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あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


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第三章 義人……その6

 八月二十五日、今日は予約してから待ちに待っていた中型自動二輪免許の教習所の入校日だ。

入校の申し込みに行ったとき、体が小さいのですが大丈夫でしょうか? と少し恥ずかしかったが尋ねてみた。

小柄な人でも大きなオートバイを運転される方は沢山おられますし、停車時に足を着いて姿勢を保てること、倒れたオートバイを一人で引き起こせさえすれば基本的には大丈夫です、とのことだった。

技能教習一時限目、僕はアルバイトの資金で買っておいたヘルメットとグローブを身に着け、教習所のオートバイを前にして緊張していた。

教習所のオートバイは少し型遅れのものだったが、それでも十分な存在感があった。

教官の指導に従って、前後の安全を目視確認してからオートバイに初めて跨った。

しっかりと停止の姿勢を取ることが出来て一安心した。

跨っただけなのに、異様な高揚感が湧いてくる。

教官からエンジンスタートの指示がでる。

僕は手順通りにエンジンをスタートさせた。

キュルルン、ズドドドドドドドド……

オートバイのエンジンは調子よく始動した。

心地よい振動を全身に感じる。

おおぉ……! これがオートバイか!

まだエンジンを始動させただけで1mmも進んでいないのに、まるで世界を一周したかのような満足感に浸った。

自分でも笑ってしまうくらい浮足立ってしまっていたが、その後は順調に教習を進めることが出来た。

不安だった倒れたオートバイの引き起こしも、瓦屋でのアルバイトで少し逞しくなっていたせいか問題なく出来た。

最短での免許取得を目指していた僕は、綿密なスケジュールを組んでいた。

必要な学科の時間が四時間空いてしまうことになっても、別日にすることなく他の人の実技の様子を眺めるなどして時間を潰し、一日のすべてを免許を取ることのためだけに使った。

それでも夏休み中に免許を取ることは日程上、不可能だった。

僕は、二学期の始業式と最初の何日かはサボっちゃうか、と考えていた。

二学期の数日をサボった甲斐もあって、これ以上ない理想的な日数でオートバイの免許を取得できた。

喜んだ僕は、一番に義人に見てもらおうとマンションへ行った。

呼び鈴を押すと、出てきたのはおばさんだった。

「いらっしゃい。部屋にいるわ、上がって」と招いてくれた。

部屋に入ると、義人は寝起きだったようだが、顔の腫れも取れてすっかり顔色も良くなっていた。

僕が免許を見せると、義人も自分のことのように喜んでくれた。

と同時に、誕生日がまだ来ない自分の生まれを少しボヤいた。

誕生日までに義人もお金を貯めないとな、と僕が言うと、義人がオートバイ雑誌を開いて、どれにするんだと聞いてきた。

僕は二台悩んだうちの一台を指差し、これに決めたよ、と言った。

「今からバイク屋さんに見に行こうぜ」と義人は言って、シャワーを浴びに行った。

リビングにいたおばさんに「どこかへ出かけるの?」と聞かれた義人は、「どこでもいいだろ」とぶっきらぼうに言い放った。

義人の支度が出来るのを待っていると、おばさんが僕に「あの子と友達でいてくれてありがとうね。あの子をお願いします」と僕に頭を下げた。

おばさんは少し痩せたようだった。

 数日後、意中のオートバイは意外なほどあっさりと見つかった。

ボディカラーは真紅で、当初探していたダーク系の色とは違っていたが、特徴的な角ばった真っ赤なガソリンタンクに目を惹かれた。

店員さんが言うには前の持ち主は小柄な女性だったとのことで、座席シートのクッション材が中抜きされて薄くなっていた。

アンコ抜き、と呼ばれる加工が施されているため座席位置が低くなり、背の低い僕が乗っても停車時に足が着き易かった。

丁寧に扱われていたであろうこのオートバイは、僕の考えていた条件をトータルで大きく上回るものだった。

が、困ったことに見積書を見ると、登録や保険などの諸費用で予算を少しオーバーしてしまう。

新車なら同じ条件で買うことが出来るが、中古車はそれぞれの程度によって値段がつけられるので、これを逃すと条件に合った出物がいつあるとも限らなかった。

焦った僕は、どちらにしても買うには親の同意書が必要なので、親に相談してみることにした。

母親は高校が禁止している二輪免許の取得自体に大激怒して、更にオートバイを買うなんて絶対許さないといったが、父親は何故だかあっさりと許してくれた。

僕のせいで夫婦げんかが始まったが、父親は「学校だけはキッチリ行きなさい」と言って足りないお金を十万円も貸してくれた。


 念願のオートバイを手に入れた僕は有頂天だった。

わざわざ太郎の家や、中学時代の友人にまで見せびらかしに行きもした。

オートバイは、僕がいつも感じていた開くばかりで決して縮まることのなかった周りとの隙間を埋めてくれる、掛け替えのない存在となった。

オートバイに乗ってさえいれば、僕はみんなと対等になれたようにさえ思えた。

まるでオートバイ依存症のようになって、父親と、そして尊敬している親方との約束を破って学校へも行かず、義人を後ろに乗せて一晩中走りまわることもあった。

だけどオートバイ生活は車体を買って終わりではなくて、維持にもお金が要るし、なによりガソリン代が大きな負担となっていた。

義人と二人、繁華街にある安くて有名な中華料理のチェーン店で食事をしていると、アルバイト募集の張り紙に目が留まった。

父親に借りたお金も尽きかけていた僕は、小さな川の畔にある中華料理店で働きだした。

時給に換算すると瓦屋の給料には遠く及ばなかったが、また違った世界が知れて楽しかった。

夏休みに働いた経験が少し活かされたのか、仕事を覚える要領のようなものを早くに掴めたのも幸いした。

やっぱり学校で勉強するよりも、こうやって働いた方が楽しいなと僕は思った。

 しばらくして、義人は寮のある廃材処理の工場で働きだした。

「どうして寮なんかに住むんだ? 家から通えないのか?」と聞くと、夏以来おばさんとうまくいっていないらしかった。

「遊びに来いよ」と言う義人について寮まで行った。

そこはイメージしていたアパートのようなものではなく大きな平屋建てで、共同スペースのリビングを中心として八つのドアがあり、各部屋へ自由に出入りできるようになっているシェアハウスのような不思議な建物だった。

各部屋には二段ベッドが二つあって四人部屋ということらしい。

住人というか工場の従業員は幅広い年齢層の人たちがいて、刺青のある人やそれを消した跡がある人、指が何本かない人、日本語が通じない人なんかも居た。

そして入れ替わりが激しく、雑多な出入りのせいかお互いに関心がないようで干渉はほとんどないらしかった。

「お前が住んでも、多分だれも何も言わないんじゃないかなぁ」と義人は言った。

父親との約束を破って学校に行かなくなり、借りたお金も返していなかった僕は、何となく帰りづらくなった家に戻らず、ここで義人と暮らすようになった。

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