第三章 義人……その8
二月十四日の昼下がり、中華料理店の店先でゴミ出しをしていると、中学の同級生が以前交わした約束を果たしにプレゼントを持って訪ねてきてくれた。
少し立ち話をして見送った後、店の向かい側に目をやると、最後まで購入を迷った二台の内の選ばなかった方のオートバイが停まっているのに気付いた。
やっぱりコッチもかっこいいなぁ、と近づいて見ていると、ガソリンタンクに紫色でサソリのマークがペイントされているのに気が付いた。
――あっ……、このマークって……。
僕がこの紫色のサソリマークに危険を感じたと同時に、背後から怒声が聞こえた。
「おいッ! 俺の単車に触るんじゃねぇぞ!」
振り返ったその先にいた長身の男をみて、僕は一瞬で血の気が引いた。
――こいつ……、知ってるぞ……、サエキだ!
隣の中学で同学年だったこの佐伯という男は、何となく不良っぽい恰好を楽しんでいる僕のような者とは違い、筋金入りの不良だった。
紫蠍俱楽部という暴走族を結成し、自らチームを率いて古参の暴走族を相手に暴れまわっていた。
その悪名は中学時代から他校の生徒にも知られ、オリオンと同じく地域一帯で恐れられている存在だった。
その鋭い眼光と威圧感に気圧され、思わず後ずさりした僕は、無言で佐伯のオートバイから離れた。
「ナニ見てんだよ、このボケッ」
佐伯は僕に言い放ち、ポケットからエンジンキーを取り出し、快音を残して走り去っていった。
肝が冷える、とはこういうときに使う言葉なんだろうな、と思いながら、友達にもらったプレゼントを片手に店に戻った。
高校一年の三学期にもなると、大学進学を目指す者たちは準備をし始めたようだった。
家庭教師に週三回来てもらっているとか、春休みから予備校へ通うんだといったように、店に顔を見せてくれるクラスメイトが受験対策の話をするようになった。
一年の遅れなんて長い人生じゃ大したハンデにもならないよ、留年してでも高校へ戻っておいでよ、と僕にやさしくしてくれる友達を見て、彼らは僕よりも早く大人に近づいていってるんだな、と思った。
僕だって、いつまでもこんな生活を続けていられるわけではないことくらい、十分にわかっていた。
こんな僕でも戻れるんだろうか? 迎えてくれる彼らのもとにちゃんと帰れるんだろうか?
高校へ復学するか、ケジメをつけて社会に出て働いていくのか、避けられない選択に悩む時間は、もうあまり残されてはいなかった。
僕は休学中の高校への復学の意思を固めて、そろそろこの生活も潮時だと義人に告げた。
義人はショックを受けたようだったが、仕方ないな、と言ったあと、違う話題を持ち出してその話を終わらせた。
三月に入ると義人は工場へ出勤せず、寮へ帰ってもこなくなった。
この不思議な寮生活も、義人が一緒にいればこそ成立しているようなものだった。
日曜日の昼過ぎ、中華料理店に太郎がやってきた。
「いらっしゃい。あれ? 今日は練習早く終わったんだね、それとも休み?」
「いや違うんだ、少し店、抜けられるか?」
いつもと様子が違う太郎にただならぬ気配を感じた僕は、店長に休憩を願い出てから店の表に出た。
「どうしたの? なにかあったの?」
「義人がさらわれたんだ」
「えっ、さらわれた? だれに? どうして? どこに?」
「待てって、ちょっと落ち着けって、順を追って話すから。お前、隣の中学だった佐伯って知ってるだろ?」
「うん、このあいだ店先で出くわして驚いたよ」
「義人のやつ、佐伯の単車を盗んだらしいんだ」
「えっ? なんでまた!」
「それで佐伯の単車に乗っているところを紫蠍俱楽部に見つかってな、さらわれてどこかへ監禁されてるんだ」
「だからか……、あいつ先週から寮に帰ってこないからおかしいと思っていたんだよ」
「先週? おかしいな、佐伯の仲間に拉致されたのは昨日の土曜日だって言ってたぜ? まぁいいや、それで修理代と慰謝料で五十万請求されているというんだ」
「五十万!」
「親に電話して持ってこさせろ、って話になっているらしいんだけど、あいつ親には言えないからって俺ンちに電話してきたんだ。ほら、お前は寮だから連絡できないだろ」
「つまり五十万を誰かが持って行かないと解放してもらえない、ってことなんだな?」
「あとな、気になることを言っていたんだよ、オレは嵌められたんだって」
「ハメられた? どういうことなんだ?」
僕は太郎と二人、どう対処すればいいのか考えもまとまらず、店先で座り込んでしまった。
「義人のやつさぁ、警察には絶対言わないでくれって、あいつ、電話口で泣いてたよ」
「まるで誘拐事件じゃないか、これだって恐喝みたいなもんかもしれないけど、盗んだバイクに乗ってるところを現行犯で押さえられてるんじゃ仕方ないのかもなぁ」
僕は義人の言った、オレはハメられたんだ、という言葉の意味をずっと考えていた。
「義人、先週……、五日くらい前から寮に帰ってこなかったんだけど、どこにいたのかな? もしかして夏休みに付き合ってたオリオンって連中と居たんじゃないのかな?」
「オリオンか……、そうかも知れないな、オリオンに繋がってる奴を知っているから聞いてみるか」
「悪いな太郎、そうしてくれ、何かわかったら店に電話して僕を呼び出してくれ」
「わかった、任せてくれ」
そう言うと、太郎は近くの電話ボックスに入って情報収集を始めた。
休憩が長いぞ、と怒る店長に呼ばれて、僕は日曜日で混みあう店に戻った。




