表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/48

霊能探偵 呪われた日本人形と死の連鎖

 今回の物語は、日本人形にまつわる怪異を題材にしたホラー・ミステリーです。

 日本人形は、その精巧な作りや美しさから、多くの人々に愛されてきました。しかし、一方で人の想いや念が宿りやすいとも言われています。古い人形が持つ独特の存在感や、時には不気味さを感じることがあるのも、そのためかもしれません。

 本作では、一体の人形に込められた怨念が持ち主に呪いをもたらし、霊能探偵・伊田裕美がその謎を追うことになります。科学では解明できない不可解な現象、そしてそこに隠された人間の哀しみと執着——。

 読者の皆様には、この物語を通じて、人形の持つ神秘性や、見えざるものの世界に思いを馳せていただければ幸いです。

 【登場人物】

 伊田裕美:霊能探偵、旅行ルポライター、ショートカットの黒髪を持ち、知的な印象を与える黒のスーツに身を包んでいた。端正な顔立ちと鋭い眼差しが特徴で、どこか探偵のような雰囲気を漂わせている。全身には梵字の刺青が刻まれており、顔・胸・秘密の花園を除いてほぼ隙間がない。

 伝兵衛:旅行雑誌編集長。

 村田蔵六:陰陽師で湯川寺とうせんじの住職、幽霊探偵の相談相手。

 高橋霊光たかはし れいこう:自称怪奇事件解決人。裕美の弟子といったり、裏切ったりする。


 第一章:呪われた人形

 秋田谷子あきた たにこは三十代の独身女性であった。端正な顔立ちと痩身の体躯を持ち、それなりに美人と言える容姿をしていた。しかし、特に趣味というものがあるわけではなく、仕事をこなすだけの日々を送っていた。そんな彼女の目に、ある日、ふとしたきっかけで奇妙なものが映り込んだ。

 それは、ネットショップ「日本人形の館」に並ぶ一体の日本人形だった。

 筆者は魔女人形が好きだ。その独特の雰囲気、時には美しさとは別の何かを感じさせる存在感に惹かれてしまう。魔女人形は、昔から魔除けとしての効果があるとされ、家の前に置くことで邪悪なものを寄せつけないと言われている。しかし、人形全般に言えることだが、そこには一種の神秘的な魅力がある。日本人形もまた、精巧な作りや優美な表情が人を惹きつけるものだ。

 谷子は、その人形の繊細な顔立ちに魅せられた。

 「汚い顔のものは嫌だけど……この人形、なんとなく可愛いかも」

 彼女はそう呟きながら、手元のマウスを無意識のうちにクリックしていた。値段は一万円。決して高いものではない。気づけば、購入手続きが完了していた。

 ——なぜ、買ってしまったのだろう?

 そんな疑問が頭をよぎったが、すぐに忘れることにした。

 【人形の到着】

 数日後、谷子のもとに人形が届いた。

 段ボール箱を開けると、丁寧に梱包された中から古めかしい日本人形が現れた。黒髪を結い上げ、小さな赤い口を持つその人形は、微笑んでいるようにも、泣いているようにも見える。

