第三章 義人……その13
数日たって、太郎の存在には誰も気付いていない、ということが取調官の口ぶりで分かってきた。
どうやら高橋は、自分の腕を掴んだ人間が一体誰であったのか、わかっていなかったらしい。
高橋は、オイルライターが自分のものであることは認めたものの、誰かと揉み合っているうちに落とした、詳細は覚えていないと供述しているらしく、ほかの逮捕者の調書でも、爆発の原因となったオイルライターについて供述は取れていないらしかった。
爆発の原因については、唯一供述している僕の調書に沿って『僕が高橋から奪い、そして投げた』ということになっていた。
心配していた太郎の指紋も、どうやら検出されなかったようだった。
僕は心底ホッとした。
もう太郎に捜査の目が向かうことはないと確信できたあとは、肩の荷が下りたように気持ちが楽になった。
そして僕の中では、今回の事件は紫蠍俱楽部とオリオンが起こしたものだ、そもそも自分は被害者じゃないか、もう自分には関係のない話だ、と思うようになっていた。
そして、義人に太郎、学校の友達にも一刻も早く会いたいと願うようになった。
留置と勾留で二十二日間も留置場にいた僕は、そのまま釈放されることはなく、川沿いにある少年鑑別所へ送られることになった。
鑑別所と聞いて、僕はボクシングの名作漫画にあった、ねじりん棒とパラシュート部隊というシーンを思い出していた。
牢名主のような古参の少年が、鑑別所に来たばかりの少年をいじめる場面だ。
入所後の身体検査の後は独居房に入ったので、ねじりん棒とパラシュート部隊の心配は一先ず杞憂に終わった。
鑑別所の法務教官は、何度も僕との面談の機会を設けてくれた。
僕の生い立ちや今考えていること、これからどうしていこうと考えているのかなど、優しく話を聞いてくれたが、僕はここから早く出たいという気持ちばかりを前面に出して、まともに取り合わなかった。
悪いのは紫蠍俱楽部とオリオンの連中で自分ではない、自分は被害者だ、という意識がいつも頭に有ったので、どこか他人事のように捉え、しっかりと事件に向き合った反省を述べずに適当な内容で答えていた。
そして、何の意味があるのかよくわからないままロールシャッハテストや数的処理など、色々なテストを受けていた。
運動の時間は、数少ない気晴らしの時間だった。
晴れの日はゴムボールを使った手打ち野球で、雨の日は室内で卓球をするのだ。
少年鑑別所では、義人の顔も遠目で見ることが出来た。
佐伯と高橋の顔も確認できたが、事件関係者がお互いに接触しないように配慮がなされていた。
いつだったか、運動終わりの整列の最中にゴムボールを何度も繰り返し握っている義人が視界に入っていて、なにやってるんだ? なんて思っていると、義人の手からパンッというゴムボールが炸裂する音がして皆が驚く、ということがあった。
どこにいても義人は義人なんだな、と妙に安心した。
しばらくして独居房から雑居房に移った。
ここでも新人をいじめるといったことはなく、話してみると皆どうしてこんなところにいるのだろう? と思うような少年たちばかりだった。
ただ、育った家庭環境や現在の境遇などは、貧乏ではあったが何不自由なくといってよい生活を続けてきた僕とは全く違っていた。
少し年上の少年が僕の起こした事件について、その程度なら初犯だから少年審判のあと保護観察処分になって家に帰れる、と言った。
僕はその言葉に縋るようになった。
少年鑑別所に収監されてから何週間か過ぎ、母親が面会に来た。
「学校は退学になったわ」
深いため息をついた後、母はゆっくりと話しだした。
「お母さんね、あなたが捕まってから毎日、うつむいて地面ばっかり見て歩いていたの……。今日ね、ここへ来るとき、地面に桜の花びらがたくさん落ちてるのに気付いてね、それで上を見上げたら、桜が咲いていたの。見頃は過ぎていて、もうすっかり葉桜になっていたのだけれど……」
そう言ってから、寂しそうにこう続けた。
「こんなにたくさんの桜の樹があるのにね。お母さん、桜の花が咲いていることに、ちっとも気が付かなかったの」
そして捜索願を出さなかったのは、男の子にはそういう時期があるのだからと、父親が僕を信じていたからだ、ということを話した。
「あなたの帰る日を、一日も早く帰ってくることを、お父さんと一緒に待っているわ」
そう言い残して、母親は帰っていった。
僕は死ぬほど後悔したと同時に、親の愛情の深さを知った。
父親は僕を同じ男として信用したうえで、オートバイを買うことを許してくれ、援助もしてくれたのだった。
僕は両親の気も知らず、期待を完全に裏切ってしまっていた。
あんなに帰らなかった家に、すぐにでも帰りたくて仕方なかった。
僕は初犯だし、きっと少年審判では保護観察処分になるだろう。
あと数日我慢すれば家に帰れる、みんなにも会えるんだ、と僕は少年審判の日を指折り数えていた。




