【表紙有】ミニマム文学部部長はBSSが見たい!
文学部部長ユウキは彼氏のBSSが見たい、どうしても見たい!
人騒がせな少女が巻き起こすラブコメディ!
そこはとある学校、人影が少ない部室棟、夕日が差し込む文学部の部室。窓から入る斜めの光が、古めかしい木の本棚に並んだ本の背表紙を照らし出していた。
「動かないでね、ジュンヤ♪」
ユウキの笑い声が小さな部室に響く。「フヒヒ」という独特の笑い方は、いつも通りに意地悪な色を帯びている。
身長150センチほどの小柄な少女、ユウキ。やや癖のある黒髪が揺れる。古臭いとも思われかねない銀縁眼鏡の奥の瞳が、いたずらっぽく輝いていた。
学校指定のブラウスは彼女には少し大きく、袖が手の甲まで覆っている。規定のブレザーではなく、独自解釈で紺色のケープを羽織っているのは、彼女なりの文学少女スタイルだった。
「ユウキ部長?、これ、冗談にしては度が過ぎてませんか?」
椅子に縛り付けられた副部長のジュンヤは、170センチほどの線の細い少年だ。普段は物静かでお気楽なところがあるが、少々物言いが容赦ない性格だった。
「文学部の部長命令よ!小説のネタ出しだからね!感情の極限を観察するための大義があーる!」
ユウキは両手を腰に当て、胸を張る。その姿は小さな体格のせいで威厳というより可愛らしさが勝っていた。
「部長命令って...僕たち二人しかいないんだから、それで命令する意味なくないです?そもそも部員三人の規定に足りてないし」
「うるさいわね。卒業までは二人でやれるって先生も認めてくれたじゃない」
ユウキはそう言って、部室の机にヒョイと腰掛けた。その足はぶらぶらと床に届かない。
「で、本当の理由は?」
鋭いジュンヤの指摘にユウキは一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直す。
「ジュンヤくん」
彼女は眼鏡を直すしぐさをして、急に真剣な表情になった。
「私たち、付き合って半年よね?」
「そうですね」
「なのに...なのに!」
突然、ユウキの声が上がる。
「どうして手を出してくれないの!?」
ジュンヤは動けないまま、目を丸くした。
「は?」
「だから!キスとか...もっとこう...積極的になってくれてもいいじゃない!」
ユウキの顔が真っ赤に染まる。彼女は両手を握りしめ、主張を続ける。
「私、身長低くてダメなのかな?小さくて子供みたいだから興奮しないとか...」
彼女の声には、心の奥底にある小さなコンプレックスが垣間見えた。
「そんなわけないですよ」
ジュンヤはため息をついた。
「部長の身長も含めて、全部好きです」
一瞬、ユウキの顔が明るくなったが、すぐに元の不満顔に戻る。
「だったら、どうして?」
「それは...」
ジュンヤは慎重に言葉を選ぶ。
「別に焦らなくていいと思っただけだよ。無理に急ぐことないよ」
「もう半年よ!半年!」
その煮え切らない態度を、ユウキは指さして糾弾する。
「手を出さないあんたが悪いの!半年よ?女の子の気持ち、わかる?」
「はぁ…」
「だから今日は罰として、ジュンヤくんのBSSを見せてもらうわ!」
言い終わると座っていた机からストンと両足で着地。
「B...SS?僕が先に好きだったのにBokuga Sakini Sukidattanoni」
「オタクっぽい早口説明ありがとう」
ケープの裾を翻し、横を向きながら続ける。
「つまりね」
彼女は教師のように指を立てて説明を始めた。
「例えば、ジュンヤくんが私のことを好きで、でも私が他の人と付き合っちゃって、その二人がイチャイチャしているのを見せつけられるの。
ジュンヤは呆れた表情で答えた。
「いや、僕以外で付き合える人いるんですか?」
ユウキの小さな拳がジュンヤの頭に降り注ぐ。
「痛っ!やめっ!」
「そんなこと言ってるんじゃないの!私はジュンヤくんのBSSが見たいの!文学的に観察させてよ!」
