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霊能探偵 呪われた隕石と冥府の花

 本作は、霊能探偵・伊田裕美が挑む怪異事件のひとつを描いています。彼女は冷静な推理と霊的な力を駆使し、超常現象に立ち向かいます。今回の舞台は、福島の静かな温泉町。隕石の落下をきっかけに、人々の失踪事件が続発し、不気味な現象が相次ぐ中、裕美は事件の真相を探ることになります。

 本作では、怪奇現象とミステリーが交錯する世界観をお楽しみいただければ幸いです。読者の皆様にも、裕美と共に謎を解き明かし、驚きと恐怖を味わっていただければと思います。

 【登場人物】

 伊田裕美:霊能探偵、旅行ルポライター、ショートカットの黒髪を持ち、知的な印象を与える黒のスーツに身を包んでいた。端正な顔立ちと鋭い眼差しが特徴で、どこか探偵のような雰囲気を漂わせている。全身には梵字の刺青が刻まれており、顔・胸・秘密の花園を除いてほぼ隙間がない。

 伝兵衛:旅行雑誌編集長。

 村田蔵六:陰陽師で湯川寺とうせんじの住職、幽霊探偵の相談相手。

 高橋霊光たかはし れいこう:自称怪奇事件解決人。


第一章:隕石の落下

 福島の山あいにひっそりと佇む温泉町。霧がかった朝、硫黄の匂いが微かに漂い、木々のざわめきが静寂を切り裂く。長い歴史を持つこの町は湯治場としても知られ、観光客が時折訪れるものの、どこか人々の影が薄い。

 その温泉宿の一つに、一人の女性が逗留していた。黒髪のショートカット、端正な顔立ち、知的な印象を与える黒のスーツ。彼女の名は伊田裕美。霊能探偵であり、旅行ルポライターとして全国を巡る彼女は、今回、温泉町の取材を兼ねた小旅行に訪れていた。

 彼女の身体には、ある特徴がある。顔、胸、そして秘められた部分を除いて、全身に刻まれた梵字の刺青。その彫り師は霊彫師惣兵衛。霊的な力を宿したこの刺青は、異変が起こると疼き、時には発光する。過去に幾度となく、危険な場面で彼女を守ってきた。

 その夜、異変が起こった。

 空にはひときわ赤く輝く星が一つ、燃え盛るように光りながら落ちてきた。その軌道は、まっすぐに温泉町の外れ、山の奥へと向かっていた。空気を震わせる轟音とともに、大地が揺れる。温泉宿の窓がガタガタと鳴り、湯船の水が波打った。

 裕美はベッドの上で身を起こし、鋭い眼差しで窓の外を見つめた。

 ――何かが、来た。

 その瞬間、肌に刻まれた梵字の刺青がじんわりと疼いた。普段は静かに眠っている刺青が、霊的な異変を察知した証拠。彼女はすぐにスーツを羽織り、部屋を出た。

 翌朝、町には隕石の噂が広がっていた。町の住人たちは恐る恐る山へと向かい、落下地点を確かめようとしていた。しかし、その途中で異様な光景を目の当たりにすることとなる。

 「なんだ、これは……?」

 隕石の落下地点付近では、植物が異常に巨大化していた。

 木々の幹は膨れ上がり、枝はねじくれ、葉はまるで獣の牙のように鋭く尖っていた。異様な湿気と甘ったるい香りが漂い、足元の草はまるで意思を持っているかのように揺らいでいる。

 裕美は慎重に周囲を見渡した。異変は明らかだった。これは、ただの隕石落下ではない。

 彼女の刺青が再び疼く。

 「……面白い。どうやら、また厄介な事件に巻き込まれたみたいね」

 裕美はポケットからメモ帳を取り出し、素早く状況を記録し始めた。彼女は確信していた。この隕石には、何かがある。そして、それがこの町にとって、決して良いものでないことも――。

