表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの大きな樹とともに  作者: 三笠 好弘


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/24

第二章 理香……その1

 近所に住む小学一年生で同じクラスの理香(りか)のお父さんは、外国の映画俳優のようだ。

同級生の中には、お父さんの容姿について娘の理香をからかう者もいたが、僕は大好きなプロ野球チームの主軸を任される外国人選手を思い起こさせたからか、親近感をもっていた。

鼻筋が通った彫りの深い顔立ち、ものすごく長身で長い手足とスマートな体躯は、誰のお父さんよりも僕にはカッコよく思えた。

 理香は時折、二歳年下の弟を連れて公園に来ていて、僕たちと一緒に鬼ごっこやかくれんぼをして遊んだ。

弟は年相応だったが、理香は同学年の女子よりも二、三年ほど上級生くらいの身長だった。

理香は運動全般に秀でていたが、走る姿がとくに印象的だった。

父親譲りの長い手足を伸ばし飛び跳ねるように走る彼女、僕たちはいつも追いつけなかったし逃げ切れなかった。

運動が苦手、というほどでもないのだが運動神経に自信がなかった僕は、そんな理香の走る姿を見ているのが大好きだった。

 理香には、同じクラスに聡子(さとこ)という幼稚園からの幼馴染がいた。

聡子は理香とは対照的に、おとなしく口数の少ない女の子だった。

クラスで一番背が高く少しくせっ毛でショートカットの理香と、クラスで一番背が低く長いストレートでおさげ髪の聡子は、いつでもどこでも一緒にいた。

仲睦まじい二人の様子を見てクラスの男子たちは、背恰好のバランスが自分たちの両親が並んでいるように見えるのか、女同士なのに夫婦だ、女同士でカップルだ、変なの、変なの、とからかった。

からかわれ、うつむいて泣いている聡子をかばい、いつも理香は顔を上げて負けじと男子に言い返していた。

理香の反撃を受けて、クラスの男子たちは「本当はお前、男なんだろ。理香はおとこおんなだぁ」と嘲った。

騒々しい男子たちをよそに僕は、女の子同士で夫婦だとダメなの? 男の子と女の子って、どうして別々の列に並ぶの? どうして男と女があるの? 何が違うんだろう? と不思議に思っていた。

理香はおとなしい聡子をいつも気遣っていたが、その関係性は対等なものだった。

少女同士、何かお互い違ったものを感じて惹かれ合ったのだろうか、いや、子供のことだ、深い意味などなく単純に気が合ったのだろう。

理香は周囲の面倒見もよく、文武両道で優秀な女の子だった。

僕と聡子に逆上がりを教えたり、九九も早くに覚えていた。

弟の世話をする姿もよく見掛け、その時の理香はやさしい表情を見せ、まるで母親のようでもあった。


 僕たちの住む地域では、秋に住民参加型の運動会が行われていた。

僕の家と近くに住む理香の家は同じ区域チームになっていて、小学校の校庭で行われる地域運動会に家族で参加することとなった。

理香も家族で参加するんだ、と張り切っていた。

僕の父は平均的な体格で、学生時代にスポーツの経験はあったようだが、特に運動を連想させるような目立ったところはなかった。

僕は、長い手足を伸ばし颯爽と走る理香のお父さんを想像してワクワクしていた。

「リカちゃん、今日はおじさん、何の競技に出るの?」

「お父さん? お父さんは何の競技にも出ないよ?」

「えっ? どうして?」

「だって、アタシのお父さんは運動音痴だもん」

僕は、あのプロ野球選手に似た理香のお父さんが運動を不得意とすることに、とても驚いた。

「だから、今日はお母さんが走るんだよ、ほらッ」

理香が指差した先には、徒競走のスタートラインで本格的なクラウチングスタートの姿勢を保つ、小柄な理香のお母さんがいた。

スタートの合図で飛び出した理香のお母さんは、高く上げた膝を右、左、右と次々に前方へと振り出しては地面を力強く蹴り上げ、飛び跳ねるような大きな歩幅のストライド走法で目の前を走り抜けたかと思うと、ぶっちぎりの速さでゴールテープを切った。

「やった! ね、すごいでしょ、アタシのお母さん」

そう言って僕に笑いかける理香の飛び跳ねるようなあの走り方は、母親譲りのストライド走法だったのだ。

スラッとした体躯は父親から、抜群の運動神経は母親から、理香はまさにその父母の子供といえた。

運動会が終わって区域チームの打ち上げがあった。

僕と理香は一緒にジュースを飲みながら、お酒の入った大人たちの会話を横で聞いていた。

どうやら理香のお父さんは留袖や訪問着の仕立て職人で、なかなかの評判らしかった。

僕は理香のお父さんが走っているところをどうしても見てみたかったが、それは最後まで叶わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