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あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


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第三章 義人……その3

 年が明け、僕の髪もホウキ頭から結構伸びたので染め直し、不良風の茶髪も段々とさまになっていった。

何をするわけでもないが毎日が楽しく、自由気ままに振舞うようになっていった。

担任の先生は、僕の恰好や授業を抜け出したりする行動を、(たしな)めはするが強く(とが)めることはなかった。

ただ、高校へ進学するときには内申点というものがあって、その評価はただ単にテストの点数だけで決めているのではなく、授業態度や出席状態も加味しているので、やはり生活態度は改めないといけませんよ、と諭してくれた。

 二月十四日、放課後の渡り廊下から出た中庭に呼び出された僕は、生まれて初めてバレンタインチョコレートを貰った。

手紙を添えてチョコレートを手渡してきたのは、小学校から仲の良かった友達だった。

突然のことに戸惑っていると、来月のホワイトデーに返事が欲しい、と言われた。

そもそも僕には、男友達、女友達、といった性差を隔てる感覚が希薄で、男も女も等しく、友達、だった。

好き、という感情はあるが、それは誰に対しても平等に思うことであって、特定の誰かに向けて特別に抱くものではなく、いわゆる恋愛感情というものがイマイチ理解できないでいた。

友達の中でも、恋人同士というか、付き合ってる相手がいるという男女はいたが、友達とは違う存在の、特別な相手という感覚が分からないでいたのだ。

そんなことを考えながら、手渡された小さな手提げの紙袋をもって廊下を歩いていると「チョコか? チョコなのか? 良いな、良いな、誰? 誰? 誰にもらったんだ?」と、偶然出くわした義人がしつこく聞いてきた。

「こういうの貰うと、うれしいもんなのか?」と義人に尋ねると、「当たり前だろ、男なら誰でもうれしいもんだろ? えっ、なに? お前うれしくないの?」と義人に聞き返されると、僕だって男の子なのにな、やっぱり自分はおかしいのかな? と考え込みながら歩き続け、あっけにとられた義人を一人残して僕は家路についた。


 中学三年に進級、いよいよ進路を決める時期となった。

これまでの学校生活の態度とテストの点数からすると、高校進学は諦めたほうがよさそうに思えた。

漠然と、就職して免許を取ってオートバイでも買おうかな、なんて考えていたが、新しく担任になった先生は進路指導の際に「今からでも頑張れば進学できるよ、君の気持ち次第だけど、今すぐにやりたいことが見つかっていないのなら、先生は高校へ行くことを勧めるよ」と言った。