 異常な植物、異様な霊気、そして隕石。

 その三つが絡み合い、やがて恐ろしい事件へと繋がっていく。

 そして、その序章は、すでに幕を開けていた。


第二章:男性の失踪事件

 冷え込む秋の夕暮れ、公園のベンチに腰を下ろした今福富夫は、ぼんやりと目の前の噴水を眺めていた。彼は四十代半ば、髪は薄く、たるんだ腹を抱えた風采の上がらない男だった。長年のデスクワークで運動不足になり、体重は増えるばかり。それでも彼にとって、仕事終わりにこの公園で一息つくのが、唯一のささやかな楽しみだった。

 その日も、いつものようにベンチに腰を落ち着け、深いため息をついた。そのとき、不意に気配を感じた。

 「隣に座ってもいいかしら?」

 澄んだ声が耳を打った。驚いて顔を上げると、目の前には一人の若い女性が立っていた。彼女は整った顔立ちを持つ美しい女性だった。すらりとした長身に、白い肌。髪は金色に近いブラウンで、西洋人特有の彫りの深い顔立ちをしていた。しかし、どこか日本人の血も感じさせる。

 「えっ、ええ、もちろん!」

 今福は慌てて答えた。こんな美しい女性が自分に声をかけてくるとは思いもしなかった。彼女は微笑みながらベンチに腰掛けた。

 「あなた、よくここにいるわよね?」

 「えっ?」

 今福は驚いた。まさか、この女性は自分のことを知っているのか? それとも、単なる世間話なのか。

 「私、あなたのことを知っているのよ。いつもここに座っているでしょう?」

 妖艶な微笑みを浮かべながら彼女は言った。その声には、どこか誘うような響きがあった。

 「そう、まあ、ここは落ち着く場所だから……」

 言葉を濁しながらも、彼の心臓は高鳴っていた。これまで女性に話しかけられることなど滅多になかったのに、どういうことだろう。

 「散歩しましょうか?」

 デヴォラリス――彼女はそう名乗った。

 今福は、彼女が立ち上がるのを見た。すらりとした脚、しなやかな動き。その姿に目を奪われた。そして、まるで魔法にかけられたように、彼女のあとを無意識に追っていた。

 どこを歩いているのか、いつの間にか公園を抜け、街の明かりが遠のき、暗い森へと続く道へと足を進めていた。普段ならば、絶対にこんな場所へ足を踏み入れることはなかった。しかし、不思議と恐怖はなかった。

 むしろ、彼女の後ろ姿が、誘うように美しく見えた。

 そして、それが今福の最後の記憶となった。

 翌朝、彼の姿を見た者はいなかった。

 ***

 その後、町では立て続けに失踪事件が発生した。消えたのは決まって独り身の男性たち。誰も目撃者はいなかった。ただ、彼らが最後に見かけられたのは、例外なく夕暮れの公園だった。

 自治体も警察も必死になって捜索したが、手がかりはまったく見つからなかった。


第三章:怪しき解決人

 昼下がりの町役場。古びた木製のドアが軋みながら開くと、土埃をまとった一人の男が悠々と足を踏み入れた。

 男は五十代半ば、精悍な顔つきをしているが、どこか胡散臭い雰囲気を漂わせていた。着古したスーツの上に羽織ったコートは皺だらけで、かすかにタバコの匂いがする。どことなく山師のような風貌だが、その目には妙な自信が宿っていた。

