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あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


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第三章 義人……その5

 あくる日の月曜日は朝から小雨が降っていた。

出勤時間より少し早くに工務店まで行くと、今日は休みだという。

僕の家に、今日は休みだ、と電話してくれていたそうだが、入れ違いになってしまっていた。

僕の浮かない顔から何かを察したのか、親方が何かあったのかと聞いた。

義人のことをまったく知らない人でもないので、僕は思い切って親方に事情を話した。

あいつが今お前に連絡をしてこないのには、二つ理由があるんじゃないか? ということを、親方は言った。

一つは連絡を取りたくても取れない状況に置かれていること、もう一つは連絡を取りたくない状況だということ、だと。

前者ならお前にはどうすることもできないし、後者ならお前がしてやれることはなにもない、と付け加えた。

もし顔を合わせても、自分から話してこないのなら無理に理由を聞き出そうとしたりするんじゃない、とも親方は言った。

 火曜日は朝から快晴だった。

職人さんたちに朝の挨拶をして、車に乗り込み現場に向かった。

少しずつ職人さんたちは、瓦の種類や特徴なんかを教えてくれるようになった。

日に焼けてきた体は少しずつ仕事を覚え、心なしか少し逞しくなったように思えた。

こうなると仕事に余裕もでき、先回りで作業の準備が出来るようになってきた。

相変わらず屋根の上での作業をすることはできなかったが、屋根の上ではどんな作業をしているのか、僕は興味津々だった。

 その夜、太郎から電話があった。

義人の居場所が分かったのだ。

義人は、僕の知らない連中と一緒にいた。

その連中はタカハシという男を中心にしたグループで、繁華街にあるオリオン座という義人もレイトショーでよく行っていた映画館の前で群れていることから、彼らが自称しているわけではないのだが界隈ではそのグループをオリオンと呼んでいるらしい。

オリオンは繁華街を訪れた観光客や修学旅行生を相手に恐喝したり、商店に忍び込んで売り上げや商品を盗んだりと、ある意味では暴力団よりも厄介なギャングのような犯罪集団らしかった。

かなり良くない噂がある連中だ、と太郎は付け加えた。

「どうする?」と太郎は聞いたが、僕は親方の言葉を思い出して、「いまは僕たちと距離を置きたいのかもしれないから放っておこう」と言うと、太郎は分かった、と言って電話を切った。

問題は、おばさんの耳に入れるかどうかだった。

心配しているおばさんの心情を慮ったが、僕はひとまず何も知らせずにいた。


 お盆前になって、僕は仕事にかなり慣れていた。

お盆なのに仕事なんですね、と親方に言うと、今年はお盆期間でないと施工できない事情の家屋があるからだ、と言った。

アルバイト急募の理由も、そこにあるらしかった。

そしてお盆が終わり、アルバイト期間も残すところあと一週間となった。

僕はすっかり屋根瓦の仕事に魅了され、いっそこのまま就職してしまいたい、と考えるようになっていた。

僕は仕事に対してだけではなく、親方の人間性に強く惹かれていた。

この人のそばで働きたい、師事したい、早く屋根瓦職人の修業がしたい、と強く願うようになっていた。

工務店は返上したお盆休みの代わりに、二十四日から三十一日まで夏期休暇となっていた。

僕は仕事に対する気持ちを、親方に打ち明けてみることにした。

「親方、休み明けの九月からも雇ってもらえませんか?」

「ダメだ、約束通り八月二十三日までしか雇わない」

「どうしてですか? もっと瓦屋の仕事教えてください。僕、この仕事が好きになったんです」

「お前は高校生だろ? 高校生は学校へ行くんだ、それが仕事だ。まず自分の仕事を全うすることに努めろ」と強い口調で諭された。

僕は正直がっかりしたが、親方の言うことはなぜか素直に聞けた。

あっという間だったアルバイト期間は、やはり八月二十三日で終わった。

ここでは学校で学ぶことよりも、たくさんの学びがあった。

給料が目的だったが、それ以上に得たものの大きさに僕は満足していた。

すっかり仲良くなった職人さんたちとのお別れも辛かったが、最終日の夜は工務店の前でバーベキューを楽しんだ。

最後の給料をもらった後、親方がもう一つ別の封筒を渡してくれた。

「これはボーナスみたいなもんだ、お前は約束通り自分の仕事を全うしたからな。バイクもいいが学業を疎かにするなよ」と、学校へはキッチリ通うように、と僕に釘を刺した。

帰り道、賞与と書かれた袋を覗いてみると、なんと五万円も入っていた。

この夏のアルバイトで、僕は二十五万円ほど稼ぐことが出来た。

 次の日の朝早く、久しく連絡の途絶えていた義人から家に電話があった。

中学校の近くの公園にいるから会えないか、と言う。

僕は急いで公園に行くと、顔を腫らした義人がうな垂れてベンチに座っていた。

僕に気付いて小さく右手を挙げた義人の隣に、僕は座った。

しばらく無言が続いていたが、沈黙に耐えきれなくなった僕は、お腹は減ってないかと義人に聞いた。

「口、切れてるのか? 食べられそうか?」

義人は大丈夫だと言った。

僕たちは久しぶりに、スーパーマーケットの出店にたこ焼きを食べに行った。

出店のおばさんは僕たちを懐かしんでくれた。

義人の顔の様子に気付いていたはずだったが、素知らぬ顔で以前と変わらず、百円で十個入ったたこ焼きを渡してくれた。

僕は結局何も聞かずに、一人は寂しいんだよ、そうポツリと漏らした義人をマンションまで送って、部屋に入るのを見届けてから帰った。

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