第三章 義人……その11
展開がこんなに早くなるとは思ってなかったが、こうなることは僕の想定内だった。
僕は混乱に乗じて義人と逃げるつもりでいた。
乱闘の中、へたり込んでる義人の手を取って「義人、逃げるぞ」とオートバイの方へ向かった。
だが両陣営が揉み合ううちに、僕のオートバイは倒されてしまっていた。
佐伯に複数人で襲い掛かって勝利したらしき高橋が、逃げようとしている僕たちに気付くと、こちらに向かってきた。
「義人、二手に分かれよう! あの街灯の向こうにある小路は入り組んでいるけど、必ず裏通りからいつもの公園に出られるから!」
義人は小路に向かって転がるように逃げていった。
僕はその反対側に駆けだそうとすると、唸るような声がすぐそばで聞こえた。
「てめぇ、逃げんじゃねぇ! ふざけた真似しやがって!」
高橋は背後から僕の襟首を左手で掴むとそのまま地面に押し倒し、ポケットから右手でオイルライターを取り出して火を着けた。
「一生消えねぇ烙印を押してやるぜ」
高橋は仰向けになった僕に馬乗りになり、左手で首を押さえて顔面に火を押し付けてきた。
僕は必死に高橋の右腕を両腕で掴んで押し返そうとしたが、火はどんどんと僕の鼻先に迫ってきていた。
――ライターの火って、こんなに熱いのか……!
ダメか! と諦めかけたとき、その背後からオイルライターを持った高橋の手首を掴んで捻り上げる力強い手が見えた。
その手の主は、太郎だった。
太郎はやはり来ていた。
大鳥居の陰から、様子をずっと窺っていたのだ。
そして僕の窮地を見かねて、助けに出てきたのだった。
あれほど来るなと言ったのに……、それでも太郎が来てくれたことが僕は嬉しかった。
「痛ッてててッ」と声を上げる高橋からオイルライターを取り上げ、太郎が傍らへ投げ捨てたその刹那、
ドオォォォォォォォォォォォォォォォオオンッッッッ!!!!
大爆発が起こった。
一瞬で火柱が高く舞い上がり、熱風と火勢が周りに広がっていった。
倒れた僕のオートバイのガソリンタンクからガソリンが漏れ、投げ捨てたオイルライターの火が引火して爆発したのだ。
高橋は爆風を受けて反射的に体を交わし、僕の上から離れた。
入り乱れる両陣営もこの事態にはさすがに驚いたのか、その場にいた全員が燃え盛る炎を見て凍り付いていた。
遠くからサイレンが聞こえる。
乱闘騒ぎが始まって神社の関係者か誰かが通報したのだろうか、赤色灯を回しサイレンを鳴らした警察車両が神社に近づいて来ていた。
高橋はいち早くサイレンの音に反応し、その場から逃げていった。
オリオンにやられて気を失っている佐伯を紫蠍俱楽部の仲間が引きずって逃げようとしているのが見えた。
僕は一瞬なにが起こったのか理解できずにいたが、事態を把握すると結果的に巻き込んでしまった太郎が気になり、複数の赤色灯と燃え盛る炎に照らされた赤い景色の中に太郎の姿を探した。
太郎は燃え盛る炎を見つめ呆然と立ちすくんでいた。
「何をしているッ! 太郎、逃げろ! お前は絶対に捕まるんじゃない、こんなところでお前には躓いて欲しくないんだッ!」
太郎の両腕を掴み、早く逃げるように促した。
「でも、俺のせいでこんな……、こんなつもりじゃ……、どうしよう、俺……」
太郎は普段の姿からは想像もつかないほど狼狽していた。
「いいから行けッ! 違うよ、お前のせいなんかじゃない、お前は今日ここには来なかったんだ、いいな、もう忘れろ、でも助けにきてくれて本当にありがとう。僕、本当に嬉しかったよ、甲子園、絶対に行ってくれよッ!」
僕は両手で太郎の背中を押した。
「わかったよ、すまん、すまんな。明日また連絡するッ」
そう言い残し、太郎は全速力で暗闇に向かって走り去っていった。
傍らで喚き声が聞こえる。
逃げたはずの義人だった。
爆発音を耳にして、僕を心配して戻ってきてしまっていたのだ。
「なんてことだ……、お前の単車が燃えている。オレのせいだ」
義人は突っ伏したまま泣いて、動けなくなっていた。
「おとなしくしろ!」
警察官の声に我に帰ると、僕と義人は後ろ手にされ地面に押さえつけられた。
僕は抵抗しなかった。
ただ異常なまでの疲労感を覚え、このまま眠ってしまいたい気分だった。
周りを見ると、騒ぎに加わった何人もの人間が取り押さえられていた。
遠くから消防車のサイレンの音が聞こえた。
僕たちは数台のパトカーに別々に乗せられ、その夜は留置所で眠りについた。