 「町長さん、ご機嫌いかが?」

 受付にいた職員たちは顔をしかめた。だが、男は意に介さず、勝手に応接室の椅子に腰を下ろす。

 「高橋霊光、自称怪奇事件解決人だ」

 名乗った男は薄ら笑いを浮かべながら、役場の人間を見渡した。

 「さて、近頃この町で、失踪事件が頻発しているそうじゃないか」

 「……ええ、確かに。ですが、まだ警察も調査中でして」

 「警察ねぇ……奴らに超常的な事件は解決できんよ。そこで、俺の出番ってわけだ」

 霊光は胸を張り、薄くなった髪を無意味に撫でる。職員たちは半信半疑のまま彼を見つめていた。

 「私には強力な弟子がいるんですよ。幸いなことに、彼女がこの町の温泉に滞在していましてね。きっと、事件を解決してくれるでしょう」

 「それは……本当ですか?」

 「もちろんだとも。ただし……解決にはそれなりの報酬が必要だ」

 霊光は指を一本立てた。

 「指一本分の金額で手を打ちましょう」

 「え? 一万円ですか?」

 「一万円のわけないでしょう!百万円です」

 町役場の職員たちは顔を見合わせた。百万円。安くはない。しかし、人命には代えられない。しぶしぶ成功報酬という形で、霊光の要求を呑むことになった。

 ***

 夜も更けた頃、温泉宿の玄関で、霊光は堂々とした足取りで扉を押し開けた。ロビーでは、黒のスーツ姿の女性が資料を広げていた。

 「先生、久しぶりですな」

 伊田裕美は顔を上げると、目の前の男を一瞥し、ため息をついた。

 「……霊光、あんたまた胡散臭い仕事を持ち込んだんじゃないでしょうね?」

 「そんなこと言わないでくださいよ。先生の霊能探偵としての腕を頼りにしてるんですから」

 霊光は茶化すように笑ったが、裕美の鋭い眼光を受けてすぐに咳払いした。

 「実はこの町で、最近立て続けに男性が失踪してるんです。まるで跡形もなく消えたように……。こりゃあ尋常じゃない。だから、先生の力をお借りしたいわけです」

 裕美は腕を組み、しばらく考え込んだ。

 「……確かに、私も独自に調べているところよ。隕石が落ちた直後から事件が増えている気がするのよね」

 「やっぱり、先生も気付いていましたか!」

 「明日、落下地点へ行ってみましょう」

 「頼もしい!よろしくお願いしますよ、先生!」

 霊光は満面の笑みを浮かべたが、裕美はすでに視線を資料に戻していた。心の中で、この胡散臭い男がどこまで信用できるのかを測りながら。


第四章:囁く花

 朝のカフェは、まだ眠気を帯びた空気に包まれていた。カウンターの奥では、店員がエスプレッソマシンを操り、スチームミルクの音が静かに響いている。客たちは新聞を広げたり、ノートパソコンを叩いたりと、それぞれの時間を過ごしていた。

 カウンター席の片隅に、一人の男が座っていた。高橋霊光。自称怪奇事件解決人。皺だらけのスーツの袖をまくりながら、ゆっくりとコーヒーを啜った。

 「しめしめ、これで霊能探偵・伊田裕美が事件を解決してくれる。俺は報酬をせしめて、あとは高みの見物だ」

 霊光は独り言ちると、満足げに口元を歪めた。金になる話には飛びつく性分だった。村役場で吹いた大風呂敷も、結局は裕美が解決すれば問題ない。自分はその手柄を横取りすればいいだけのこと。

 そんな彼の視線の先、窓際の席で一人の女性がパソコンを開いていた。二十代半ばと思われる若い女性。端正な顔立ちに、しなやかな指先がキーボードを滑らせる。画面に映るものは見えなかったが、何やら真剣な様子だった。

 しばらくして、彼女はふと動きを止めると、静かにノートパソコンを閉じた。そして、鞄にしまい、席を立つ。

 霊光は何気なく彼女を目で追った。美しい女性だった。しかも、その歩き方には何か誘うようなものがあった。

 まるで魔法にかかったように、彼は立ち上がり、彼女の後をついていった。

 ***

 いつの間にか、町の外れへと来ていた。人通りは途絶え、道は次第に山の中へと入り込んでいく。空には雲がかかり、ひんやりとした空気が肌を撫でた。

 「……おかしいな」

 霊光は立ち止まった。ここまで来た理由が自分でもよく分からなかった。ただ、彼女の背中を追っているうちに、気が付けばこんなところまで来てしまったのだ。

 前方の道の先に、彼女の姿があった。細い道を歩きながら、振り返ることもない。

 ――本当に、このままついて行っていいのか?

