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あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


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第三章 義人……その10

 次の日の夜、僕は二十五万円を入れた封筒を上着の内ポケットに突っ込んで、オートバイに乗り大鳥居の神社へ向かった。

そして神社から少し離れた場所でエンジンを止めた。

オートバイを降りると、神社の地形や裏道に繋がった周辺の小路が自分の記憶と相違がなかったかを、何度も確かめながら歩いた。

「大丈夫、やっぱり覚えていた通りで間違いない」

時計を見た。

午後八時、さすがに早過ぎた。

約束の時間まで、あと二時間もあった。

少しずつ春が近づいてきているのだろう、さほどには冷たくもない夜風が梅の香りを漂わせていた。

僕はあたたかい缶コーヒーを飲みながら、義人を嵌めた高橋とオリオンのことを考えていた。

オリオンが僕の呼び出しに反応して神社へやってきたら吉、無視を決め込んで神社へ来なかったら凶、いや大凶か。

連中がどんな奴らか知らないが、ここまで来てくれるのなら彼らに伝えた二十五万円の用意はどちらでもよかった。

来てくれさえすればいい、必ずここへ来てくれますように、と僕は神さまに祈った。

僕は、すっかり冷めてしまったコーヒー缶を握りしめている両手の震えを、自分で止められないでいた。

今晩、たった一人で本物の不良たちに立ち向かわなくてはならない。

僕は神社の裏に停めたオートバイに跨って気を落ち着かせようとした。

お気に入りの角ばった赤いガソリンタンクを撫でながら、「いつものように僕に勇気を与えておくれ。今日は最後まで一緒にいてくれよな」と縋るように呟いた。

 神社の裏に停めたオートバイに跨ったまま、僕は車両進入禁止の境内を覗き見るように約束の時間を待った。

約束の午後十時の五分前、大鳥居の神社の境内に佐伯と仲間らしき六、七人の人影が見えた。

五分前行動かよ……、オートバイで境内に乗り付けてもないし、佐伯って意外とキッチリしてる奴なのかもなと、僕は変に感心しながら暗闇に義人の姿を探した。

居た、義人だ、約束通りちゃんと連れてきている。

あとは高橋とオリオンがきてくれるかどうかだ。

午後十時五分、誰もいないことに苛立った佐伯が、大声で誰もいないのかと叫んだ。

ダメか、連中は来なかったか……と、僕は腹を括って出ていこうとしたが、恐怖なのか緊張なのか、いや両方だろう、境内にいる佐伯たちの前まで行こうとしたが、とにかく足が竦んでオートバイを降りることも出来ず、その場所から動けなかった。

相手は名うての暴走族グループのリーダー、無理もないことだろうがそうは言っていられない。

――なにをしている、ダメだ、早くしないと義人が待っている!

佐伯の怒号が更に響き渡る。

その声にまた息が止まりそうになって全身が竦んでしまう。

――気持ちを強く持て! これは僕が始めた僕の試合だろ?

劣勢の試合の中、僕に打順が回ってきている。

義人を助けるためには結果を恐れず、打席に向かうしかないんだ。

相手任せのフォアボール狙いじゃ義人は助けられない。

とにかく打席に立って力の限りバットを振らなくては何も始まらないのだ。

――義人を助ける、そう決めたんだろ? いけ! いくんだ!

自分を鼓舞するように、僕は意を決してオートバイのエンジンを掛けた。

右手でスロットルを煽り、エンジンを空ぶかしさせて自分の気持ちを高める。

――義人! 待ってろよ、今いくからな!

乾いた排気音を響かせて、僕は車両進入禁止の境内にいる佐伯の目の前までオートバイで乗りつけた。

義人は僕がこの場に来たことに最初は驚いていたが、すぐに泣いているのか笑っているのか分からない顔になり、僕を見て何度も頷いた。

オートバイに跨ったまま、その威を借り精一杯の虚勢を張った僕は開口一番、お腹から大きな声を出した。

「佐伯だな?」

「あぁ? 誰に向かって口きいてるんだ? サ、エ、キ、さ、ん、だろが! まぁいい、電話してきたのはお前か? 金は持ってきたんだろうな!」

「金はある、持ってきた」

そういって二十五万円が入った封筒を見せた。

「まず、義人を解放してくれないか?」

「待たせた上に指図するんじゃねぇぞ、このチビが!」

「いや、だから義人を放してやってくれ!」

「なんだって? 女みたいな声でイキっても聞こえないぞ? ん? チビ助、お前、ひょっとして地面に足が届いてないんじゃないのか? こいつ、つま先でプルプルしながら単車を支えてやがるぞ」

