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あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


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第二章 理香……その3

 秋も深まり、学芸会でやる劇の配役決めがあった。

クラスの出し物は、聡子に薦められて以前に読んだことがある『いなばの白うさぎ』だった。

因幡の白うさぎとは、こんなお話だ。


『隠岐の島に住む白うさぎが、海の対岸にある因幡の国へたくさんのワニザメ(大型のサメ)を騙して渡ろうとするが、自ら騙したことをワニザメに告白してしまい体中の皮を剥がれてしまう。

皮を剥がれたうさぎが泣いているところへ、美しいお姫さまに求婚しに行くという大勢の神さまたち(原典だと八十神(やそがみ)といって全員が異母兄弟らしい)がやって来て、うさぎにウソの治療法を教える。

うさぎがウソの治療法で苦しんでいると、先ほどの大勢の神さまの荷物を入れた大きな袋を一人で担がされていた、心のやさしい神さま(八十神の末弟)がやってくる。

その神さまはうさぎをたいそう憐れに思い、正しい治療法を教えて治してやった。

そして大勢の神さまに求婚されたお姫さまは、うさぎを治してやった神さまを選んだのだった』

余談だが、うさぎを治してやった神さまはオオナムチノカミといい、後にオオクニヌシノミコトとなる。

お姫さまはヤガミヒメといい、この話の後に紆余曲折あってオオクニヌシノミコトと結ばれるが、結局は悲しい別れが待っている。


なるほど学芸会の演目としては、たくさんのワニザメ役と大勢の神さま役で配役も多いし、ストーリーも、ウソはいけませんよ、といった道徳的な内容で相応しいものだろう。

先生が黒板にそれぞれの役名を書いていき、立候補者は希望の役名の横に自分の名前を書き、重複すればジャンケン、といった形で配役を募った。

特に希望のないものは、くじ引きで空いた配役にまわることになっていた。

意外なことに、聡子が白うさぎ役に立候補した。

聡子が自ら進んでクラスの重要な何かに取り組む、といった姿勢を示したのは初めてのことで、クラスのみんなも大変驚いていた。

他に希望者もなく白うさぎ役は聡子に決まり、運動会と違って学芸会に乗り気でなかった理香は、なぜか希望者が一人も出なかった、神さまたちに求婚されるお姫さま役、に、くじ引きで決まった。

やはりくじ引きでワニザメ役に決まった僕は、セリフがほとんど無いことに安堵した。

その日の下校時、僕の前を一人で歩く理香を見つけて声を掛けた。

「リカちゃん、今日は一人なの?」

「うん。弟もサトコも先に帰っちゃったからね」

「サトコちゃん、白うさぎ役に立候補したね。ボク驚いたよ」

「そうそう、アタシもびっくりした。さっきもね、今日貰った台本を早く読みたいからって急いで帰っちゃったよ」

クラスで一番背の高い女子と一番背の低い男子が、おしゃべりをしながら並んで歩いている。

「リカちゃんは、お姫さま役だね」

「それを言わないでよぉ。一学期の学級委員長だってくじ引きでなっちゃったし、くじ運が悪いのかなアタシ……、もう嫌になる」

理香は少しうつむき加減にポツリと言った。

「アタシはサトコみたいな女の子じゃないし、お姫さまって柄じゃないよ。そうだよ、お姫さまはサトコがやればよかったのに」

僕は、どういう気持ちで理香がそう呟いたのか分からないでいたが、思っていたことをそのまま口に出した。

「でもボクは楽しみだな、リカちゃんのお姫さま」

「えっ? どうして?」

「どうしてって、リカちゃんはいつもカッコいいからさ、きっとお姫さまも似合うからだよ」

僕は五、六歩ほど足を進めて、並んで歩いていたはずの理香が隣にいないことに気が付いてうしろを振り返った。

「リカちゃん、どうしたの?」

理香は少し顔を赤らめて、うつむいて立ち止まっていた。

僕は理香の前まで戻ると、その顔を見上げて彼女の頬の色をうさぎの目になぞらえて言った。

「リカちゃん、お顔が赤いよ? それじゃお姫さまじゃなくて、白うさぎのお目目みたいだよ?」

「うるさいなッ」

理香はそう言ってうつむいたまま駆け出し、僕を置いてしばらく走った後、クルリとこちらに向き直ってから両手を挙げて、大きく左右に手を振ってさよならを言った。

 本番に向けて、僕たちは先生と一緒に練習に励んだ。

聡子は台本を相当読み込んでいるのだろう、全員分のセリフをすべて覚えていた。

観念したのか理香も前向きになっていて、お姫さま役を喜んだお父さんに衣装を作ってもらうんだ、と張り切っていた。

やさしい神さま役に立候補して役を得ていた学級委員長は、長いセリフを情感豊かに演じていた。

それを見て、僕は少なからず劣等感を感じた。

僕のセリフは「うさぎめ、騙したなぁ!」だけだった。

僕たちは図工の時間に大道具や小道具を作ったりして、本番に向けて準備をしていた。

学芸会が近づいてきて、本番と同じ衣装を着けて練習をするようになった。

「リカちゃん、やっぱり思った通りだ。カッコいいよッ」

理香がお父さんに仕立ててもらった衣装は、赤いロングスカートと前合わせの白い上衣といった簡便なものだったが、小学生が一人で着ても形が崩れないように良く工夫されており、長く垂らしたリボンが付いた面ファスナーで留めるピンク色の帯と、細いワイヤーで形を整えてある透けた薄い羽衣がアクセントになっていて、長身の理香によく映えた。

「リカ、このリボンの帯かわいいね」

長い耳のヘアバンドとまん丸の尻尾をつけた聡子は、皮を剥がれた状態の肌色の衣装の上から理香の衣装を着せてもらったりして、二人は楽しそうだった。

やさしい神さま役の学級委員長も、勾玉のネックレスがついた本格的な衣装を用意していた。

僕たちのクラスは意気盛んな学級委員長を中心として、本番に向けて活気づいていった。

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