 そう思った矢先だった。

 足元の土が、不気味に蠢いた。

 「……え?」

 瞬間、地面から伸びた蔦のようなものが、彼の足を絡め取った。

 「な、なんだ!? ぐっ……!」

 咄嗟に抵抗しようとしたが、蔦は瞬く間に腕へと絡みつき、体を締め上げる。霊光はもがいた。だが、その動きが余計に蔦を強く締めさせる結果となった。

 前方の女性は、ゆっくりと振り返った。

 「助けて……くれ……!」

 しかし、彼女の顔に慈悲はなかった。

 「みすぼらしい男ね」

 艶やかな唇が、冷たくそう告げた。

 「代わりに、美味しい女性を連れてきなさい。美人じゃないと駄目よ」

 霊光は息を呑んだ。彼女の背後には、異形の存在が蠢いていた。巨大な花弁のようなものがゆっくりと開き、内部から甘ったるい香りが漂う。だが、それは決して心地よいものではなかった。

 「……はい」

 霊光は震える声で答えた。

 その瞬間、蔦がするりと解け、地面へと沈んでいった。自由を取り戻した彼は、転がるようにその場を離れた。

 背後から、女の笑い声が聞こえてきた。

 それは、決して人間のものではなかった。


第五章:封じられた記憶

 レンタカーのエンジン音が、静まり返った山間にこだました。伊田裕美はハンドルをゆっくりと緩め、車を停めると、深く息を吐いた。車窓から見えるのは、異様な景色だった。

 隕石が落ちた地点は、まるで異世界のように変貌していた。巨大なクレーターが地面をえぐり、その周囲には異様に肥大化した植物が生い茂っている。花々は通常の何倍もの大きさになり、艶やかな花弁を広げ、まるで何かを待ち構えているかのようだった。

 「これは……ただの自然現象じゃないわね」

 裕美は車から降りると、ゆっくりと隕石落下地点へと歩を進めた。空気には独特の甘い香りが漂い、肌にまとわりつくような湿気があった。まるで、森そのものが生きているかのような感覚を覚える。