 「……可愛いじゃない」

 谷子は満足げに呟きながら、人形を枕元に置き、その晩は安心した気持ちで眠りについた。

 しかし、それが悪夢の始まりだった。

 翌朝、目が覚めると、頭が割れるように痛んだ。鎮痛剤を飲んでも効果がない。仕事に行くも、終始痛みが続く。

 「風邪かな……?」

 そう思いながらも、なんとか一日を終えた。

 だが、その痛みは翌日も続いた。さらに今度は、両腕に鋭い痛みが走る。腕を上げることすらできないほどの激痛だった。

 医者に行き、MRI検査を受けたが、異常は見つからなかった。

 「特に問題はないですね……ストレスが原因では?」

 そう診断され、痛み止めを処方されただけだった。しかし、症状は一向に改善しない。

 次に襲ったのは歯痛だった。何をしていても歯が痛み、眠ることすら困難になった。歯科医院を訪れたが、原因不明。

 「どういうこと……?」

 日に日にやつれていく谷子。

 そして、ある夜——

 彼女はうわ言のように意味不明なことを呟き始めた。魂が抜けたように虚ろな目をし、まともに会話することすらできなくなっていた。

 その異変に気づいた友人が訪れた時には、すでに谷子は衰弱しきっていた。

 ——そして、彼女はそのまま息を引き取った。

 人形の顔が、笑っているように見えた。


 第二章:新たなる犠牲者

 松本翔子まつもと しょうこは二十代半ばのOLだった。肩まで伸びた黒髪をひとつにまとめ、流行りの化粧を施し、オフィスカジュアルに身を包んでいる。仕事は事務職で、特に刺激のない日々を送っていたが、それなりに充実していると感じていた。

 そんな翔子が、ある日、ネットショッピング中に奇妙なものを見つけた。サイト名は「日本人形の館」。日本人形を専門に扱うオンラインショップだ。気まぐれにページをスクロールしていると、ある人形が目に留まった。

 「……なんか、可愛いかも」

 白い肌に艶やかな黒髪、繊細な顔立ち。どこか寂しげにも、微笑んでいるようにも見える。翔子はふと、手元のマウスを動かした。

 ——その瞬間、画面が勝手に動いた。

 まるで見えない手が操作しているかのように、カーソルが購入ボタンに吸い寄せられた。

 「えっ?」

 驚いてマウスから手を離したが、すでに「購入完了」の文字が表示されていた。翔子は不思議に思いながらも、「まあ、いっか」と特に気にせず、そのまま画面を閉じた。

 【人形の到着】

 数日後、翔子のもとに小さな荷物が届いた。

 箱を開けると、丁寧に包まれた人形が現れた。実物は写真よりもさらに美しく、同時にどこか不気味な雰囲気を漂わせていた。

 「……ほんとに、なんで買っちゃったんだろう?」

 しかし、手に取ると妙に愛着が湧いてくる。翔子はそのまま人形を寝室の棚に飾ることにした。

 【異変の始まり】

 その夜、翔子は久しぶりにぐっすり眠れると思っていた。

 しかし、翌朝目覚めると、頭が鈍く痛んだ。こめかみの奥をじんじんと刺すような感覚。

 「うーん……飲みすぎたかな?」

 昨晩は特に酒を飲んだわけではない。それでも、二日酔いのような倦怠感に襲われていた。

 それから数日が経った。

 頭痛は収まらないどころか、次第にひどくなっていった。さらに、腕に奇妙な痛みが走るようになった。最初は軽い違和感程度だったが、日に日に痛みが増し、次第に腕が上がらなくなっていく。

