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三題噺もどき4

嫌な予感

作者: 狐彪

三題噺もどき―ななひゃくにじゅうろく。

 




「―ふぅ」

 濡れた頭をタオルで適当に拭きながら、浴室のドアを開ける。

 小さな水滴があたりに飛び散るが、まぁ、仕方あるまい。

 せめて脱衣所が濡れないようにと、こうして浴室内で拭いているのだ。

「……」

 ドアを開けたのは少しでも涼むためだ。

 この朝シャワーも毎日していることではあるが、こう暑い夏だと籠る熱はかなりきつい。

 せっかく浴びたのに汗をかくようなことがあっては嫌だろう。

 ドライヤーは……まぁ、今回は勘弁させてもらおう。さすがに暑すぎる。

「……」

 バスタオルではなく、フェイスタオルで拭いている。

 夜はバスタオルなのだが、朝はなんとなくこれになっている。

 ……物を必要最低限しか置いてないから、バスタオルを今使うと夜の分がなくなるからだけれど。フェイスタオルは何枚か置いてあるんだが、バスタオルは二枚しかない。アイツの分と私の分一枚ずつだ。

「……」

 頭を拭き終わり、体もさっさと吹いていく。

 水気をふき取った先から、汗が滲むような気がするが、きっと気のせいだろう。そんなに代謝がいいわけでもないのだから、きっと気のせいだ。

 それにまぁ、リビングに行ってしまえば汗なんて一気に冷える。クーラーがついているからな。

「……っしょ」

 最後に足の裏を拭き、先に片足だけを脱衣所のバスマットに置く。

 残りの片方もさっさと拭いて、空になった浴室のドアを閉める。

「……」

 タオルを開けられていた洗濯機の中に放り込む。

 その蓋を閉め、備え付けの棚の上に置いてあった着替えをその上に置きなおす。

 淡々と着替えを済ませていき、最後に乾いたタオルを肩にかける。

 まだ頭が少し濡れているような気がするので、それを軽く拭きながら脱衣所を出る。ドライヤーしてないから当たり前か。

「……、」

 廊下に出ると、朝食の匂いが漂ってきた。

 と、同時に。

 何か嫌な気配がしていた。

「……」

 何だ突然……。

 と思うだろうが、私も思ったのだ。

 嫌な気配というよりは、嫌な予感か。何か面倒事が運び込まれたような感覚がしている。また数か月前のような面倒事は勘弁してほしいのだが。

「……あ、上がりましたか」

 リビングへの扉を開くと、そこには朝食の準備を着々と進めている小柄な青年がいた。

 焼き立ての食パンに、少しだけコショウのかかった目玉焼き。申し訳程度の野菜に、今朝は冷静コーンスープ。コーヒーの香りがそこに混じり、いかにもな朝食が出来上がっていた。

「……」

 しかし、二人分の朝食が並んだ机の。

 今にも落ちそうな端の端の方に、黒い封筒が置かれていた。

 蝋で封がされ、そこには、嫌でも見慣れた紋章が浮かんでいた。思いだしたくもないあの家の。

「……回覧板を回しに行ったらポストに入ってましたよ」

「……そうか」

 見たくもなし。

 興味もなし。

 今すぐに燃やしたいところではあるが。

「……」

「……開けましょうか?」

「いや、いい」

 どうせたいしたものではない。

 あの女ではなく、もしかしたら義弟からのものかもしれない。

 むしろそちらの方がまだ読もうと思える。

 このままここに放置しておいても埒が明かない。さっさと確認して燃やしてしまおう。

「……」

 封筒を手に取り、封を切る。

 中身は案外白の普通の紙。

 二つに折られたそれを開き、何かと。

「……、」

 あぁ。

 そういえば。

 そうだった。

「……ご主人、」

「……」

 あの男が死んだのは。丁度今くらいの時期だったか。吸血鬼でも案外あっさり死ぬのだ。

 すっかり忘れていた。確か、毎年これくらいの時期に手紙が届いていたが、ここ何年かは見てもいなかったからな。見つけた時点で燃やすか何かしていた。

「……行くんですか?」

「いや、行かない」

 簡単に言うと、墓参りに来いと言う手紙だった。

 行く意味もないし、必要もなし。

 それに、あの男の墓参りは年明けのあの時に済ませている。

「……朝食にしましょう」

「あぁ」

 手紙を燃やし、跡形もなく消す。

 私の視界からもコイツの視界からも、記憶からも消す。

 あれらとの関わりは最低限でいいのだ。





「……余計なことをしましたね」

「いや、そんなことはない」

「……それならいいですけど」

「それより、今日の休憩はチーズケーキがいいんだが」

「えぇ、分かりました。作りますね」

「あぁ、楽しみにしている」















 お題:滲む・目玉焼き・紋章

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