第三章 義人……その15
僕は、以前アルバイトをした屋根瓦の工務店の前に立っていた。
昨日、親方に電話をして、相談ごとがあります、と事前連絡をしていた。
親方は、約束の時間に事務所で待っていてくれた。
「まぁ入れ」と招き入れてもらい、僕は椅子に座った。
「親方に謝らなければならないことがあります」
僕がそう切り出すと、親方は藪から棒になんだ、といった顔をした。
「僕、学校に行かず遊びまわってました、挙句に高校は退学になりました、約束を守らずにすみませんでした」と頭を下げた。
「そうか」とだけ、親方は小さく言った。
事務所の時計から秒針の音が聞こえる。
「それでお前、いまは毎日何してるんだ?」
「なにも……、してません」
僕は親方を真っ直ぐに見据え、意を決して気持ちを伝えた。
「あの、親方、僕、屋根瓦の職人になりたいんです、お願いします」そう言って、僕は立ち上がるともう一度頭を下げた。
親方は右手で頭を掻きながら、仕方ないなというような顔をして、
「日給八千円の月払い、雨の日は休み、遅刻は絶対するんじゃないぞ」と言って雇ってくれた。
僕は以前は週払いだったのに、今回はどうして月払いなんだ? と考えていると、親方は正社員見習いでの採用だ、と付け足した。
「いつから入れるのか?」
親方にそう聞かれた僕は、ポケットから軍手を取り出しこう答えた。
「今日から入れます!」
しょうがない奴だな、と言って親方は現場まで送ってくれた。
仮退院して保護観察中の僕を担当する保護司の先生は、十二年に一度、辰年にしか公開されない十一面観世音菩薩像で有名なお寺の住職さんだった。
六十歳前後の、小柄でいつもニコニコした住職先生は、僕に意外なことを言った。
「少年院でのあなたの様子を記録したものや作文などを見せてもらいました。あなたね、もう一度学校へ行きなさい」と恵比須顔を崩さずに言った。
僕は何かの冗談か、からかってでもいるのかと少しムッとしたが、この住職先生は至って真面目だった。
「次の受験となると、あなたの同級生は大学受験ですねぇ。いいじゃないですか、また同じ一年生になるのも悪くないでしょう。ほっほっほっ」と笑いながら言った。
僕は、まったく笑えない冗談を言う坊主だ、と思った。
次の日、現場での休憩中にこのことを話すと、いい話だからその先生の言う通りにしろ、と親方が言った。
学校へ行く時間は配慮してやるから、絶対にその話を断るんじゃない、と親方は半ば脅しのような口調だった。
親方にまでこう言われてしまったら、選択肢は一つしかないようなものだった。
僕は、半年以上先にある定時制高校の受験に向けて、準備を始めた。
このところ街を歩いていると、同世代の不良っぽい連中が僕のことをジッと見てくることに気が付いた。
彼らから敵意を感じることはなく、ただジッと見てくるのだ。
近所のやんちゃそうな中学生からは「こんにちは」「こんちゃーす」などと挨拶をされるようにもなった。
どうやら、紫蠍倶楽部とオリオンをまとめて振り回した少年院帰りの男、として僕のことが噂になっているらしかった。
両グループは、保護観察処分となったリーダーが鑑別所から戻って直ぐに復活していて、その勢力は以前より増しているらしい。
高校最後の夏、地区予選の決勝で惜敗し、残念ながら高校野球生活で一度も甲子園出場が叶わなかった太郎は、気持ちを切り替え受験モードに入っていた。
太郎にその話を振ると、困ったことにこの噂を流して歩いているのは義人なんだ、と言った。
ほとぼりが冷めて気が緩んでいるのか、義人は事件を自らの武勇伝のように吹聴して回っていた。
僕たちは義人を呼び出し、両グループの勢力は相変わらずなのだから刺激をするんじゃない、この話を蒸し返すようなことは慎むようにと言ったが、嘘ではない、事実なんだからいいだろと、悪びれた様子もなかった。
僕たちは、新たなトラブルに発展しないとも限らないのだからと、義人に釘を刺した。
そして、人に噂されるのを嫌った僕は、不良っぽい恰好をするのをその日限りでやめた。