 「これって、なんなの……?」

 不安になり、病院へ行った。

 診察を受け、MRI検査まで行ったが——

 「異常なしですね」

 医者は淡々とそう告げた。

 「でも、痛みが……」

 「ストレスや自律神経の乱れかもしれません。お薬を出しておきますので、しばらく様子を見てください」

 診断は簡単なものだった。しかし、痛みは収まらなかった。

 次に訪れたのは歯の痛みだった。虫歯でもないのに、鈍く疼くような痛みが続く。歯科医院を訪れても、やはり「異常なし」の一点張りだった。


 第三章:霊能探偵との出会い

 日を追うごとに翔子の体調は悪化した。頭痛、腕の痛み、歯の痛み——まるで体が少しずつ蝕まれていくようだった。

 心配した同棲相手の石井猿男いしい さるおは、翔子の異変をSNSで相談することにした。

 「彼女が原因不明の体調不良で苦しんでいます。病院でも原因がわからず、霊的なものかもしれない……」

 数時間後、あるアカウントから返信があった。

 『霊能探偵・伊田裕美に相談を』

 そこには、霊能探偵・伊田裕美への依頼方法が書かれていた。

 「伊田裕美……?」

 さらに調べると、裕美に連絡を取りたければ、まず高橋霊光たかはし れいこうという男に相談しろと書かれていた。

 猿男は早速、霊光に連絡を取った。

 「彼女の体調がどんどん悪くなっています。助けてもらえませんか?」

 「お安い御用ですよ」

 霊光は自信満々にそう言った。

 【高橋霊光との対面】

 霊光が住んでいるのは東京都台東区鶯谷。

 鶯谷の町は独特の雰囲気を持つ。駅前にはラブホテルが立ち並び、昼間でもどこか陰のある空気が漂っていた。

 猿男は霊光の住居を訪ねた。出迎えたのは、坊主頭で派手な装飾を身につけた中年男だった。

 「いやぁ、どうもどうも。私が高橋霊光です」

 胡散臭い。

 そう思いながらも、猿男は事情を説明した。

 「なるほど、それは大変ですね。でもご安心を。この私が呪いを解いてあげましょう」

 霊光はそう言い放つと、すぐに翔子のもとへ向かった。

 【霊の気配】

 翔子の寝室に足を踏み入れた瞬間、霊光は顔をしかめた。

 「こ、これは……」

 部屋には異様な臭いが漂っていた。死臭——それはまるで、死を間近にした動物のような臭いだった。

 翔子は布団の中でうめき声を上げている。

 霊光は適当な呪文を唱え、手をかざした。

 「大丈夫、もう大丈夫です」

 そう言い残し、彼は謝礼を受け取ると、満足げに帰っていった。

 だが、その後も翔子の体調は回復しなかった。

 ——そして、事態はさらに悪化していく。

 東京都港区麻布——

 閑静な住宅街の中に佇む湯川寺とうせんじ。歴史ある寺の境内は静寂に包まれ、時折、風に乗って木々の葉が擦れ合う音だけが響く。

 その一角にある椅子に腰掛け、カフェラテを手にくつろぐ女性がいた。


 第四章:伊田裕美—・霊能探偵

 黒髪のショートカットに黒のスーツ。端正な顔立ちに鋭い眼差し。休日にも関わらず、彼女の服装は隙のないものだった。冷静でありながら、どこか危険を感じさせる佇まい。その身体には、顔・胸・秘密の花園を除いてびっしりと梵字の刺青が刻まれている。護符としての役割を持つそれは、彼女の身を守るだけでなく、危機の際には発光する。

 「……そろそろ来るわね」

 裕美は小さく呟くと、ラテのカップを置いた。

 その直後、湯川寺の門前に男が二人現れた。

 高橋霊光と石井猿男。

 霊光は坊主頭の中年男。派手な装飾品を身につけ、胡散臭さを全身に纏っている。一方、猿男は見るからに疲れた表情をしていた。彼女・松本翔子の体調が日に日に悪化し、すがる思いでここへ来たのだ。

