷つけてしまった。
僕は自己嫌悪したまま、中学三年生に進級した。
中学三年になってすぐ、進路についての指導があった。
この中学から受験できる高校についての説明会、就職するもののための説明会と分けて開かれた。
説明会の後、進路指導室に僕は呼び出されていた。
僕はこの二年間、授業を抜け出したりしていたせいで成績評点と内申点がよくなかったが、新しく担任になった先生は、今からでも頑張ってみましょう、と僕に高校進学を強く勧めてくれた。
しばらく考えてみます、と一礼をして退室し、進路指導のプリントを手にして廊下を歩いていると、音楽室の前で理香とばったり会った。
春休みにケンカして以来、理香とは口を利いていなかったが、理香は音楽室の扉の前で辺りを少し見まわしてから、僕に向かってチョイチョイ、と手招きをした。
「聡子、透に告白されたよ」
僕が驚きをおくびにも出さずに聞いていると、理香は怒った口調で続けた。
「何とか言いなさいよ、アンタ……、なによ、男らしくないわねッ」
「またその話を蒸し返すのか?」
「アンタわかってんの? 相手はあの聡子だよ? 聡子はもう昔の聡子じゃなくて、だれもが憧れるこの学校のマドンナだよ? その聡子をアンタ振るの? 透に取られてもいいの?」
「なんだよマドンナって、アメリカの歌手かよ? 聡子はサトコで、聡子じゃないかッ」
「アンタ、本当にそれでいいの? いいのねッ?」
「いいも悪いも、聡子のことなんか僕にはいっさい関係ないよッ」
僕がそう言うと、背にした音楽室の中から、わっ、と泣き声が聞こえた。
理香が音楽室を覗いてみると、そこにいたのは聡子だった。
顔をこわばらせた理香は僕に目配せをして、この場から立ち去るように促した。
理香のあの慌てぶりからすると、理香も聡子がそこにいるとは知らなかったんだろう。
聡子は、最低の形で僕の返事を受け取ってしまった。
それから聡子とは、時たま廊下ですれ違うことはあっても、話すことはなくなった。
僕はこれまでサボっていた分のツケがいっぺんに回ってきて、受験勉強に追い立てられていた。
僕は、透、理香、聡子、と同じ高校を受験することにしていた。
太郎は野球の強豪校への進学を目指していた。
高校入試の合否発表の前に卒業式があって、僕たちは仲の良かった五、六人の友達と校門の前で卒業記念の写真を撮っていた。
聡子は、僕と二人並んで写真を撮ってほしいと言った。
一年ぶりに話す聡子に、僕は謝らなければいけないと思ったが、何も言えなかった。
二人並んで立つのも久しぶりだった。
以前よりも聡子の身長は伸びたようだった。
「高校受かってるといいね。もしお互い受かってたら、高校でもまた友達でいてね」
聡子はそう言って、右の手のひらをこちらに向けて、大きく手を振ってさよならを言った。




