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あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


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第一章 健児……その2

 僕と健児の家には風呂がなく、いつも父親と一緒に銭湯へ通っていた。

会社員の父と、職人のおじさんとは生活サイクルに違いがあり、滅多に入浴時間帯が重なることはなかったようだ。

同じ銭湯に通っていたのに顔をはっきりと覚えるほど見掛けなかったのは、そういう訳でもあった。

友達と学校や公園以外で会う、一緒に銭湯に行くというシチュエーションは、僕と健児に不可思議なワクワク感をもたらした。

身体を洗って湯につかるといった本来の目的ではなく、遊び場の延長のようなその環境に妙な楽しみを覚えてしまった僕たちは、お互いの父親に二人が会えるよう時間を合わせて銭湯へ連れて行ってもらうようになったが、気づけばいつの間にか親とではなく、自分たちだけで銭湯に通うようになった。

こうして、銭湯は僕と健児にとって特別な遊び場となった。

お気に入りのテレビ番組は大体同じで、この番組が終わったら銭湯に来るだろう、といった暗黙の了解があった。

怪獣の体内図解が描いてある珍しく興味深い本を見せてくれたお返しにと、野球が大好きだった僕自慢のプロ野球選手のカードを健児に見せたところ、さほど関心がないようでほとんど興味を示してもらえなかったりもしたが、僕は彼の趣味嗜好を感じ取っては二人で盛り上がれる話題を探っていった。

健児は僕の知らないことを、たくさん教えてくれた。

「ねぇねぇ、知ってる? ウルトラマンが変身するときの赤い背景のシーンには胸にカラータイマーが付いていないんだよ」

「えっ? ウルトラマンなのにカラータイマーが付いてないの?」

「ウルトラマンは顔も三種類あるしね」

「二つあるのは知ってたけど、三つなんだ?」

「ウルトラマンの顔はアルカイックスマイルといって、観音様の顔と元になったデザインが同じなんだ」

「へえぇ、そうなんだ。ケンジ君はどんなことでも本当によく知ってるね」

そういった話題を得意げに話す健児に、僕はいつも感心していた。

僕たちは、せっかく湯船で温まった体が冷めるのも構わず、いつまでも脱衣所のベンチシートで二人の世界に入りおしゃべりをしていた。


 僕たちが暮らす街は、三方を山に囲まれた盆地にある。

僕たちの住居と生活圏は街の中心部から少し離れた山裾にあり、千年以上の歴史のある寺や神社が珍しくない環境で、人口の割りには静かなところだ。

健児は父親の仕事の影響か、それらが身近にあった地域性からか、僕と外で遊ぶときは神社やお寺の境内を好んだ。

初めて言葉を交わした夏休みの朝の、あんなに積極的で饒舌だった彼からは想像もつかないが、驚いたことに健児は人見知りで他人と積極的にかかわるタイプではないようだった。

公園だと二人で遊んでいても何時の間にか一緒に遊ぶ人数が増えてきて賑やかになることが多く、健児はそれを意識的に避けているようだった。

僕自身は引っ込み思案ではあったものの人見知りするほうではなく、誘われたら大勢でかくれんぼや鬼ごっこなどをして遊ぶのも大好きだったが、健児と遊ぶときは何となくそれを察して、いつも二人だけの世界を大切にして遊んだ。

大きな鳥居のある神社の境内に生えているこれまた大きな樹の根っこにポッカリと開いている大人一人分ほどの穴底に懐中電灯の光を当てて中を覗いてみたり、苔の生えた傾斜地を探検隊気取りで登ったり下りたりした。

時には神域に無断で入って叱られたり、お堂の縁の下のクモの巣と格闘したりした。

こうして僕も、神社やお寺に親しみを深めていった。

健児はいつも僕に笑顔を向けていた。

「三年生のクラス替えで、一緒のクラスになれるといいね」

僕も健児に笑いかけていた。

ところが僕らの学年は二クラスしかないのに、小学三年のクラス替えでは健児と同じクラスになれなかった。

僕と健児は二人で残念がったが、それでも相変わらず銭湯で会ってはお互いに持ち寄った二人だけの内輪ネタで楽しい時間を過ごしていた。

 僕には小学三年生になって楽しみにしていることがあった。

それは小学三年生の夏休みから入団できる少年野球チームに入ることだった。

そして夏休みになり、将来プロ野球選手になることを夢見ていた僕は、少年野球チームへの入団が叶ったことが本当にうれしかった。

だが、同時に入団した同学年の子供たちと一緒にキャッチボールや基礎的な練習を始めてみると、僕は小学校入学以来ずっと学年で一番背が低く身体も細かったので、バットやグローブ、軟式の野球ボールですら手に余った。

皆についていけるのか、という不安がなくはなかったが、それでも大好きな野球ができることが楽しくて仕方なかったから一生懸命に練習をした。

大きな声を出して元気よくボールを追いかけているうちに、引っ込み思案だった自分が変わっていくような気がしていた。

自分から挨拶をしたりチームメイトに意思を伝えるなど、野球というスポーツを通して自分から他者へアプローチするといった、これまでにない積極性が生まれてきていた。

そして、少年野球にのめりこんでいった僕は帰宅後にも自主練習をするようになり、汗を流しに銭湯へ行く時間がまちまちになった。

それまでお互いが銭湯へ行く時間はテレビ番組を基準にした暗黙の了解だったため、僕が来ているだろうと健児が見当をつけて銭湯へ行っても会えないことが増えてきた。

たまに電話で銭湯へ行く時間を伝えたりしてはいたが、たびたび僕の都合に合わせてもらうのも気が引けたので、いっそのこと健児を少年野球に誘ってみた。

「ケンジ君、一緒に野球やらない?」

「野球かぁ、どうしようかなぁ」

気乗りのしない健児を半ば強引に誘ったのは、引っ込み思案だった僕に少年野球がもたらしてくれた、積極的に他者と交わる、といった感覚を彼と共有したかったからだ。

意外、と言っては失礼だが、健児の運動神経は僕よりも数段良かった。

健児は体験練習に二回来て、野球はやらない、と言った。

どちらかというと、野球そのものよりも野球少年たちとの付き合いに抵抗があったようで、チームメイトにはならなかった。

僕はすごく残念だったが、がっかりした様子を健児には見せないようにした。

少年野球を始めたころから新しい友達も増え、僕の交友範囲も野球を中心にして徐々に様変わりしていった。

健児と接点のない僕の世界が広がりだしていったが、それでも健児とは銭湯でいつもと変わらず、二人だけの世界を楽しんだ。

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