第四章 聡子……その2
小学二年生に進級しても、僕は列の先頭に立って整列していた。
隣に並んでいるのは、やっぱり聡子だった。
僕の小学校では、急にいなくなっても分かるようになのか、はたまた他に何かの意図があったのか、低学年の児童が整列して歩くときは隣同士と手を繋ぎ、並んで歩くことになっていた。
聡子とは一年生から事あるごとに、手を繋いで歩いた。
運動会の入退場の行進、教室の移動や遠足も、手を繋いでおしゃべりをして歩いた。
聡子は運動は苦手だったがスポーツを見るのは好きなようで、お父さんの影響でとりわけプロ野球が好きだった。
僕もプロ野球が好きで、聡子のお父さんと同じチームを贔屓にしていた。
理香のお父さんは贔屓チームの外国人選手に似てるよね、とか、たわいもないおしゃべりをして、男女の別を気にせず楽しい時間を共有できた。
聡子は本を読むことを好んだ。
教室にある学級文庫の児童文学や、偉人伝なんかをよく読んでいた。
あるとき僕は、聡子が熱心に何を読んでいるのか気になって、声を掛けた。
「サトコちゃん、何の本読んでるの?」
「これは『いなばの白うさぎ』っていう本だよ」
「どんなお話なの?」
「うさぎがね、ウソをついちゃって体の皮を剥がれちゃうの、でも神さまに治してもらう、っていうお話なんだよ」
「そうなんだ、なんだかちょっと怖いお話だね」
「全然怖くないよ、わたし、もうすぐ読み終わるから、つぎ読んでみる?」
聡子は笑顔で、僕にそう薦めてくれた。
僕は、聡子が薦めてくれた『いなばの白うさぎ』を読んでみることにした。
『むかし、隠岐の島に白いうさぎが住んでいました。
白うさぎは海の向こうに見える、大きな陸地にある因幡の国へ行きたいと思っていました。
泳いで渡るには遠すぎる陸地を眺めて、どうしようかと考えていると、海からワニザメたちがやってきて、どうしたのかと聞いてきた。
白うさぎは一つ閃いて、僕には友達がたくさんいるけど、ワニザメ君にもたくさん友達がいるね、どっちの友達が多いか数比べをしようと持ち掛けました。
僕が数を数えてあげるから、向こうの陸地まで並んでくれるかい?
たくさんのワニザメたちが言われたとおりに陸地まで横並びになると、白うさぎは数を数えながらピョンピョンとワニザメの背中を跳んでいきました。
もう少しで陸地にたどり着けるところまできたとき、本当は陸地に渡ることが目的で、お前たちには飛び石替わりに並んでもらったのだ、と白うさぎはワニザメたちに言いました。
騙されたと知ったワニザメたちは、白うさぎに襲い掛かり、体の皮を剥いでしまいました。
毛皮を剥れたうさぎが傷ついた体で泣いていると、大勢の神さまがやってきました。
神さまたちは、因幡の国に住んでいるという美しいお姫さまに求婚しに行く道中でした。
その神様たちはうさぎの話を聞き、傷を治すには海水で体を洗い、風通しのよい岩の上で体を乾かせば治る、と教えました。
うさぎは言われた通りにしましたが、傷口に塩水がしみて、風が吹くと痛みは酷くなりました。
かわいそうなことに、うさぎは大勢の神さまに嘘を教えられていたのでした。
そこへ大きな袋を担いだ神さまがやってきました。
この神さまは、先ほど通った大勢の神さまの荷物を一人で運ばされていました。
神さまはうさぎをたいそう哀れに思い、川の真水で体を洗って、蒲の穂綿に包まって休むとよい、と教えてくれました。
うさぎが言われた通りにすると、体から白い毛が生えて、うさぎは元通りの白うさぎになりました。
白うさぎは神さまに、お姫さまが選ぶのは心の優しいあなた様です、と言いました。
そして、神さまたちに求婚された美しいお姫さまは、白うさぎの言った通り、心優しい神さまを選んだのでした』
小学二年生だった僕がこの話を読んで、どう理解したのかは覚えていないのだが、白うさぎが治ってよかった、優しい神さまがお姫様に選んでもらえてよかった、と単純に思ったのは間違いない。
読み終わった僕は本を持って、聡子に読んだよ、と話しかけた。
「サトコちゃん『いなばの白うさぎ』読んだよ、白うさぎ治ってよかったね」
「そうだね、治ってよかったね。でも、白うさぎも騙したりしちゃいけないよね」
「うん、ダメだよね。あと、優しい神さまもよかったね」
「あの神さまはオオクニヌシノミコトっていうんだって」
「そうなんだ、サトコちゃんは物知りだね」
僕がそう言うと、聡子は謙遜しながらパラパラと本をめくりだすと、白うさぎのかわいらしいイラストのページを開いて止めた。
僕は白うさぎのイラストを見て、今日の聡子の髪がツインテールに結い上げられているのになぞらえて、こう言った。
「今日のサトコちゃんは白うさぎみたいだね、髪がこう、うさぎさんのお耳みたいで、かわいいね」
すると聡子の顔は、みるみるうちに赤くなった。
「サトコちゃん、どうしたの? ほっぺが赤いよ? うさぎさんはお目目が赤いけど、サトコちゃんはほっぺが赤いんだね」
聡子はうつむき加減でさらに顔を赤くし、本棚にこれ返してくるね、と席を立った。




