第三章 義人……その14
少年審判が行われた家庭裁判所の一室で、僕は耳を疑っていた。
「あなたの保護処分を、少年院送致、とします」と裁判官は言った。
続けて裁判官は、処分の理由を淡々と述べた。
要約すれば、友人のトラブルの解決のために、対立する両者を争わせる目的で呼び出し、計略をめぐらして乱闘事件を引き起こした張本人であると、そして放火の非行事実は重大であるということだった。
「あれは偶然による失火であって、放火ではない」と僕は抗弁したが、発言を制止されると、裁判官は、保護者の監督下になく家出の状態にあったこと、また、少年鑑別所でも事件と向き合った内容の発言もなく、反省もせずに責任から逃れている、といった調査が上がってきていることも重視していると言った。
「しばらく勉強してきてください」
最後に裁判官は僕と両親にそう言ったが、少年院なんかでいったい何を勉強するっていうんだ、と家に帰れるとばかり思っていた僕は大きく落胆した。
あっけなく、実にあっさりと僕は中等少年院に送られた。
山の中にある中等少年院。
そこは少年少女がこれから更生し、自立して社会生活を送っていけるよう手助けをするカリキュラムが組まれており、厳しいルールで縛られた全寮制の学校のようなものだった。
職業訓練の選択は仏具職人を目指す幼馴染を思い出して、木工科を選んだ。
運動の時間では、身体を動かす単純な体操を延々とやらされることもあった。
気晴らしになった鑑別所での運動時間とは違い、少年院での運動時間は過酷な訓練そのものだった。
例えばラジオ体操の『両脚で跳ぶ運動』のジャンプしながら開いて閉じるだけを、延々と何十分も続けさせられることもあった。
工務店のアルバイト以来、ろくに運動をしていなかった僕には大変キツイ時間だった。
止め、の号令が掛かるまでの時間は永遠のように感じられた。
十七歳になった日には、ケーキの代わりなのだろうか夕食時に生温かい瓶のコーラが一本出されていて、これまでの家族に祝ってもらった誕生日を思い出し、さすがにホームシックになった。
院生には等級を表したバッジがあり、退院までの目安となって励みとなる。
僕は集団寮の少年たちとうまく関係性を保てたからか、存外いじめられることはなかったが、全身に刺青を入れた少年がいじめられ、部屋の片隅で膝を抱えて泣いているところを見たりした。
窓の開け閉めでさえ毎回教官に許可を仰ぐ必要があるほどの厳しい生活は、ここが罪と向き合い償う場所であることを認識させられ、これが勉強してくるように、といった意味なのかと思った。
規則正しい生活と僕にとっては過酷な運動にも次第に慣れていき、僕はこの運動で体力にかなり自信をつけた。
そんな日々の中、僕はこれからの人生をどう再出発するのか、法務教官や院長先生とじっくり話し合った。
それから一年足らずの時間が経過して、僕は少年院を仮退院した。
少年院まで迎えに来てくれた両親が用意した僕の服は、少し大きなものだった。
そのサイズの差は、両親が期待した僕の成長と実際の僕の差なのかと思えた。
帰り道、父も母も事件については何も言わなかったが、後始末はきっと大変だっただろう、と思った。
そして、久しく帰ってなかった我が家の玄関を開けた。
驚いたことに、家はリフォームされていた。
それまでなかった内風呂があり、さっそく入って汗を流せという。
用意されていた着替えは、僕が家出をしたころに着ていたもので、皮肉なことにサイズはピッタリだった。
僕は居住まいを正して、両親にこれまでのことを詫びた。
久しぶりに家族で夕食を囲み、すっぽりと抜け落ちた家族の時間は違和感なくすぐに埋まった。
翌朝、事件の日から僕の様子を気に掛け、たびたび両親を訪ねてくれていた太郎が、仮退院の日を聞いていたらしく会いに来てくれた。
太郎は「おかえり、おかえり」と言って、僕の両肩を揺すって何度も頷いた。
僕と太郎は、少年審判で少年院送致ではなく保護観察処分となっていた義人に会いにいった。
マンションを訪ねると、おばさんは僕の顔を見るなり「迷惑を掛けました、ごめんなさい」と僕を抱き寄せて泣いた。
自室から出てきた義人が、照れくさいのか「お前ら、メシ食った?」と笑って聞いた。
昼食を義人の家でご馳走になって、僕らは公園へ行った。
あの事件では僕だけが少年院に送られ、他の逮捕者は全員が保護観察処分だったらしい。
とにかくあの出来事は大きな関心ごととして、街中の同世代では知らぬ者はいないほどの大事件となったそうだ。
あれからあの騒動は、当事者の親同士で話し合ったりして、すべての決着がついていることを太郎から聞いて知った。
僕たちの尻拭いをしてくれた親たちの偉大さに、僕は今更ながら気付かされた。
退院してからの数日はゆっくりと過ごしていたが、親に迷惑かけた分だけ早く立ち直らないとな、と考えていた。
僕には少年院の仮退院前から考えていたことがあって、そろそろ実行しようと考えていた。




