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あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


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第四章 聡子……その5

 運動会が終わると、学芸会でやる劇の配役決めがあった。

僕らのクラスの出し物は、以前聡子に薦められて読んだことがある『いなばの白うさぎ』だった。

意外なことに、聡子は白うさぎ役に立候補した。

授業で手を上げることもほとんどなく、いつもおとなしくクラスの出来事を静観していた聡子が、自分から進んで何かに取り組む姿に、僕は正直驚いた。

オオクニヌシノミコト役には、二学期でも学級委員長になっていた透が立候補した。

理香はくじ引きでお姫さま役に決まり、太郎は大勢の神さまの一人、僕はワニザメの一匹に決まった。

聡子は本を読み慣れていたからか、それとも知っている話だからか、ほかの演者のシーンまで台本をすぐに覚えた。

透も長いセリフに感情を込めて、上手に演じていた。

僕のセリフはたったの一行で、そのセリフも誰のセリフのあとなのかを何度も確認してしまう体たらくだったから、透の練習風景を見て僕には真似できないなと劣等感を感じた。

最初は嫌々参加していた理香だったが、お父さんがお姫さまの衣装を作ってくれることになっているらしく、気持ちを切り替えて取り組んでいた。

学級委員長の透が皆の盛り立て役となって、率先して練習の先頭に立っていた。

 学芸会が近づいてきて、本番と同じ衣装を着けて練習をするようになった。

僕は図工の時間に作ったワニザメの被り物を着けるだけだったが、透と理香はなかなか本格的な衣装を用意していた。

聡子は、肌色の長そでシャツに長そでの白い体操服を重ね着していて、頭に長い耳のヘアバンドと、まん丸の尻尾を着けていた。

うさぎが皮を剝がれた姿は、上に着ている白い体操服を脱ぐことで表現するようだ。

練習が終わった放課後、教室からクラスメイトが下校していく中、ランドセルを背負った聡子は、両手で持った長い耳のヘアバンドをじっと見つめて、なにやら浮かない顔をして窓際に立っていた。

「サトコちゃん、どうしたの? 帰らないの? リカちゃん待ってるの?」

「ううん、リカは弟を迎えに先に帰っちゃったの」

「そうなんだ、じゃぁ一緒に帰ろうよ」

そう言って、僕はいつもの癖で左手を出して聡子の右手を握った。

一瞬、聡子はびっくりして僕の顔を見たが、すぐに下を向いた。

そして、僕が握った左手を握り返した。

三年生なのに男女で手を繋いで歩いている僕たちを見て、すれ違う男子が冷やかしてきたが、僕はなぜ冷やかされるのか不思議に思うくらいで、全く気にならなかった。

聡子は男子にからかわれるたびに、僕の手を強くぎゅっと握ってきて、繋いだその手を離すことはなかった。

「サトコちゃん、すごいね、みんなのセリフ全部覚えてるんだね」

「何回も台本を読んだからかな、なんだか覚えちゃった」

「トオルくんもすごいよね、上手だよね。ボクにはとてもあんな風にはできないよ」

「そんなこと、ないと、思うよ」

聡子は小声でそう言うと、さっき窓際に立っていた時のような表情を浮かべた。

「サトコちゃん、どうしたの? 具合悪いの?」

「ううん、大丈夫だよ。ただね、本番でちゃんと出来るか心配なの」

「どうして? セリフも完璧だし、上手にできてるよ」

「でも、本番のことを考えると、ドキドキして怖くなってくるの」

「じゃぁさ、大きな声を出すといいよ。野球でも大きな声を出すと元気が出て上手にできる気がしてくるんだ」

「大きな声?」

「うん、だから大きな声で最初のセリフを言ったら、あとはきっとうまくいくよ!」

「わかった、わたし大きな声を出してやってみる!」

聡子は僕の左手を放し、さっきまで僕と繋いでいた右の手のひらをこちらに向けて、大きく手を振ってさよならを言った。

僕が聡子と手を繋いで歩いたのは、これが最後だった。

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