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あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


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第三章 義人……その9

 翌日の月曜日、夜になってから太郎は事情を知っているという人物を連れて店にやってきた。

オリオンのメンバーと付き合いがあるその人物は、事態の背景を次のように語った。

リーダーの高橋が、ガソリンタンクに紫のサソリマークがペイントされたオートバイをどこからか盗んできて、オリオンの連中と乗り回していた。

数日経って足がつきそうな気配を感じたのか、連中はそのマークの上からラッカースプレーを塗って偽装し、乗りたそうに周りで見ていていた義人に乗っていいぞ、と渡したらしい。

オリオンの連中が走り回っていた目撃証言を元に佐伯の仲間が周囲を張っていて、そこを通った義人が捕まったのではないかと言う。

これは僕が想像していたよりも、ずっと複雑な事態だった。

この日の朝、僕は銀行から預金を全額引き出してきていた。

その額は要求額のちょうど半分、二十五万円。

半分か、足りないな、と僕は思ったが、ある考えが浮かんでいた。

完全に運任せで、策とも呼べるものでもなかったが賭けてみるしかない。

先ほどの人物に、オリオンの連中に伝言を頼めますか、と聞いた。

承知してくれた彼に、次のような伝言を頼んだ。

「義人が万引きで警察に捕まった。警察は義人の行動履歴から君たちが盗んだバイクにたどり着くだろう。そのバイクには偽装のスプレーをしたガソリンタンクに君たちの指紋がべったりと付いている。この指紋の処分をして欲しければ、二十五万円持って明日の夜十時に大鳥居の神社にある大きな樹の下まで来い」と。

彼は分かった、と言って連中のもとへ行ってくれた。

あとは佐伯への連絡だ。

「太郎、義人は連絡先か何か言ってなかったか?」

「あぁ、金を用意出来たらココへ電話をしてくれって言ってたぜ」

太郎は電話番号を書いたメモを渡してくれた。

僕は近くの電話ボックスの中折れ式の扉を手前に引いて開き、中へ入ると受話器を左手で持ち上げ、胸のポケットから出したテレフォンカードを電話機に差し込んだ。

深呼吸をし、息を整えてから書かれてある番号をダイヤルした。


トルルルル……トルルルル……トルルルル……ガチャッ

「もしもし」

「誰だ?」

「俺は義人の友人だけど、なんの話か分かるか?」

「おう、分かるぜ、金はお前が持ってくるのか?」

「確認するが五十万だな? それで義人を解放してくれるんだな?」

「それはそっちの出方次第だな」

「金は必ず用意する、だから必ず義人は解放してくれ」

「わかった。で、いつどこに持ってくるんだ?」

「明日の夜十時に大鳥居の神社の大きな樹の下で渡す。義人を絶対連れてきてくれ」

「わかった、十時だな」

「絶対連れてきてくれよ」

「しつこいな、切るぞ」

ガチャンッ、ツーツーツー……


受話器を置いた僕の左手は震えていた。

ピピー、ピピー、ピピー、と返却されたテレフォンカードを右手の親指と人差し指で抜き取り、胸のポケットにしまおうとした、が、何かがおかしい……、なんだ? なぜだか指がいうことを利かない。

テレフォンカードを挟んだままの指を開くことができず、そのまま手放せなくなってしまっている。

テレフォンカードを持ったままの右手を目の前にもってくる。

――これは僕の手なのか? 他人の手じゃないのか?

自分の意識から外れたところにあるような右手を凝視する。

小刻みに、尋常でない速度で震えている。

いや、手だけではない、全身が震えているのが分かる。

――震えている? いや、痺れているのか?

血の気がどこかへと引いていく。

息が止まる、頭から首、両腕、胴体、両足と、身体中の内側を冷たいタオルで撫で付けられているような感覚が襲う。

不意に意識が遠退きそうになる。

ガタンッ!

そして、僕は電話ボックスの中折れ式の扉に背中を預けるようにして倒れてしまった。

極度の緊張だったのか、いつの間にか呼吸を止めてしまっていたようだ。

すぐ外にいた太郎が電話ボックスの扉を開こうとするが、僕の身体が中折れ式の扉につっかえ棒のようになってしまって開かなかった。

太郎が電話ボックスの扉を強く叩く。

「おいッ! おいッ! 大丈夫かッ? どうした? おいッ!」

その声に引き戻されるように、大きく目を見開いた。

そして高鳴る心臓の鼓動に酸素を送り込むべく、矢継ぎ早に深く空気を吸い込み身体全体を落ち着けようとした。

「ハーッ! ハーッ! ハーッ! ハーッ! ハーッ! ……」

しばらく電話ボックスの中で気持ちと身体の整理してから立ち上がり、扉を開いて外へ出た。

「どうした? 顔色が悪いぞ、大丈夫か?」

「ありがとう、大丈夫だよ、後は僕に任せてくれ」

「聞こえたぞ、明日の夜十時に大鳥居の神社だな?」

「いや、ここからは僕が引き受けるから、太郎はもう関わらなくていいよ。本当にありがとう」

「どうしてだよ、義人を助けるんだろ? 俺も行くよッ!」

「ダメだッ! 太郎は野球の事だけを考えてくれ、万が一のことでもあれば僕は一生悔やむことになる」

「でもケンカになったらどうするんだよ、お前ケンカなんてしたことないだろ」

「ケンカ? ……あるよ……、といっても口喧嘩だけどね。まぁケンカになんかならないよ、大丈夫さ」

そう言ったあと、渋る太郎を帰した途端、全身の力が抜けて僕は地面にへたり込んでしまった。

大丈夫さ、なんて太郎によく言えたな、と僕は思った。

実際に佐伯と対峙したわけでもなく、電話で用件を伝えただけでこのありさまなのに。

だが、今も義人は監禁されていて助けを待っている。

弱音を吐くわけにはいかない、きっと義人はもっと怖い思いをしているはずなんだから。

もう後には絶対引けない。

賽は投げられた、って言葉はこういうときに使うんだったかな……。

明日の夜はオリオンの連中が誘いに乗ってくるかどうか、一か八かの賭けになるな、と僕は南西の空にある明るい三ツ星を見上げた。

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