 「伊田裕美先生……」

 猿男が緊張した面持ちで声をかける。

 「相談したいことがあるんです……!」

 裕美は猿男を一瞥すると、静かに頷いた。

 「話してちょうだい」

 【不可解な症状】

 猿男は翔子の身に起きた不可解な現象を話した。

 「最初は頭痛だけだったんです。でも、次第に腕が動かなくなり、歯痛まで……病院では何も異常がないって言われました。だけど、どう考えても普通じゃないんです!」

 「それで、霊光が除霊を?」

 裕美は冷ややかな視線を霊光に向けた。

 「な、なにって……ちゃんと浄化の儀式をやりましたよ!」

 霊光は胡散臭く笑いながら言った。

 「ほら、いつものやつ!」

 「それで、翔子の体調は良くなったの?」

 「……それが、まだ……」

 霊光は言葉を濁した。

 「まったく……」

 裕美はため息をついた。

 「猿男、翔子さんのところへ案内してちょうだい。直接見てみるわ」

 「はい!」

 【霊の気配】

 翔子のマンションに着くと、裕美は玄関先で立ち止まった。

 部屋の空気が異様に重い。

 それに、何かが腐ったような臭いがする。

 「……死臭ね」

 裕美は低く呟いた。

 寝室に足を踏み入れると、翔子は布団の中でうめき声をあげていた。顔色は悪く、汗で髪が額に張り付いている。

 「これは……ただの体調不良じゃないわね」

 裕美は部屋を見回した。

 そして——

 視線の端に、棚の上の日本人形が映った。

 「これは?」

 猿男が答える。

 「翔子がネットショップで買った人形です。これを飾ってから、体調が悪くなったんです……」

 裕美は人形に近づき、じっと見つめた。

 ——その瞬間、梵字の刺青が微かに疼いた。

 「……なるほどね」

 彼女は小さく呟いた。

 ——これは、ただの霊障じゃない。

 人形の目が、ギラリと光った。


 第五章:呪われた人形の謎

 東京都内にある雑居ビルの一角。

 伊田裕美は、ネットショップ「日本人形の館」を経営する店主、天野冨元のもとを訪れていた。

 店内には日本人形がずらりと並び、どれもが妙に無機質な笑みを浮かべている。昔ながらの雰囲気を醸し出す店だが、どこか不気味な空気が漂っていた。

 「いらっしゃいませ……」

 カウンターの奥から現れたのは、五十代半ばの男だった。やや小太りで、髪は乱れ、目つきがどことなく陰湿である。裕美は彼の姿を一瞥しながら、静かに口を開いた。

 「あなたが、天野冨元さんね?」

 「ええ、そうですが……お客様ですか?」

 「いいえ、私は霊能探偵の伊田裕美。あなたの店で売られた人形について話を聞きたいの」

 冨元の表情が一瞬、こわばった。

 「人形……?」

 「そう。松本翔子さんが購入した日本人形。彼女は今、原因不明の体調不良に陥っている。最悪の場合、命を落とすかもしれないのよ」

 「ま、まさか……そんなこと……!」

 裕美はカウンター越しに冨元をじっと見つめる。

 「本当のことを言いなさい。彼女が死んだら、あなたの責任になるのよ?」

 「ち、違います!そんなつもりは……」

 冨元は慌てて首を振った。

 「実は私もよくわからないんです。あの人形は、ある日、倉庫を整理していたときに見つかったんです。誰が持ち込んだのかもわからない。売れたと思ったら、なぜかまた戻ってくる……まるで、誰かがこの店に留めようとしているようで……」

