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血塗られたロングソード:東京に甦る騎士の亡霊

この物語は、闇に閉ざされた夜の博物館を舞台にした、戦いと謎が交錯する一夜の記録である。封印されていた亡霊騎士の復活、そしてそれに立ち向かう一人の女性・裕美。彼女の勇気と知恵が、この恐怖に満ちた夜を切り拓いていく。はたして、歴史に刻まれた騎士の魂は、救われるのか――。

【都会の惨殺死体】


警察のブルーシートが張られ、数名の警官が出入りしていた。路上に倒れているのは、若い女性の遺体。被害者の衣服が血に染まり、足元には血の水たまりが広がっていた。


鑑識班が現場を調べる中、刑事たちは頭を悩ませていた。


「凄まじい切れ味だな……まるで鋭利な刃物で切り裂かれたようだ」


被害者の傷は深く、まるで日本刀かナイフで切り裂かれたようだった。しかし、こんな都会のど真ん中で、刀を振り回す通り魔が現れるのだろうか?


「凶器はまだ見つかっていない。防犯カメラにも犯行の瞬間は映っていなかった」


刑事の一人が、無力感をにじませた声でつぶやいた。


「となると、現場周辺を洗い直すしかないな……」


警察は捜査を進めるが、被害者の所持品に手がかりはなく、知人関係を調べても恨まれるような人物ではなかった。


街はまだ静寂に包まれていたが、すでにニュースサイトでは「新宿で惨殺事件発生!」の文字が飛び交っていた。


【亡霊騎士の目覚め】


国立西洋美術館で開催されている中世ヨーロッパ歴史展。貴族の装飾品や手書きの写本が並ぶ中、ひときわ異彩を放つ展示物があった。


それは、鉄製の中世騎士の鎧だった。


「すごい迫力……」


見物していた女性が鎧の前で立ち止まり、思わず呟いた。その瞬間、鎧の目元が鈍く光ったように見えた。


「……今、光った?」


彼女は首をかしげたが、もう一度見直しても鎧は微動だにしなかった。


一方、別の展示室では男性が鎧を撮影していた。レンズを覗きながらシャッターを切ると、金属がこすれるような微かな音が聞こえた。


「今の音……まさか……」


しかし、周囲を見渡しても誰も異変には気づいていない。彼は不安を振り払うように撮影を続けた。


その夜、博物館の警備員が巡回していた。


広い展示室に人の気配はなく、静寂が満ちている。しかし、騎士の鎧の前を通り過ぎようとした瞬間、微かな音が響いた。


ギィ……ギィ……。


警備員は立ち止まり、鎧を振り返る。しかし、そこには変わらぬ姿のまま、静かに佇む鎧があるだけだった。


「……気のせいか?」


だが、彼が歩き出したその瞬間、再び音が鳴った。


ギギ……。


警備員は背筋に冷たいものを感じながら、足早にその場を離れた。


その翌日、スキンヘッドのYoutuberが、展覧会の騎士に刺激されたのか、日本刀を振り回す動画を撮影し、投稿した。


「俺こそが、現代のサムライだ!」


彼の意気込みとは裏腹に、すぐさま警察に通報され、事情聴取を受ける羽目になった。


その直後、SNS上では非難の嵐が巻き起こった。


『危険すぎる!何考えてんの?』

『模倣犯が出たらどうするんだ?』

『現代のサムライ?ただの迷惑行為だろ』


炎上は瞬く間に広がり、動画は即座に削除された。しかし、ネット上ではすでに拡散され、多くの批判コメントが寄せられていた。


そして、その夜、第二の被害者が発見される。


警察は第一の被害者と第二の被害者の関連性を探るが、接点は何一つ見つからなかった。手がかりのない捜査に警察は頭を悩ませる。


「これは通り魔の犯行とみて、捜査を進めるしかないな……」


そう結論付けた警察は、街の警戒を強める。


だが、その影は、すでに次の獲物を求めていた。


【幽霊探偵の推理】


旅行ルポライターの伊田裕美は、ある町の博物館で展示されている「呪われた騎士」の話に興味を抱いた。歴史好きというわけではないが、奇妙な話には目がない。いつものように仕事そっちのけで、真相を探ろうと動き出す。


裕美は黒髪のショートカットで、痩身である。目元は鋭く、仕事柄か、行動はすばしこい。しかし、自由奔放な性格が災いし、毎度のごとく編集長の伝兵衛に怒鳴られることになる。


「おい裕美!お前の仕事は観光記事だぞ!なんで殺人事件に首突っ込んでるんだ!」


「いやあ、伝兵衛さん。これ、ただの観光話じゃないんですよ。この町の博物館にある騎士の鎧、夜になると消えるらしいんです」


「消える?馬鹿言え!誰かのいたずらか、管理ミスだろうが!」


「それがですね、騎士の鎧が消えた夜に限って、街で惨殺事件が起きてるんです」


「……は?」


伝兵衛の顔色が変わる。確かに最近、この町では不可解な殺人事件が連続して発生していた。被害者は全員、深い刃物傷を負い、まるで中世の剣で斬られたような状態だった。


「偶然かもしれませんが、三日前の事件も、その前の事件も、博物館の監視カメラに不審な動きが映っているんですよ。騎士の鎧がガタリと揺れたあと、次の瞬間には消えている……」


