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あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


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第四章 聡子……その6

 学芸会当日、僕たちの演目順は、二年生の合奏の後、午前の一番最後だった。

二年生の合奏を舞台袖で横目にしながら、僕たちは準備に追われた。

といっても、僕はワニザメの被り物を着けるだけで大した準備もなかったので、神さまが担ぐ大きな袋にスポンジを詰めていた透の手伝いをしたりしていた。

長い耳のヘアバンドと、まん丸の尻尾をつけた聡子は、目をつぶって何度も深呼吸をし、小さな声で「大きな声、大きな声」とつぶやきを繰り返していた。

着物の仕立て職人のお父さんが作った衣装で現れた理香は、緊張した面持ちで立っていた。

透は余裕があるのか、舞台袖の緞帳の隙間から来賓席にいる自分の両親を探していた。

大勢の神さま役の一人である太郎は、舞台袖の階段の下でなぜだか投球フォームの確認をしていた。

皆それぞれの準備をして、出番を待っていた。

僕はといえば、一つしかないセリフの順番を何度も確認していた。

合奏が終わり、引き上げてくる二年生と入れ替わりながら舞台に陸地と海の背景を並べると、聡子はすでに舞台の上手に立って目を閉じていた。

先生は皆の準備が出来たことを確認して、冒頭のナレーションをマイクで読み上げた。

同時に幕が上がると、聡子は大きな声を出して最初のセリフを言った。

「海の向こうにある、いなばの国に行ってみたいなぁ」

はっきりとした聡子のセリフは、来賓席の一番後ろにまでしっかりと届いた。

と同時に、聡子は劇中の役に完全に入り込めたようだった。

聡子は小さな体で舞台いっぱいに跳ね回り、生き生きと演技をした。

僕は他のワニザメ役の子たちと、舞台の上で横一列に並んだ。

そして、聡子はワニザメの前をピョンピョンと跳ねながら、数を数えだした。

列の終盤でワニザメに騙したことを白うさぎが告げると、

「うさぎめ、騙したなぁ!」

僕は唯一のセリフを発した。

それが合図となって何人かのワニザメ役で白うさぎを囲い、体操服を脱いだ聡子を置いて舞台を下手に捌けていった。

僕の出番はこれで終わりだったが、舞台袖からみんなの一生懸命な姿を見ていた。

物語の終盤になり、自分の出番を終えて舞台袖に戻ってきた聡子を、僕は出迎えた。

「サトコちゃん、やったね、すごく良かったよ」

「ありがとう、わたしの声、どうだった?」

「すごく大きな声で、よく聞こえていたよ」

「よかった、わたし、ちゃんと出来たのね、よかったッ」

聡子は自身の成し遂げたことをようやく実感したのか、両手で顔を覆って泣いていた。

その時、客席から理香の容姿を揶揄する高学年男子の声が聞こえて、会場から、どっ、と笑いが起こった。

騒々しくなった児童たちを先生が鎮めると、流れを断ち切られて棒立ちになっていた演者を透が引っ張って、何とか劇を立て直した。

理香を侮辱された聡子は、さっきまで感じていた達成感の余韻から完全に醒めていた。

劇が終わり、引き揚げてきた理香のもとへ聡子は駆け寄っていったが、振り払うように衣装を着たままの理香はどこかへ走り去ってしまった。

「待って、待ってリカ、リカッ」

理香に拒絶され、泣きじゃくってしまった聡子は、先生に「どうしよう、どうしよう」と何度も聞いた。

「先生が理香さんのところへ行きますから、皆さんは教室に戻って給食の用意をしてください」

僕たちは先生の指示通り、教室へ戻って給食を食べた。

結局、給食の時間に理香は教室に戻ってこなかったが、「理香さんはご両親と一緒に今日は帰りましたので安心してください」と先生が言った。

僕たちの学芸会は、こうして幕を閉じた。


 次の日、聡子は理香と一緒に登校してきた。

だが、少しだけ二人の様子がいつもと違って見えた。

表面上いつもと同じように振舞っているかに見えたが、聡子が理香を気遣い、なにかとエスコートしているのだ。

二人の関係性はより親密になったようだが、どこか逆転したかのようにも見えた。

僕は二人にどう声を掛けて良いのかも、分からないままだった。

学芸会以降、クラスには一体感が生まれていた。

それぞれが、それぞれにやるべきことをやり、時には支え合って一つのことを成し遂げた連帯感を共有していた。

透は、練習から本番終了まで学級委員長としての責務を果たせたことからくる自信を漲らせていた。

周囲もそんな透を認めていて、男子からも女子からも信頼されるようになった。

そして聡子は、学芸会後に見違えるほどの変化を遂げていった。

声を出して笑うことが増え、授業で手を上げることも多くなった。

男子にからかわれても、少しは言い返せるようにもなった。

いつも理香の後ろに隠れていた、あのおとなしく、泣き虫な女の子はもういなかった。

学芸会の経験は、影を落としてしまった理香とは対照的に、聡子を明るく活発な女の子に変えた。

四年生に進級したとき、列の先頭に並ぶ僕の隣に聡子はいなかった。

僕よりも少し身長が高くなった聡子を見て、置いていかれたような気がした。

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