第三章 義人……その7
義人の寮から中華料理店のアルバイトに通い、夜はオートバイに乗って一晩中走り回るといった毎日は、無条件で僕を楽しませた。
夜に一人でいると孤独に押しつぶされそうになっていたんだ、と言った義人は僕との寮生活を喜んでいた。
オートバイの走行距離に比例して、アルバイトの時間は増えた。
気が付くと、毎日朝の九時から夜の二十二時まで働いていた。
家に帰らなくなったのは、単に今の生活が気に入っているからだった。
両親は過干渉でもなく僕は何の不満もなかったし、お気に入りのおもちゃで時間を忘れてずっと遊び続けているようなものだった。
一度、親の留守を狙って家に帰り、元気でやっている、迷惑かけてごめんなさい、と書いた手紙と、父親に借りたお金の返済分を置いてきた。
両親は、不思議と僕の捜索願を出さなかった。
十月、学校には完全に行かなくなっていた。
高校のクラスメイトが、毎日誰かしら中華料理店に顔を見せに来てくれたりしてたので、学校の様子はあらかた分かっていた。
もうすぐ文化祭だから早く学校に出て来いよ、みんな待ってるよ、と気に掛けてくれていた。
だが先生たちは、まるで僕なんか最初から居なかったかのような態度であるという。
義務教育ではないのだから、来たくない奴は放っておけばいい、ということなんだろう。
義人も廃材処理工場の仕事を続けて、頑張っていた。
十二月の中頃、誰に聞いたのか母親がアルバイト先の店にやってきた。
もちろん食事をしにきたわけではない。
学校から連絡があって、留年が確定したので手続きに呼ばれているから一緒に来いという。
母親はアルバイト先の店長に、日ごろから息子が大変お世話になっております、とお礼を述べ頭を下げると、事情を話し僕の早退許可を取った。
母親は力なく僕の袖を引っ張りながら、ため息をついて歩いた。
学校へ向かう電車の中でも、母親は終始無言だった。
久しぶりに高校の校門をくぐり、職員室に担任を訪ね生徒指導室に入る。
顔も忘れていた担任が、出席日数が足りないので留年となること、来年四月の始業式までは休学扱いになると説明した。
深々と何度も頭を下げる母親の横で、僕はかつてそこに居たはずの学校が、自分とは縁のない空間に思われて仕方がなかった。
帰り道、いったい何が不満なのか、と母親は僕に尋ねた。
僕は、両親には何の不満もないし、寧ろ申し訳なく思っている、と言った。
ならば、なぜ家に帰ってこないのかとの問いを、振り払うように僕は母親のもとから走った。
走りながら、帰らない理由なんて別にない、ただなんとなく流されるように毎日を過ごしているだけなんだ、と心の中で呟いた。
僕はいつも、自分で答えを見出せない問題からは逃げてばかりだった。
母親はもう声も掛けず、追ってもこなかった。
新年は義人の寮で迎えた。
このシェアハウスのような寮は、今もってなぜだか分からないのだが、人の出入りに無頓着で管理人もいなかったのに、いつもキレイに整理整頓されていた。
誰が置いたのか分からないが、共同スペースにあるテレビの上に、三方に乗せた鏡餅が供えられてあった。
アルバイト先の中華料理店は、正月三が日は休みだった。
久しぶりに太郎や旧知の友達、義人を加えた馴染みの顔触れが揃ったので、大きな鳥居のある神社に初詣に行った。
僕は小さいころから境内でよく遊んでいたからか、寺や神社が好きだった。
この神社の境内にある建物では落語の勉強会を定期的に開催しており、幼馴染とよく通ったが久しく来ていなかった。
「初詣といえば、おみくじだよな」
誰が言う訳でもなく僕らはおみくじを引いた。
僕は小吉だった。
特に可もなく不可もなく、まぁ僕らしいといえば僕らしいなと内容を読んでいると、義人が大声を張り上げて叫びだした。
「よっしゃぁぁ、大吉だぁ」
鼻息荒く義人はおみくじの結果を読みだした。
「金運、金運……、金運ってないのか? 商売ってのがそうなのかな?」
良い結果が書かれていたであろうおみくじに一通り目を通した後、義人は皆を見渡してニヤッと笑った。
「今年のオレは一味違うぜぇ」
僕はおみくじを社務所脇の木の枝に結びながら、お金はどのくらい貯まったのかと義人に聞くと、給料はすぐに使ってしまうからゼロだ、と言う。
「まるで江戸っ子だな。宵越しの金は持たないってか?」と太郎が笑う。
「ちくしょー、なんとか一攫千金できないかなぁ」
そう嘆く義人に、太郎はいいこと教えてやろうと話を切り出した。
「戦国時代の終わり頃、日本で金がたくさん発掘されたらしくてな。その時代の権力者がこれまたなんでも金ピカにしてしまうヤツだったんだ。それでこの辺りに職人を集めて金ピカの建物や屋根瓦なんかを作らせてたんだってよ。でもな、いつの時代も悪いこと考えるヤツはいるもんで、数人の職人がこっそりと、少しずつ金をくすねたんだと。それから職人たちは集めた金を溶かして塊にしてな、それを鉄の箱に入れてほとぼりが冷めるまでこの神社の大きな樹の下に隠そうってなったんだと。金の宝箱を埋めたってわけだな」
「なに! ここに宝箱が埋まってるのか?」
「鼻息荒いな義人、まぁ続きを聞けよ。埋めてから何年か経ってその権力者が死んだんだ。職人たちは今なら大丈夫だと思って樹の下を掘り返したんだけど、肝心の宝箱が木の根っこに覆われてしまってたんだ。埋めてから数年しか経っていないのに鉄の箱をすっぽりと覆い隠すように根が張っててな、あの手この手で根っこを切り出して箱を回収しようとしたんだけどダメだったらしい。そのうちイラついた職人たちは仲間割れしだしてな、結局は掘り出す前に全員死んだらしい。ということで、この大きな樹の下には金塊の宝箱が眠ったままらしいぞ」
「マジかぁ! 樹の下って、あの根本の穴ン中か?」
太郎の話を聞いた義人は、大きな樹の下にポッカリと開いた穴に頭から飛び込んだ。
上半身を突っ込んだ後、這うようにしてさらに奥まで進んだ。
「おい義人、その穴には何にもないよ。僕、子供のころ懐中電灯で奥まで見たんだから」
「あれ? おかしいぞ、ヤバい! 出られなくなった!」
ベルトか何かが引っ掛かったのか、義人は体の大部分を頭から穴に突っ込んだ状態で身動きが出来なくなった。
それを見て大笑いする太郎。
「スマン、スマン、義人、今の話はウソだ、今テキトーに考えた作り話だよ」
笑い泣きしながら謝罪しつつ義人を引っ張り上げる太郎。
僕たちも手を貸して義人を引きずり出した。
顔を汚して怒る義人を皆でなだめながらまた大笑いした。
何事だろうと様子を見に来られた社務所の方々に経緯を釈明し、取り巻いていた参拝客たちにもに、お騒がせしました、と皆で挨拶をする。
久しぶりに神域の空気に触れ、義人の言う通り今年はとても良い一年になりそうだと、何故だか予感めいたものを感じていた。