そして「勉学の機会はみな平等にあるわけじゃない、君には勉学の機会があるのだから生かしてみないか」と、熱心な顔をして僕の目を見た。

僕は、少し考えてみますと返事をして、進路指導のプリントを手に進路指導室を後にした。

 義人は、中学を卒業すると就職すると言った。

おばさんには進学を勧められているそうだが、学校はもういいんだ、と義人は笑った。

お前はどうするんだ? と聞く義人に、進路はまだ決めてない、と答えると、先にオートバイを買ったら後ろに乗せてやるよ、と彼は言った。

そして義人は、就職組の生徒を集めた説明会には誰それが来ていたという話をした。

その中には、僕の古なじみの友達も含まれていてとても驚いた。

しばらくしたら、みんな離れ離れになるのかなと思うと、一抹の寂しさを覚えた。

結局、考えた末に僕は高校へ進学することに決めた。

 それからは慣れない勉強に一苦労だった。

課題で出されるプリントは基礎学習的なもので、中学一年の数学、中学一年からの英単語に文法を理解するところからのやり直しだった。

国語は割と成績が良かったのだが、理科に社会も含めて全科目で今までのツケを払わされていた僕に、昔から僕をよく知るクラスメイトはつきっきりで教えてくれたりした。

そんな僕を見て、義人は授業のエスケープに僕を誘わなくなった。

それでも放課後の部活を終えて帰宅してからは、留守番をしている義人のマンションに行ったりして、相変わらず一緒に遊んでいた。

なんとか夏休み後半には中学三年の範囲に追いつき、その頃にあった夏期講習には、太郎も参加していた。

太郎は野球の強豪校に進路を絞っていたが、推薦ではなく普通試験入学なので勉強しないと入学が危ないのだ、と焦っていた。

太郎ほどの人物でも高校受験には不安があるんだな、彼も同じ中学生だったかと、より身近に太郎を感じた。

 夏期講習の帰り道、商店街の本屋に参考書を見に行こうと太郎と歩いていると、脇道で四、五人の男の子が一人の男の子を囲んでいるところに出くわした。

なにやら揉めている様子だったので少し近づいてみると、囲まれているのは義人だった。

「お前、調子に乗って太郎君に馴れ馴れしいんだよ」

「お前なんかが太郎君に話しかけてんじゃねぇよ」

男の子たちは黙って下を向いている義人を囲んで、突き飛ばしたり小突きながら文句を言っていた。

彼らは義人が太郎に親しく近づくことに、不満があるらしかった。

僕が止めに入ろうとすると、太郎は右手で制した。

「本当は太郎君も、お前のことなんかウザいって思ってるんだよ」

「お前のこと、友達だなんて思ってる奴なんかいねぇんだよ」

義人は下を向いたまま泣いていた。

拳をぎゅっと握りしめ、唇を嚙み締め声を押し殺して泣いていた。

「お前ら、俺の友達に随分と酷いこと言ってくれるんだな」

声を荒げる訳でもなく、太郎は義人を取り囲んでいた連中をかき分けるようにして義人のそばへ行き、うつむいて泣いている彼の肩に後ろから手をまわした。

「いいか、誰が俺の友達なのかはお前らが決めることじゃない、俺が決めるんだ。お前たちが俺の友達なのと一緒で義人は俺の友達だ、だからお前たちにどうこう言われる筋合いはないんだよ」

太郎は静かに、そして毅然と彼らにそう言って、二度と義人に酷いことは言わないようにと注意して、この場から立ち去るように促した。

義人や太郎に軽く謝罪した彼らが立ち去った後、義人は、しゃくりあげながら何かを訴えようとしていた。

「オレも、本当は……、分かって、るんだよ。みんなに、嫌われてる、ってこと。でも、どうしたらいいのか……、分からないんだ」

太郎が義人の背中をさすってやりながら、無理に話すな、と声を掛けた。

「でも、オレなりに、みんなと、なかよく、なろうと、おもって、何か話しかけないとって、うぅぅ、思うから、一生懸命、うぅぅ……、オレは、居場所が、欲しかった、だけ、なんだ。ヒック、ヒック……、いつもいつも、うまくいかなくて、オレさ、オレ……」

「義人、もう泣くなよ。僕たちは義人のこと分かってるからさ」

「お前のこと分からない奴に、無理にわかってもらう必要なんてないさ。俺たちは義人のこと友達だって思ってるから、な」

「うぅぅ、ありが、とう、うぅぅ」

僕たち三人は、義人の顔を洗いに公園まで行こうと連れ立って歩きだした。

「友達って、どうやったら作れるのかな?」

義人が急にそんなことを聞いてきた。

「友達ってのは作るもんじゃなくて、なってるもんじゃないのか? 気付いたらそうなってる、そういうもんだろ?」

僕は、さすが太郎、いいことを言うな、と彼の方を見た。

「あっ、太郎、顔が赤いよ? なに? 自分で言って照れたの?」

「うるさいな、そうだよ、自分でもちょっとアレだなって思ったんだよッ」

顔を洗って気を落ち着けた義人も、太郎の顔を指差して笑った。

あっという間に中学生活最後の一年は過ぎ、僕は希望の高校になんとか入学することが出来た。

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