 そのとき、彼女の肌に刻まれた梵字の刺青がじんわりと疼き始めた。

 「また……か」

 危険が近い証拠だった。裕美はスーツの内ポケットに手を伸ばし、小さな護符を確認する。それでも、この疼きは何かを警告しているようだった。

 近くに湖があった。水面は奇妙なほど静かで、波一つ立っていない。ふと湖を覗き込むと、そこに映るものを見て、裕美は息を呑んだ。

 ――湖面に、消えたはずの失踪者たちの姿が映っていた。

 「……まさか」

 男たちは無表情で、湖底からこちらを見上げていた。彼らの目は虚ろで、どこかこの世のものではないようだった。裕美は思わず一歩引き、背筋を這う冷気を感じた。

 この湖には、何かがいる。

 「郷土資料館、神社、仏閣……調べてみる必要があるわね」

 裕美はその場を離れると、車を走らせ、村の中心部へと向かった。

 ***

 村の郷土資料館は、古びた建物だった。受付の老人に尋ねると、奥から埃を被った古い文献を持ち出してきた。

 「昔も、同じようなことがあったんじゃないですか?」

 裕美の問いに、老人はしばらく考え込んだ後、小さく頷いた。

 「……確かに、五十年前にも、同じ場所に隕石が落ちたという記録がある。そしてその後、村人が次々と姿を消した」

 「その時、どうやって解決したんですか?」

 「唯一の生還者がいた。当時の村の住職だった男だ。今、東京にある湯川寺の住職、村田蔵六の祖父にあたる」

 裕美はすぐにスマートフォンを取り出し、東京の湯川寺へ電話をかけた。数回のコールの後、渋い声が応じた。

 『……裕美か。また厄介ごとに首を突っ込んでいるのか?』

 「そっちの祖父が五十年前の事件の唯一の生存者だと聞いたの。何か知ってる?」

 電話の向こうで、蔵六は一瞬沈黙した。

 『そうか……思い出した。あの時、祖父は花を切り裂くことで、その怪異を封じた』

 「花を……? それって、どうやって?」

 『祖父が使ったのは…詳細は分からんが、何か特別な方法で花を封じたと聞いている』

 「……最悪ね」

 『裕美、嫌な予感がする。やめておいたほうがいいぞ。といっても、お前は引き返さないんだろうがな』

 「ええ、もちろん」

 『ならば、慎重に動け。何が起こるかわからん』

 電話が切れた。

 裕美はスマートフォンを握りしめ、深く息を吐いた。

 ――五十年前と同じ怪異が、再び蘇った。

 それならば、今度は自分がそれを終わらせる番だった。


第六章:決戦の時

 薄暗い森の奥、異様な気配が漂う中、裕美は足を止めた。梵字の刺青が肌を通して警鐘を鳴らす。まるで、自分の命運がここで決まると言わんばかりに。

 「先生!」

 突然、後方から駆け寄る足音。高橋霊光の声が響いた。

 「霊光、こんなところで……どうしたの?」

 裕美が振り返ると、霊光は汗を滲ませながら立っていた。しかし、その瞳にはどこか焦りと、そして覚悟が見え隠れしている。

 「いえ、何……ね」

 その言葉が終わるよりも早く、霊光は素早く動いた。

 「悪く思わないでくれよ、先生!」

 次の瞬間、裕美の体に荒縄が絡みついた。気づけば、霊光が手際よく縄を締め上げ、裕美の自由を奪っていた。

 「霊光……!」

 裕美は歯を食いしばりながら抵抗するが、縄は強固だった。そのまま霊光は、彼女を森の奥へと引きずっていく。

 木々の間を抜けると、そこに広がっていたのは巨大な花の姿だった。異形の植物が、まるで怪物のようにうねり、無数の触手を蠢かせていた。その前に立つのは、デヴォラリス。

 「連れてきましたぜ」

 霊光は満面の笑みで言いながら、裕美をデヴォラリスの前に突き出した。

 デヴォラリスは裕美をじろじろと眺め、妖艶に微笑んだ。

 「随分といい女ね……頂くわよ」

 その言葉とともに、花の触手が鋭く動き出した。だが、次の瞬間――

 裕美の梵字の刺青が強烈な光を放ち、縄が焼け落ちるように溶けた。

 「……甘く見たわね」

 自由を取り戻した裕美は、スーツの内側に隠していた剣を抜き放った。

 たむならの剣。

 それは、かつて裕美が「邪悪を絶て」と仙人から譲り受けた秘剣だった。今まで数多くの邪悪を退治してきた霊刀であり、異形の存在を断ち切るために生まれた神秘の武器である。鋼よりも硬く、それでいて軽やか。刃には細やかな模様が彫り込まれ、持ち主の霊力と共鳴して光を放つ。