「幽霊でも出たっていうのか?」


「さあ、でも第三の事件が昨夜起きました。目撃証言があるんです。

『ギシ…ギシ…』と、まるで鉄の鎧が擦れるような音がしたって」


静まり返る編集部。裕美は腕を組んで、口元に笑みを浮かべた。


「これはもう、確かめるしかないでしょう?」


「……やれやれ、またお前か……」


伝兵衛は大きくため息をついたが、裕美の推理が的を射ていることを感じていた。そしてその夜、彼女は博物館の裏口で張り込みを開始するのだった。


亡霊騎士の正体】


騎士の正体が判明した。

裕美は大学の教授、民間の西洋研究者、ローマ・カトリックの神父などに話を聞いた。

意外なことに、日本で西洋中世のグッズを販売する店主、天野冨本あまの とみもとがその正体を知っていた。彼はいかにも山師といった雰囲気で、愛想の良さと鋭い目つきを兼ね備えた男だった。


裕美が騎士の紋章を見せると、天野は言った。

「ああ、ヒルチャックスキーですね。悪いやつなんですよ。こいつは教皇ホノリウス3世に十字軍を出すと約束しながら、結局行かなかった。だから教皇から破門されたんです。でも、こんな人のグッズが欲しいなんて珍しいですね。ペンダントですか? それとも腕章?」


「いいえ、そうじゃないんです」


この騎士の鎧の持ち主は、13世紀にローマ教皇ホノリウス3世から破門され、非業の最期を遂げたポーランド貴族、ヒルチャックスキーだった。

ヒルチャックスキーの亡霊は封印されていたものの、日本に持ち出されたことで復活してしまったのだった。


裕美は肩を落としながらつぶやいた。

「結局、ホノリウス3世のペンダントを買わされちゃった。経費で落ちないね……」


その日から、裕美はホノリウス3世のペンダントを身に着けることになった。


【亡霊騎士との最終決戦】


深夜、博物館は不気味な静寂に包まれていた。すべての電気が消え、警報装置も無効化され、異様な闇が広がっていた。そして、その闇の中、ヒルチャックスキーの霊が忽然と姿を消した。


裕美は自らを囮とし、亡霊騎士をおびき寄せていた。ぼんやりと光る街灯すらも霞み、あたりは異様な雰囲気に包まれる。やがて、闇の中から甲冑の軋む音が響き渡った。獲物を見つけた騎士は、赤く光る瞳を裕美に向け、ロングソードを振り上げて襲いかかる。


「くっ…!」


裕美は身を翻し、間一髪で攻撃をかわした。だが、剣が床を叩くたびに激しい衝撃が響き、地面が揺れるように感じられた。一撃でも食らえば、命はない。しかし、その瞬間、裕美の胸元で鈍く光るものがあった。


――ホノリウス3世のペンダント。


ペンダントが淡い光を放つと、騎士は一瞬ひるんだ。その隙を突き、裕美はすぐに展示場へと走る。騎士は執拗に追いかけ、博物館内の警備員も異変を察知するが、亡霊の姿を目にすると恐怖に駆られ、逃げ惑う。


「お願い! 展示場の扉を開けて!」


裕美は施錠された扉に手をかけて焦った。しかし、幸運にも非常口がわずかに開いていた。


「聖なる斧…!」


裕美は警備員とともに博物館の奥へ駆け込んだ。薄暗い展示室の奥、ガラスケースの中で『ホノリウス3世の聖なる斧』が月光を反射していた。


怯える警備員に鍵を開けさせると、裕美はすぐに斧を掴み取った。だが、その瞬間、鋭い金属音が響き渡る。


亡霊騎士がロングソードを振りかざし、再び飛びかかってきた。


「うわっ!」


鋭い一撃が宙を裂く。裕美は後退しながら必死に斧を握りしめた。そして、最後の決意を固める。


「これで終わりだ!」


裕美は『聖なる斧』を大きく振りかぶり、全力で騎士に向かって振り下ろした。轟音とともに光が爆発し、騎士の亡霊は悲痛な叫びをあげながら、その場で霧散していった。


――騎士は消えた。


しかし、不思議なことに、その場に残された鎧には一切の損傷がなかった。警備員は安堵しながらも、その異様な光景に言葉を失った。ただ、静寂だけが漂っていた。


騎士はついに成仏したのか、それとも――?


【エピローグ】


裕美は首にかけたホノリウス3世のペンダントを見て、「役に立つじゃない、このペンダント」とつぶやいた。


翌日、博物館は何事もなかったかのように静かに開館していた。


まるで、あの恐怖の夜が夢であったかのように。


しかし、展示室の奥に残された鎧は、何も語らぬまま、ただそこに佇んでいた。


――完――

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。本作は、歴史の影に潜む恐怖と、それに立ち向かう勇気をテーマに描きました。亡霊騎士との戦いを通じて、主人公・裕美の成長や、未知なる力への畏敬を感じ取っていただけたなら幸いです。


物語は幕を閉じましたが、果たして騎士の魂は完全に解放されたのか、それともまだ何かが眠っているのか――。


また別の物語でお会いできることを願って。

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