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あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


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第四章 聡子……その9

 年が明けて、かなり伸びた頭髪を茶色にまた染め直した。

もうホウキのような髪ではなくなった僕は、恰好だけはどこから見ても不良に見えたろう。

なんとなく、ただなんとなく不良っぽい恰好を楽しんでいるだけの毎日で、何か目的を持ったりすることもなく勝手気ままに過ごしては日々だけが過ぎていった。

 ある日の放課後、渡り廊下から出た中庭で聡子が待っている、と理香が僕に言った。

僕は、わざわざ呼び出すなんてどうしたんだろう、と中庭に向かって急いだ。

「ごめんね聡子、待った? なにか用?」

後ろに手を組んで、少しうつむいて待っていた聡子は、僕に気付くと二、三歩近づいてから赤い小さな手提げの紙袋を、うつむいたまま両手で差し出した。

僕が驚いてそれを受け取ると、小さな頃の聡子を思い出させるようなか細い声で言った。

「あのね、手紙を書いたの。それでね、ホワイトデーに、返事を、聞かせて欲しいの」

聡子の頬は、僕が白うさぎのようだと言った、あの日と同じ色をしていた。

「私、待ってるから」

僕は聡子の言ったホワイトデーという単語で、手渡されたのがバレンタインデーのチョコレートだということにようやく気付いて、小走りに去っていく聡子を目で追いかけた。

バレンタインデーとホワイトデーというイベントとその意味くらいは知っていたのだが、僕にとってそれらは自分が住む世界とは異なる世界の出来事のように関心の薄いものだった。

僕が手渡された小さな手提げの紙袋をもって廊下を歩いていると、誰からもらったのかと友達がしつこく聞いてきたが、答えずに一人で家に帰った。

家に帰り、自室でチョコレートに添えられた手紙を読んだ。


『突然のことで、驚いたと思います。

覚えていますか? 小学二年生の時、白うさぎの絵を見て、私のようだとあなたは言ってくれました。

私、すごくうれしかった。

逆上がりの練習、覚えていますか?

ビルよりも高い大鳥居の大きな樹を私に見せるために、あなたは私に背中を貸してくれました。

あの時に見た景色は、いまでもはっきりと覚えています。

いなばの白うさぎの劇で白うさぎに立候補したのは、あなたが私を白うさぎのようだと言ってくれたからです。

本番に向けて不安だった私を、あなたは励ましてくれました。

覚えていますか? 小学校のとき、いつも私と手を繋いで歩いていたこと。

覚えていますか? 私と手を繋いでダンスをしたこと。

私は、ずっとずっと、覚えています。

あなたは私のことを変わったと言いましたが、私はあなたと手を繋いでいた時と、なにも変わっていません。

もうずっと前から、あなたと私は手を繋いでいませんが、私はまた、あなたと手を繋いで歩きたいと思っています。

あなたのことが好きです。

あなたの気持ちが聞きたいです。

ホワイトデーの放課後、大鳥居の神社の大きな樹で待ってます。   聡子』


読み終わって、僕はしばらく何も考えられなくなった。

聡子が、そんな風に僕のことを想っていたなんて、夢にも思わなかった。

僕は聡子のことが、好き、ではあったが、太郎や透や理香と同じように、好き、だった。

好き、という感情はあるし、分かる。

ただ、恋愛感情の好き、異性を愛している、という精神状態が分からないでいた。

友達の中でも、誰それと誰それが恋人同士とか、付き合っているとかは耳にしていたが、友達以上の異性の友達、という存在は、自分では全く理解できないものだった。

恋ごころ、というものだろうか、中学二年生にもなれば、誰しも一度は抱いたことがあるのだろうか?

異性を意識する、女の子を女の子として意識する、考えれば考えるほど、僕には理解できなかった。

考えたところで答えなんて見つかるはずもなかった。

そもそも感情というものを頭で理解しようとすること自体、どだい無理なことではないか?

僕には男と女の境界線というか、この子は男の子、この子は女の子、というような友達に対する性別の意識がほとんどなかった。

体の成長が遅いせいなんだろうか?

僕だって男の子なのにな。

きっと僕には、この手の感情に欠陥でもあるのだろう。

そんなことよりも、聡子は返事が欲しいと言ったのだ。

返事というのは当たり前だが、自分の気持ち、意思を伝えることだ。

僕は、この告白に対する自分の気持ちも意思も分からなかった、いや、分からないというより、無かった、が正しかった。

誰かに相談しようかとも考えたが、相手は学校の人気者、あの聡子だ。

変に噂が広まってしまうことは避けたかった。

どうしていいのかわからないまま、時間だけが過ぎていった。

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