佐伯がそう言って笑うと、

「マジだぜ、チビが無理して単車に乗ってやがるぜ」

「小学生かと思ってたぜ」

「お子様は寝んねの時間ですよぉ?」

「大体コイツ、男なのか? 女じゃないのか? ハッキリしねぇ顔してやがるな」

仲間たちも僕の身長や顔立ちを面白おかしくイジりだし、交渉はおろか会話もできない状態になってしまった。

こんな調子じゃ対等に交渉なんてできやしない、ただでさえ多勢に無勢なのだ、主導権を相手に握られたらたちまち詰んでしまう。

僕はこの状態から逆転するための糸口を、必死に探った。

何とか突破口を開こうと考えを巡らしていると、落語で背が低いことを馬鹿にされたことに対して上手く言い返そうとやり取りするネタがあったことに気付いた。

この状況を打開するヒントが隠されているんじゃないかと期待して、必死に思い出した。

たしか観音様にお参りに行くときに口喧嘩をして、勝ったらその年はいい年になるってやつなんだよな……、なんだっけあの落語、そうだ、『野崎参(のざきまい)り』だ!

僕は藁にも縋る想いで野崎参りを何倍速かで脳内再生してみたが、この噺は、結局背の低いほうが良いところもなく一方的に言い負かされてしまうサゲであることに途中で気付いてしまった。

ダメじゃないか、何やってんだ僕は、と自分自身に二の句が継げなくなったとき、十人ほどの人影が近づいてきて、

「お前らか? 指紋がどうとか因縁つけてきたのは!」と、佐伯たちに向かって言葉を発した。

「なんだぁ? テメェ、誰だコラッ」と佐伯は突然現れた連中に反応した。

来た! オリオンの連中がやってきたんだ、大吉だ、と僕は神さまに感謝をした。

 僕はオートバイから降りて、睨みあう両者の間に割って入った。

「ちょっと待ってくれ、ひとまず話を聞いてくれ」

そう言って両者を落ち着かせると、向かい合った紫蠍倶楽部とオリオンの間に入った僕は、オリオン側のリーダー格と思わしき男に聞いた。

「君が高橋だな? ここへ来たということは、警察に知られるとマズいバイクに心当たりがあるってことでいいよな?」

「呼び出したのはお前なのか? どういうつもりで因縁つけてんだ」

僕と高橋が話を進めていると佐伯はイラ立ち、横から話を遮ってきた。

「何の話をしてやがる」

まぁ待てよ説明するから、と佐伯の方に向き直ってオリオンの連中を指差した。

「君のバイクを盗んだのはこの連中なんだ」

ぎょっ、とした表情を見せた高橋をしり目に、「義人、そうだな? 間違いないな?」と義人を見ると、大げさに何度も首を縦に振っていた。

「結果的に義人が君のバイクを勝手に乗り回したのは事実だから、それについては謝る、申し訳なかった」

僕は佐伯に頭を下げた。

そして、お金の入った封筒を佐伯に渡した。

「ここに二十五万ある。要求額のちょうど半分だが義人の詫び料としては十分だろ」

「二十五万だと? 約束は五十万だったろうが!」

「いや、最初に君のバイクを盗んだのはこの連中だから、あとの二十五万は彼らからもらってくれッ!」

僕はありったけの勇気を振り絞って、佐伯にそう強く言い切った。

なぜ呼び出されたのか事態を把握した高橋は、佐伯と一触即発状態となった。

「おんどれが俺の単車パクったんか! 慰謝料よこせやっ!」

佐伯が高橋に詰め寄ると、高橋は仲間とともに佐伯に襲い掛かった。

それが切っ掛けとなって、両陣営入り乱れての乱闘が始まった。

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