 「……なるほどね」

 裕美は腕を組み、しばし考え込んだ。

 「その人形、ほかに購入者は?」

 「記録を見る限り、過去にも何人か買っていきました。でも……ほとんどの人が返品してくるんです。理由は、気味が悪いとか、夜になると変な音が聞こえるとか……」

 「ふむ……」

 裕美は店を後にすると、次に向かったのは国会図書館だった。

 【霊の記録】

 国会図書館で人形にまつわる呪いや言い伝えについて調べてみたが、これといった手がかりは見つからなかった。

 「このままじゃ、埒が明かないわね……」

 裕美は湯川寺へ戻ることにした。

 【湯川寺にて】

 「一刻も争うわ、松本さんの命が危ないの」

 裕美は焦りを隠さず、住職である村田蔵六に相談を持ちかけた。

 「ふむ……その人形、相当な霊力を持っているようじゃな」

 蔵六は考え込みながら言った。

 「裕美、お前の梵字の刺青は顔・胸・秘密の花園には刻まれておらん。せめて、胸に霊墨と霊筆で梵字を刻むのじゃ」

 「……ドサクサに紛れて、何を言ってるのよ!」

 「いやいや、これは真面目な話じゃ。お主の防御を完璧にするためには、弱点を補う必要がある」

 裕美はため息をついたが、最終的には従うことにした。

 上着を脱ぎ、ワンピースを脱ぎ、ブラジャーを外して上半身を露わにする。

 「こうして、何度梵字を書いてもらったことか……」

 蔵六が慎重に霊墨を塗り、梵字を刻んでいく。

 【霊光の暴走】

 その間、翔子の家では高橋霊光が「これくらいの呪いなら俺でも解ける!」と勝手に動き始めていた。

 しかし、適当な呪文を唱えると、人形が異様に暴れ出し、翔子の体が急に痙攣を起こす。まるで呪いが強化されたかのようだった。

 「お前のせいで余計に悪化したぞ!!」

 裕美が部屋に到着し、霊光を睨みつける。

 「うわー!! 俺には無理だ!!」

 霊光は泣きながら逃げようとするが、「逃げるな! 最後まで責任を持ちなさい!」と猿男に羽交い締めにされ、仕方なくその場に留まる。

 裕美は人形を見つめ、静かに呟いた。

 「さあ、決着をつけるわよ……」


 第六章:霊能探偵対日本人形

 湯川寺の本堂にて。

 「蔵六、ビッグAで半額弁当を買っておいてよ」

 裕美は、すでに決戦を覚悟していたが、軽口を叩くことで自らの緊張を和らげていた。

 「ふふふ、わかったよ」

 住職の村田蔵六は穏やかに微笑み、祈りを込めた数珠を手に取る。

 裕美は深く息を吸い、翔子の家へと向かった。

 【日本人形の覚醒】

 翔子の家に近づくにつれ、空気が重く感じられた。肌を刺すような寒気と、微かに漂う腐臭。

 「これは……」

 玄関の扉を開けると、すでに人形は異常なほどの霊気を発していた。

 「猿男さんも霊光も、表に出ていて」

 裕美は静かに命じた。しかし、言い終わる前に——

 「う……うう……」

 布団の中に横たわっていた翔子が、突如、ガバッと起き上がった。

 「——お前、来たな……」

 低く、地を這うような声。

 猿男と霊光はその場で凍りつき、震えている。

 翔子の目は焦点が合っておらず、まるで別の何かが彼女を操っているようだった。

 「お前を……許さない……」

 次の瞬間、翔子が裕美に飛びかかった。しかし——

 バチンッ!!

 まるで目に見えない障壁に弾かれるように、翔子の体が後方へ吹き飛んだ。

 「やはりね……」

 裕美は冷静に呟いた。

 彼女の身体に刻まれた梵字が、怪しく淡い光を放っていた。

 「これは、私を傷つけることはできないわよ」

 【霊の顕現】

 突然、人形から白い煙のような霊気があふれ出した。

 煙は渦を巻き、次第にひとつの形を成していく。

 ——それは、やせ細った男の霊だった。

 「お前が……邪魔をするのか……」

 男の霊がゆらりと浮かび上がり、鋭い眼差しで裕美を睨みつけた。

 「これは、人間の怨念の成れの果てね……」

 裕美は静かに呟き、腰のホルダーから一本の剣を取り出した。

 「たむならの剣——今まで何度も邪悪を斬り裂いてきた霊剣よ」

 男の霊がギャッと叫び、勢いよく裕美に襲いかかる。

 「さあ、勝負よ!!」

 【霊能探偵 vs 日本人形】

 男の霊は何度も裕美に爪を振りかざすが、そのたびに剣の光が閃き、霊の腕を裂く。

 「うぐあああああっ!!」

 霊が悲鳴をあげる。しかし、なおもしぶとく襲い掛かろうとする。

 「これで終わらせるわ!」

 裕美は力強くたむならの剣を振り上げ、霊の中心に向かって一気に斬りつけた。

 ズバッ!!