「でも僕たち付き合ってるじゃないですか。BSSのシチュエーションになりませんよ」
「あっ……」
ユウキは一旦落ち着き、深呼吸をした。少し考え、閃く。
「じゃあ、NTRよ!NTR!寝・取・ら・れ!ジュンヤくんがNTRビデオレター見てる時の歪んだ顔が見たい!!!」
「いや、僕たちまだ寝てませんよね」
再びユウキの拳が振り下ろされる。
「痛っ!冗談だって!」
「もう!ジュンヤのバカ!」
怒ったユウキはポケットからスマホを取り出した。画面をタップすると、怪しげなアプリが起動する。画面には「催眠アプリ・ベータ版」という文字が浮かび上がる。
「これで解決よ!」
「ハッ催眠アプリ?そんな都合の良いものあるわけないでしょ。マンガじゃあるまいし…」
ジュンヤは余裕の態度を崩さない。しかしユウキは真剣な表情でスマホを彼に向けた。
「『あなたは目の前の彼女をBSSされました』、はい!」
スマホから強烈な光が発せられ、部室が一瞬白く染まった。
***
ジュンヤは床に座り込み、頭を垂れている。ユウキが彼の拘束を解いていたが、彼は動こうともしなかった。肩を落とし、暗い表情で俯いている姿は、まるで深い悲しみに沈んでいるようだった。
「ジュ、ジュンヤ...?」
ユウキは恐る恐る声をかけたが、反応はない。彼の周りには暗い雰囲気が漂っていて、とても話しかけられる状態ではない。
(まさか...本当に効いた?)
予想外の効果に、ユウキは動揺を隠せない。確かにBSSが見たかったけれど、ジュンヤがここまで落ち込むとは思っていなかった。
(やりすぎた...)
ユウキの脳裏に有名な教科書にも載る文学作品の情景が浮かぶ。
夏目漱石「こころ」
主人公「先生」と友人「K」は共に下宿先のお嬢さんに心を寄せるが、「K」はそのことを先生に相談してしまう。
「先生」は親友としての立場を利用して「K」を出し抜き、お嬢さんをものにする。絶望した「K」は自らの命を絶つのであった。
「K」の最期は凄惨なものである。その情景を思い出したユウキは、慌ててスマホを取り出し、アプリを確認する。解除ボタンを探したが、画面には「最初に時間を決めてね!」という文字が点滅していた。
「え...?」
「ご、ごめんね、ジュンヤ!私が悪かった!」
彼女は焦ってジュンヤの前にひざまずき、彼の顔を見上げようとした。
「ねえ、私のバカな妄想なんか忘れて、もとの関係に戻ろう?私、ジュンヤと付き合えるだけで十分幸せだから...」
彼女はスマホを彼に向け、必死に催眠を解こうとする。
「ねぇジュンヤぁ・・・」
「ただのフラッシュですよ、それ」
突然、真上から声がした。ユウキがスマホから顔を上げる間もなく、強い腕が彼女を上から抱きすくめた。
「え?」
次の瞬間、頬を持ち上げ、上を向かされる。そして—
「ふみゅ」
ユウキの驚きの声は、ジュンヤの唇によって遮られた。柔らかい感触が彼女の意識を支配する。
数秒後、ジュンヤは肩を持って彼女の体を離した。彼の顔は赤く染まっていたが、必死に冷静を装っている。
「満足かよ」
照れくささをぶっきらぼうな態度で誤魔化そうとするジュンヤ。しかし、その目は優しさに満ちていた。
ユウキはまだ信じられない表情で彼を見つめている。唇に手を当て、先ほどまでの感触を確かめるように。
「ジュンヤ...」
ジュンヤは視線を逸らし、耳まで真っ赤になっていた。
ユウキの目に涙が浮かんだ。嬉しさと安堵が彼女の小さな体を満たしていく。
「ありがと...」
そっと囁いた後、ユウキは再びジュンヤの胸に飛び込んだ。彼の腕が彼女を包み込む。
部室の窓からは、夕陽の最後の光が二人を照らしていた。
「これからは、変な催眠アプリとか使わなくていいからな」
「うん...でも、たまには強引なジュンヤも見てみたいかも...フヒヒ」
「まったく...」
ジュンヤはため息をつきながらも、ユウキの頭をそっと撫でた。
小さな文学部の部室に、二人の笑い声が響いていた。