 「たむならの剣……見せてあげるわ!」

 鋭い剣閃が走る。一本、また一本と、触手がたむならの剣によって斬り落とされ、地面に崩れ落ちた。

 「ぐあああ!」

 花が、苦痛にもがきのたうつ。デヴォラリスの顔が歪む。

 「この剣……!」

 しかし、その時だった。残った一本の触手が霊光を捕らえ、宙へと持ち上げた。

 「うわぁぁぁ!」

 霊光の叫び声が響く。次の瞬間、触手は彼を花の中心へと呑み込んだ。

 「霊光!」

 裕美が叫ぶも、間に合わない。そして次の瞬間、もう一本の触手が裕美の身体を強く締め上げた。

 「……くっ!」

 視界が暗くなり、気づけば、裕美は花の内部に閉じ込められていた。

 ***

 花の胃袋の中は、異様な空間だった。ぬめる膜が周囲を覆い、異臭が漂う。そこに、霊光が倒れていた。

 「先生も呑み込まれたのか……駄目じゃん。もう終わりだ。俺たち、ここで溶かされて終わりだよ……」

 霊光の顔は絶望に満ちていた。

 しかし、裕美の眼光は鋭かった。

 「……私は諦めない!」

 彼女はたむならの剣を力強く握りしめると、その刃を胃壁へと突き刺した。

 「これで終わりよ!」

 剣の刃が深く突き刺さった瞬間、花の外側ではデヴォラリスが苦しみ始めた。

 「う、うぐっ……!」

 胃袋の内側で、裕美は力の限り剣を振るった。胃壁がずたずたに裂かれ、緑色の体液が噴き出す。

 やがて、花の巨大な体が苦しみの悲鳴を上げながら、ゆっくりと崩壊していった。

 裕美と霊光は、崩れゆく花の内側から脱出した。

 裕美は最後の力を振り絞り、高く飛び上がると、たむならの剣を振り下ろした。

 「終わりよ!」

 その刃は花の雌しべを真っ二つに切り裂いた。

 花の体が干からびるように縮み、最後に無数の魂が光となって空へと舞い上がった。

 デヴォラリスは悲鳴を上げながら崩れ落ち、やがて跡形もなく消え去った。

 ――こうして、怪異は滅びた。

 深い静寂が森を包み込む。

 裕美は剣を鞘に納め、深く息をついた。

 「……これで、終わったわね」

 横では、泥だらけになった霊光が呆然と立ち尽くしていた。

 「先生……すげえや……」

 裕美は微笑み、歩き出した。

 夜明けの光が、森を包み込み始めていた。


第七章:帰還

 森に静寂が戻った。

 遠くから微かに聞こえてくる声があった。

 「助けて……!」

 裕美は耳を澄ませた。声のする方向へ目を向けると、湖の水面が揺れ、次々と人影が浮かび上がってきた。

 「……あれは!」

 湖に囚われていた失踪者たちだった。彼らは幽霊のように青白い顔をしていたが、確かに生きている。そして、水の中からゆっくりと浮かび上がると、自力で泳ぎ出し、岸へと向かっていた。

 「間に合った……」

 裕美は小さく息を吐いた。

 やがて、全員が岸にたどり着くと、彼らは力なく座り込み、安堵の息を漏らした。しばらくすると、誰かが泣き出し、それにつられるように、他の者たちも感極まって声を上げた。

 ***

 町役場では、戻ってきた失踪者たちを迎え入れ、村中が歓喜に包まれていた。

 「伊田先生! 本当にありがとうございました!」

 役場の職員たちは、感謝の言葉を口々に叫びながら、裕美と霊光を出迎えた。

 「礼金を用意しました。これは約束です」

 そう言って、村長が封筒を差し出した。

 裕美は軽く手を振り、「気持ちだけで十分よ」と受け取ろうとしなかった。しかし、横にいた霊光は満面の笑みで手を伸ばしかけた。

 「おっと、俺が――」

 「受け取らないわよ、霊光」

 裕美の冷たい視線に、霊光は苦笑しながら手を引っ込めた。

 「くそ……先生は相変わらず堅いなぁ。俺、どうやって生活しろってんだ……」

 「それは自分で考えなさい」

 裕美は肩をすくめると、霊光の背中を軽く叩いた。

 ***

 事件解決の翌日、裕美は町の小さなカフェにいた。

 窓際の席に座り、熱々のカプチーノを口に運ぶ。ミルクの泡が舌に滑らかに広がり、濃厚なエスプレッソの香りが鼻をくすぐった。

 「こういう時間が一番大事よね」

 静かにカップを置き、遠くの山々を眺める。

 その時、ポケットのスマートフォンが震えた。

 画面には『伝兵衛』の名が表示されている。

 「編集長、どうしたの?」

 『裕美、昨日ニュースで知ったんだが……まさか、お前、あの失踪事件に関わってないだろうな?』

 裕美は苦笑した。

 「もう、解決しました。今日帰ります。温泉取材はバッチリですよ」

 『……本当に取材してきたのか?』

 「もちろん。温泉も食事も最高だったわ」

 『はは、まぁいい。気をつけて帰ってこい』

 電話が切れる。

 裕美はふっと微笑むと、再びカプチーノを口にした。

 静かな朝の時間が、心地よく流れていった。

 (完)

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 本作では、隕石がもたらす異変と、それに絡む古の伝承をテーマに、超自然的な恐怖と推理を織り交ぜました。主人公の伊田裕美は、霊的な能力を持ちながらも、その力に頼り切ることなく、知識と経験を武器に事件解決へと挑みます。彼女の活躍を楽しんでいただけたでしょうか。

 また、高橋霊光というキャラクターを通じて、人間の欲深さや滑稽さを描くことで、物語に独特の色を加えました。彼は決して正義の人ではありませんが、どこか憎めない存在として物語に彩りを添えています。

 霊能探偵シリーズは今後も続いていきます。次回作もぜひ楽しみにしていてください。

 それでは、また新たな事件でお会いしましょう。

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