 光の刃が霊を切り裂き、霊は断末魔の叫びをあげながら消え去った。

 その瞬間——

 人形が突然、赤い炎に包まれた。

 「……燃え始めたわね」

 ただの火ではない。霊火。霊火は他のものには燃え移らず、呪われたものだけを焼き尽くす。

 燃え上がる人形。

 その炎の中で——裕美の脳裏に、ある情景が浮かんだ。

 【人形に込められた怨念】

 裕美の脳裏にこの人形の歴史が蘇る。

 これは、ある男の物語——

 男は一人の女性を愛していた。しかし、彼女は別の男と結婚した。

 嫉妬に狂った男は、彼女を呪うために、自らの髪の毛、生爪、歯を使って人形を作り、怨念を込めた。

 やがて男は縊死し、その魂は人形に宿った。

 人形は、いつしか彼女の手に渡り、彼女の身体を蝕んでいった。

 彼女は頭痛、腕の痛み、歯痛に苦しみ、最後は意味不明な言葉を呟きながら衰弱死した。

 そして——

 男も彼女の後を追うように、電車に身を投げた。

 「……そういうことだったのね」

 裕美は、静かに呟いた。

 【人形の最期】

 炎はやがて収まり、人形は灰となった。

 火の跡は、どこにもない。

 まるで最初から、何もなかったかのように。

 「……可哀想な人ね」

 裕美は、そっと手を合わせた。

 ——霊能探偵の仕事は、まだ終わらない。


 第六章:静寂のあと

 翔子の部屋を包んでいた異様な空気は、いつの間にか消えていた。

 燃え尽きた日本人形の灰すら残らず、まるで最初から何もなかったかのようだった。

 ベッドに横たわっていた松本翔子が、ゆっくりと目を開けた。

 「……私……?」

 彼女の顔にはまだ疲労の色が残っていたが、先ほどまでの苦しみに歪んだ表情は消えていた。

 「翔子!!」

 猿男が歓喜の声をあげ、翔子の手を握る。

 「良かった、本当に良かった……!」

 翔子はまだ状況が飲み込めていないようだったが、猿男の顔を見て微笑んだ。

 「……ありがとう……」

 霊光は部屋の隅で神妙な顔をしていた。いつもの軽薄な態度は影を潜め、静かに裕美の方へ歩み寄った。

 「……俺、やっぱり役に立たなかったな」

 「少しは反省してるの?」

 裕美は霊光をじっと見つめた。

 「まぁな……。とりあえず、猿男さんには金を返すよ」

 霊光は申し訳なさそうに猿男へ謝礼を返した。

 「お前が反省するなんて、明日は嵐かもしれないわね」

 裕美が冗談めかして言うと、霊光は苦笑した。

 翔子の回復を確認し、一同はそれぞれ日常へと戻っていった。

 【湯川寺の午後】

 事件が片付いた翌日。

 裕美には、まだやるべきことがあった。

 それは、村田蔵六が購入したビッグAの半額弁当を食べること。

 「やれやれ、命がけで戦った後の食事がこれなのね……」

 裕美は呆れたように弁当を開ける。

 「贅沢を言うな、これが平和の証じゃ」

 蔵六がニヤリと笑いながら言い、湯呑みを傾けた。

 「まぁ、確かに……。こんな穏やかな時間があるのも、悪くないわね」

 食事を終えた裕美は、湯川寺の浴場へ向かった。

 湯に浸かると、肌に刻まれた梵字が微かに光を放ち、やがて薄れていく。

 「ふぅ……やっと落ち着いた……」

 静寂の中で目を閉じる。

 しかし——

 どこか、視線を感じた。

 「……」

 裕美は浴場の壁の向こうに気配を察し、ゆっくりと立ち上がった。

 「霊光……いい加減にしなさい」

 「えっ、何のことだよ!?」

 壁の向こうから慌てた声がする。

 「私の裸を覗くと、目が潰れる呪いをかけるわよ?」

 バシャッ!!

 裕美は容赦なく湯を霊光にぶちまけた。

 「ぎゃああ!! 冗談だって!!」

 霊光の情けない悲鳴が響き渡る。

 裕美はため息をつくと、再び湯船に沈んだ。

 ——霊能探偵の仕事は、まだ終わらない。

 (完)

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 本作では、日本人形に込められた怨念というテーマを掘り下げながら、霊能探偵・伊田裕美の活躍を描きました。人間の執念や未練がいかに強く、時に人形という形でこの世に留まり続けるのか。その恐ろしさと哀しさを感じていただけたでしょうか。

 また、霊能探偵シリーズに登場するレギュラーメンバー——陰陽師・村田蔵六や、胡散臭い霊能力者・高橋霊光なども、独自の役割を果たしながら物語に彩りを加えています。特に霊光の迷走ぶりは、シリアスな物語の中で息抜きになったのではないかと思います。

 伊田裕美は、これからも数々の霊的事件に挑み続けることでしょう。次なる怪異はどこで待ち受けているのか。今後の物語にもぜひご期待ください。

 それでは、また次の作品でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