第三章 義人……その16
次の年の春、僕は定時制高校の一年生になった。
桜の咲く季節、僕は両親を花見に誘った。
花見といっても、ただ桜を眺めているだけのものだったが、喜ぶ母親を見て、あの時の償いが少しはできたように思えた。
太郎は地元の大学へ進み、大学リーグでも相変わらず白球を追いかけていた。
僕は屋根瓦職人として、十八歳になってからようやく許された屋根の上の作業に夢中になっていた。
義人は就職先を短期間で転々としていたが、おばさんとの仲は良好な関係に戻っていた。
そして時は流れ、太郎は大学四回生、僕は定時制高校四年生となり、卒業を控えた冬のある日、中学の同学年全クラスの同窓会に招待された。
久しぶりに顔を合わすクラスメイトとの昔話に花が咲いた。
就職が決まり卒論も終えて卒業旅行を楽しみにしている者、同級生同士で結婚し子供連れで来ている者、残念ながら会えなかった友達もいたが、たくさんの顔ぶれに再会できて本当に楽しかった。
太郎は大学の卒業単位を確定させ、社会人野球の名門チームに内定が決まっていた。
僕は太郎と合流すると、会場で義人に会ったか、と聞いた。
義人はこのところ珍しく仕事が続いているようで、僕たちと久しく会っていなかった。
同窓会の終了時間が近づいても、義人は姿を見せなかった。
「あいつ、もしかしたら中学の同窓会には顔を見せづらいんじゃないか?」と話していると、今しがた会場に到着した義人が、こちらを見て手を振りながら騒々しく入ってきた。
義人は高そうなスーツを着ており、大人っぽい身なりで印象がすっかり変わっていた。
「へへへっ、どうよコレ」と左袖をまくって見せると、高級そうな時計までしていた。
「いったいどうしたんだ? お前、仕事って何をやってるんだ? その仕事って本当に大丈夫なのか?」
立派になった義人を見て本来は喜んでやるべきなのに、僕たちは逆に心配になった。
「オレさ、いま小中学生向け教材のセールスをやってんだよ」
なんでも、子供がいる家庭を調べて電話を掛けたり、訪問営業をしたりする仕事なのだそうだ。
教材は安いものでも三十万円もするらしく、高いものになると百万円以上するという。
「そんな高い教材、売れるのか?」
義人はチッチッチッと、右手の人差し指を一本立てて横に振った。
「オレは優秀なセールスマンなんだぜッ」
そして、さっきまで仕事をしていたので遅れたんだ、と続けた。
確かに、誰彼構わず自分のペースで一方的に話し続ける義人にとって、セールスマンは向いているように思われた。
もっとも相手にとっては迷惑かもしれないが、もしかしたら天職とも言えるかもしれない。
そうか、義人は自分の力で自分の居場所を見つけられたんだな、そう思うと本当にうれしくなった。
太郎も義人の自信に満ち溢れた顔を見て喜んでいるようだった。
男子三日会わざれば刮目してみよ、とはこういうことなのか……。
根は相変わらず騒々しいが、義人は明らかに変わっていた。
「なんだかお前らしくないな、義人!」
大笑いしている太郎を見て、同級生たちが、なんだ、どうした、と集まりだした。
久しぶりだな、みんな元気だったか? と、落ち着いた口調で義人は同級生たちと言葉を交わす。
セールスで培った社会性と自信からくる義人の変貌に、みな驚いた様子だ。
かつてそこにあった見えない壁はなく、同級生の輪の中に溶け込んだ義人は楽し気に会話を弾ませる。
「お前たち二次会はどうするんだ? オレの母ちゃん店出したから一緒に飲もうぜ、おごってやるよ。俺の車で行こう」
そう言うと、義人は駐車場まで僕たちを案内した。
義人は高級車の前で立ち止まり、その車のドアへ、どうぞ、と手を伸ばし案内する。
「お前、何の冗談なんだよ」
「義人やめろって、持ち主が戻ってきたら怒られるよ」
「冗談なんかじゃねぇよ、こいつはオレの愛車ちゃんなんだぜぇ」
義人は笑いながら車のエンジンキーをポケットからヒラヒラと取り出し、僕たちを乗せてくれた。
「義人すごいな、稼いでるんだな」
「給料は貰ったらすぐに全額使ってるからな」
「やっぱり宵越しの金は持たない江戸っ子だな、義人は」
と、太郎と僕が笑う。
途中で花屋に寄って開店祝いの鉢植えを買って、おばさんの店に向かった。
タクシーで現地合流した同級生たちとおばさんの店に入る。
僕たちは大勢の同級生に囲まれた義人をみて驚いているおばさんにお祝いの鉢植えを渡すと、おばさんは目尻に人差し指を持っていったあと店の札を貸し切りにしてくれた。
僕たちは朝まで酒を酌み交わしながら、何度も何度も同じ昔話に花を咲かせた。




